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笛の音が体育館に響いた瞬間、
コートの空気が一気に切り替わる。
🤍は梟谷のベンチ横に立ち、
スコアシートを握りしめた。
(始まった……)
目の前では、
赤葦が落ち着いた動きでボールを回している。
レシーブが繋がり、トスが上がる。
「木兎さん!」
赤葦の声。
助走。
踏み切り。
——ドンッ。
最初のアタックは、
相手ブロックの指先に触れてアウトになった。
「ドンマイ!」
木兎はすぐに親指を立てる。
「オッケー! 次!」
その声に、🤍は少しだけ安心する。
(二本目で決めるはず)
次のラリー。
同じ形でトスが上がる。
——今度は、ネット。
「……あれ?」
木兎が首を傾げる。
体育館が、少しざわついた。
三本目。
思いきり振り抜いたスパイクは、
コートの外へ。
「アウト!」
(……あ)
🤍の胸が、ひくっと鳴る。
木兎の動きが、
ほんの少しだけ鈍くなった。
「……なんか、ズレてね?」
赤葦は即座に返す。
「トスは合ってます」
「助走が詰まってます」
淡々とした声。
「……そっかぁ」
返事はしたものの、
木兎の表情に影が差す。
次のプレー。
ジャンプが、低い。
(飛べてない……)
🤍は、思わず手を止めた。
スパイクはブロックに止められる。
「……」
木兎は、その場で固まった。
そして、ぽつりと落ちる声。
「……今日、俺ダメだわ」
——来た。
木兎はベンチに戻ると、
タオルを頭からかぶり、座り込む。
「……」
梟谷の他のメンバーは、特に騒がない。
「あー、始まったな」
木葉が肩をすくめる。
「早いな、今日は」
猿杙も、どこか面倒そう。
「まぁ、いつもの」
鷲尾は何も言わず、
淡々とコートへ戻る。
🤍は、その様子を見て戸惑う。
(誰も……行かない)
(慣れてるんだ……)
でも、
タオルの下で丸くなっている木兎は、
どう見ても——
(寂しそう……)
そのとき。
赤葦が、🤍の方をちらりと見た。
「……🤍さん」
低い声。
「今、声をかけてもらえますか」
🤍は目を見開く。
「私が……?」
「はい」
赤葦は短く続ける。
「🤍さんが声かけたらすぐ元気に成ると思います。」
それだけ言って、
再びコートへ戻った。
🤍は一瞬、足が止まる。
(私で……いいのかな)
でも、
考えている暇はなかった。
🤍はドリンクを持って、
木兎の隣にしゃがみ込む。
「……木兎さん」
返事はない。
「……お水、どうぞ」
少し遅れて、
木兎が受け取った。
「……ありがと」
声は低い。
🤍は、静かに言う。
「……ちゃんと、見てます」
木兎が、わずかに顔を上げる。
「……え?」
「全部、外れてるわけじゃないです」
「 指先、ちゃんと触ってます」
「……」
「ジャンプも……低くないです」
「ただ、力入りすぎてるだけだと思います」
木兎は目を瞬かせた。
「……マジ?」
「はい」
🤍は頷く。
「だから、“ダメ”じゃないです」
しばらく、沈黙。
やがて、
木兎が小さく言った。
「……エースなのにさ」
「決められてねぇの、嫌なんだよ」
🤍の胸が、きゅっとなる。
「……それ、いつも言ってます」
思わず出た言葉。
「え?」
「練習のときも」
「決まらないと、すぐ」
木兎は一瞬驚いて、
それから苦笑した。
「……言ってるな」
🤍は続ける。
「でも」
「木兎さんが今決めることができなくとも」
「木兎さんならできます」
「みんな……信じてるから」
木兎は、タオルを外す。
「……」
「今は、飛べなくてもいいです」
「また飛べるって、
みんな分かってるので」
数秒後。
木兎が立ち上がる。
「……ちょっと、楽になった」
肩を回し、
コートを見る。
「よし」
声が戻った。
「一本でいい」
——正常運転。
赤葦がそれを見て、
小さく頷く。
次のラリー。
トスが上がる。
木兎が跳ぶ。
——高い。
鋭い音。
「決まった!!」
「よっしゃあ!!」
体育館に、
いつもの声が戻る。
🤍は、胸いっぱいに息を吸った。
(……戻った)
試合は、まだ続く。