湊視点「……っ、ん……」
目を開けると、そこは見覚えのある部屋――悠真先輩の部屋だった。
けど、何かが“違う”。
部屋全体が妙に静かで、空気が重い。
何より……スマホが、ない。
「……あれ……?」
昨夜、寝る前に充電器に差したはずのスマホが、どこにも見つからなかった。
布団をめくっても、床を見ても、テーブルにもない。
(……先輩の部屋に置き忘れただけだよな?)
そのとき、キッチンから聞こえてきた声がした。
「おはよう。起きた?」
「あ……おはようございます……」
悠真はエプロン姿で、朝食を用意していた。
和食で、湯気の立つ味噌汁の香りが鼻をくすぐる。
「スマホ、どこにありますか?」
「……ああ、ごめん。昨日寝落ちしてたから、俺が机に移動させた。今はリビングの引き出しにあるよ」
「ありがとうございます」
取りに行こうとした瞬間――
「でも、ちょっとの間、預かっておくね」
「……え?」
「ほら、湊くん疲れてるでしょ。今はSNSとか、LINEとか……いろいろ見ないほうがいいと思う」
その声は、優しかった。
でも、目は笑っていなかった。
「……返してください、スマホ。バイトの連絡もあるし……」
「うん、わかってる。でも、今日は一日ここでゆっくりしよう?」
「いや、あの……本当に、返してくれないと困るんですけど」
「湊」
名前を呼ぶ声が、低く、深くなった。
「そんなに急いでどこに行くの?」
「どこって……俺、家に帰らないと……」
「帰ってどうするの? あんなに君を避ける人たちの中に?」
ズキン、と胸が痛む。
悠真の言葉が刺さる。
「君は、誰にも必要とされてない。――でも、俺だけは違う」
「……っ」
「俺だけが、ずっと君を大事に思ってきた」
その言葉と同時に、手首を掴まれた。
ぎゅっと強く。
逃げられないように。
「だから……もう少し、ここにいよう?」
(……これ、本当に“優しさ”か?)
疑念が浮かぶ前に、悠真は微笑んだ。
「朝ごはん、冷めるよ」
湯船の湯は、ぬるめだった。
久々にゆっくり浸かった気がする。
風呂から出て、バスタオルを巻いて脱衣所を出たその瞬間――
「――あ、ごめん、着替え持ってきた」
悠真が立っていた。
手にはTシャツとジャージのズボン。
「えっ、いや、自分でやりますんで……っ」
「いいよ、俺、気にしないから」
そう言って、彼はタオルを巻いた俺の身体に手を伸ばした。
「……湊って、肌、白いね。細いし……すごく、綺麗」
「やっ、ちょ、やめ……っ」
肩に触れる指。
背中を撫でるように服を着せる仕草。
(――なんで、こんなことまで……)
「力、抜いて。俺、そういうの……慣れてるから」
「……“そういうの”って、何……?」
「うん?」
少しだけ目が細められた。
「……湊に触れること。好きなんだよ」
耳元で囁かれた声に、ビクリと身体が反応した。
逃げたくても、足が動かない。
心臓の音ばかりが、うるさく響いた。
悠真視点
ちゃんと、段階を踏んでる。
急に閉じ込めたら、壊れてしまう。
でも、少しずつ逃げ道を塞いでいけば――
気づかないうちに、自分から檻に入ってくれる。
俺はそういう風に、“計算”してる。
次は、最初の“交わり”。
強く拒まれるかもしれないけど、大丈夫。
湊の身体も、心も、ちゃんと俺に向いてる。
もう、逃がさない。