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「その手を離せ!お前たちにリアムを傷つける権利はない!」
鋭く、威厳のある声。その声が届いたのと同時に、刃物を持つ男の動きが止まる。
俺が声の方に目を向けると、レジナルドが護衛を引き連れて立っていた。暗がりの中でも、その姿は明らかだ。
「くそっ、まずい逃げろ‼」
男たちは動揺し、慌てて立ち上がると逃げ出していく。
その後ろを数人の護衛が追っていった。
た、助かった…………。
詰めていた息を吐く。恐怖で体が震えているのが自分でも分かる。ここまで追い詰められたことなんて、今までなかった。
レジナルドが俺の元へ駆け寄り、縛られた手足の縄を解いてくれた。
「よく頑張った。もう大丈夫だ、リアム」
その声は穏やかで包み込むような温かさがあり、自分の上着を脱ぎ、俺の肩へとかけてくれる。
「……ありがとうございます、レジナルド先輩……」
俺は、声が震えないように何とか取り繕いながら告げた。
緊迫した状況の中で張りつめていた糸が切れ、俺の目からは涙が零れ落ちる。
おわ……情けない……。
しかしレジナルドはそれに笑うこともなく、ただただ優しく背中を撫でてくれていた。
※
隠れた場所から、一部始終を見ていたディマスは歯ぎしりをしていた。
レジナルドが飛び込んできた瞬間、咄嗟にディマスは奥の部屋へと逃げ込み、そこからは魔法を使い、身を隠していた。
(どうして……どうしてリアムなんだ!)
レジナルドがリアムに向けるあの優しい視線。普段の冷静沈着な態度とはまるで違う、特別な感情が滲んでいるのがディマスには分かった。
ディマスは拳を握りしめた。リアムが助けられたこともだが、あのレジナルドの言葉も態度も、全てがリアムに向けられているという事実が耐えられなかった。
(レジナルドがこんなにも優しくするなんて……私にだって、こんな顔を見せたことはないのに)
その思いは狂おしいほどの嫉妬となり、胸の内を燃やしていく。それでも、ここで姿を現すわけにはいかなかった。
冷静さを保て、と自分に言い聞かせながら、ディマスは暴漢たちの痕跡を処理するため動きはじめた。
証拠となり得るものは全て隠滅し、彼らが単独で行動したように見せかける必要性がある。
(リアム……お前さえいなければ……)
ディマスの胸中に渦巻く感情は、さらに暗く深いものへと変わっていった。
※
護衛に守られながら、俺はようやく安全な場所──レジナルドが用意した王室の馬車の中へと連れてこられていた。
恐怖の余韻が、まだ体の中に残っていて全身の震えが止まらない。そんな俺の肩を抱きながら、隣でレジナルドがそっと口を開いた。
「……君は昔から、どんな状況でも毅然としているね」
毅然どころか俺は震えている真っ最中だ。そんなことないですけどね、と苦笑しつつ返す声も途切れてしまいがちだ。顔を上げると、レジナルド様は穏やかに微笑んでいた。その目は懐かしむように遠くを見ている。
「私はね、犬が苦手でね」
「へ?」
レジナルドが苦く笑う。
え、急になんの話??
「まあ、今はだいぶんましになったしそうそう人前では苦手だと悟られなくなったけどね。8つくらいの頃は小さな犬でも泣き出すくらいに嫌いだったんだ」
「……なるほど……?」
俺は返す言葉が見つからなかった。この飄々とした王太子が怯えていたなんて、想像もつかない。
「昔、宮殿の庭で小さな犬に追いかけられたことがあった。情けなくも怯えていた時、私よりも小さな子供が助けてくれたんだ。吠える犬をひょいっと抱き上げてね。水色とも銀とも見える髪をした子だったよ。碧玉の瞳でね……その時からその子は私にとって特別な存在だった」
背を撫でていたレジナルドの手があがっていき、俺の後ろ頭を撫でる。
まさか、俺……?いや、年齢を考えれば『リアム』の方か……!そうなると俺の記憶にはないのは当たり前だ。リアムになる前なのだから。
しかし、まてまてまて!そんなエピソード知らないぞ⁈設定資料にはなかった過去だ。
「私はね、その子が次に登城するのを待っていたんだ。けれど残念なことに、その子は身体が弱くてね。次の年には重い病を得て、完治はしたものの、そこから侯爵家はまるでその子を表に出さなくなったからね。だから、君が学園に入ってくるのを楽しみにしていたわけだが……」
覚えてなかったってわけですね、俺がね。いや、俺じゃないからどうにもならないのだけど、傍目から見ればリアムだからな……。
「も、申し訳なく……」
「仕方ない。小さかったしね。君はこの前、私に『本気でない』と言ったね?」
この前──決闘後にレジナルドが訪ねてきた時のことだ。
俺は小さく頷く。
「確かに。君の兄上に比べると、私の想いなんてのはまだ淡いものだろうが、君のことは特別に思っているよ。昔からね」
レジナルドが俺を見つめる目は、真摯なものでいつものように揶揄るようなものが、そこにはまるで混じっていない。けれども、俺はレジナルドが特別だと想っているリアムではない。しかし、そんなことを言えるはずもなく。戸惑って俺は視線を少しばかりそらした。その時。
「失礼いたします。王太子殿下、暴漢たちは全員捕らえましたが、背後に他の指示者がいる可能性があります」
場所の扉の向こうから、護衛がそう伝えてきた。
レジナルドはその場から手を伸ばして、馬車の扉を開いた。
「だいたいの察しはついているのだが……痕跡は?」
「それが、まるでないのです。暴漢たちも依頼主を見ているはずなのですが……証言がどれもばらばらで」
「なるほどね……手ごわいものだな」
「もう一つご報告がございまして」
「どうした?」
「デリカート侯爵家からお迎えが参っております」
え、うちから⁈
だいぶん早くないだろうか。レジナルドが伝えてくれたのか……?
レジナルドは、ふ、と笑い声を漏らす。
「なるほど。伝達もなしにこの早さか……私と一緒のことをしていたようだね。一歩私が早かったようだけど」
「え……?」
俺はレジナルドの言葉に首を傾げた。
そういえば、レジナルドはどうしてこの場所が分かったのだろうか?
「君にね、密偵をつけていたんだよ」
俺の疑問を読み取ってか、レジナルドは穏やかな声でそう告げた。
「少し危ないと感じてね。君が誘拐される前から、彼の人にはちょっと尋常でない雰囲気があったからね」
レジナルドの視線はどこか鋭さを帯びていて、普段の柔らかい笑みとはまるで違う、王太子としての冷静さが滲んでいた。ディマスと目星がついているようではあるが、その名を呼ばないことにも王太子としての配慮が窺える。
……密偵なんてつけられていたなんて知らなかった……それは俺が気づかないほど徹底していたということだろう。
「どうやら君の家も……いや、キースだろうな。つけていたんだろうね」
「兄様が……?」
そう呟いた時、扉の向こうからキースが現れた。
あのいつもの穏やかな笑顔を浮かべて──だが、その目は明らかに笑っておらず気迫が宿っていた。 その後はキースに連れられて、侯爵家へと戻った。
こうして、一連の誘拐騒ぎは幕を下ろしたわけだが……。
……だけど、胸の奥がざわついている。この違和感はなんだろう。どうにもすっきりとしない気分だった。