テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#学園
大正
5,232
*‥・うらら°🌱🐇☁・‥*
52
耀聖(ようせい)
1,596
町からそう遠くない場所に、ゴブリンの巣窟はある。
彼らはひっそりとした空気の広い森を好み、基本的には人前に姿を現さない。此処の力量は些細なもので、年端のいかない子供が軽くて細いこん棒を振り回して襲うくらいのものだった。
だが、巣窟がダンジョン化してから、彼らの生態はがらりと変わった。異様なまでの繁殖力を見せ、洞窟の最深部へ向けて進めば進むほど強力な個体が増えた。そのため初心者にはお誂え向きである、とギルド管理のもと、多くの新人冒険者が足を運んでは自分たちに合った場所でゴブリンを狩る。
倒したゴブリンからは耳を回収する。乾燥させて粉末にしたら、魔法薬の材料になるため、安いとはいえそれなりの稼ぎにはなるからだ。
シレントたちは寄り道もせずに洞窟へ向かい、ダンジョン内へ入った。
救助依頼のあった冒険者たちは転送スクロールによって依頼書をギルドへ送り、緊急事態を告げていたが、筆跡は荒すぎて何を書いてあるかまでは分からなかったが、少なくとも危険な状態にあったことは間違いない。
二人の足は自然と急ぐように深部を目指して進んだ。
「相変わらず臭えなあ。洗ってない服の臭いがしやがる」
「君の部屋もそんな感じだったよ?」
「それはいいんだよ。乙女の香りと一緒にするんじゃねえやい」
「衛生的に駄目だろ。……にしても、今日は珍しく人の気配がないな」
二人がダンジョン入ってから、珍しく一度も冒険者に遭遇していない。大体は、ふたつかみっつのパーティには遭遇するものだが、しばらく進んでいるにも関わらず人間の気配が感じられなかった。
「ゴブリンはわりと見たのにな。もしかしてだけどさ、誰かが落とした転送スクロールをゴブリン共がイタズラに使っただけじゃねえの?」
可能性はある。だが、ギルドで受け取った依頼書を見直してシレントは首を傾げる。ゴブリンには文字という概念がないのに、多少は読み取れるからだ。
「いやあ、どうだろう。僕の想像では少なくとも……おっと」
まるで虫が飛んできたかの如く、ゴブリンの奇襲を躱す。無視して先に進もうとすると、見えていないのだろうと思い込んだゴブリンは背後から襲い掛かった。────結果、シレントに蹴り飛ばされて絶命する。
「いくらおじさんでもゴブリンには負けやしないよ」
「ハハハ、違いねえ! こんなのにやられるような奴は冒険者では食えないよな」
「あんまり言いたくはないけどね。向いてないとは僕も思う」
ゴブリンに負ける人間は大概が臆病者だ。戦うことへの恐怖を拭いきれていないのもあってか、立ち竦んだり屈んで身を丸める防御の姿勢を取ってしまう。そうなればいくらゴブリンといえども脅威に変わってしまう。
「だけど、やっぱり妙だな。ゴブリンの数が少なすぎるよ。まるでこのあたりを哨戒していたみたいな────いや、正解か?」
「おお……。まあまあ進んだとは思ったが、辿り着いちまったみたいだな」
ゴブリンの巣窟、最深部。通って来た道も十分に広かったが、最深部にはぽっかりと巨大な空洞がある。数百を超えるゴブリンに加え、それらを仕切っているであろう上位種が十数体。挙句の果てには巨躯を持ち、王冠の形に似た骨を頭にかぶっている支配者らしきゴブリンが確認できた。
彼らは入って来たシレントとレアナを警戒してギーギーとのこぎりで木を切るような鳴き声をあげながら、頼りない石の槍やこん棒、手製の弓を握った。
「上位種はたまに見かけて新人パーティの最初の鬼門なんて言われてたが、最深部にこんなデカいバケモンがいるとは聞いてねえな」
「いけそうかい、レアナ」
「ったりめえよ! あんたは人探しの方を任せた!」
戦斧を担ぎ、蹴った地面が砕ける勢いで突っ込む。鬼神の如き覇気を纏って、たったひと振りでゴブリンたちは数十匹がバラバラに吹き飛んだ。
豪快な破壊力に一瞬見惚れたものの、シレントは人知れず恥ずかしそうに咳払いをして行方不明者を探す。目を凝らして数の多いゴブリンの群れが数を減らしていく中を縫うように視線は奥へ流れていく。
「そっちいったぞ!」
レアナの声。迫ったゴブリンの存在に気付き、ボンサックで殴り飛ばす。
「問題ない、こっちは自分でやるから殲滅を頼む!」
「おうよ、頼もしくて助かるぜ!」
一分もするとシレントは、戦闘を眺めているだけの支配者に違和感を抱く。
(支配種が湧くのは上位ダンジョンでもあるからおかしいことじゃない。何かしらの理由があるんだろう。だが、なんだ。どうしてあいつは動かない?)
もう少し近くで観察したくなり、口を絞ったボンサック片手に群れへ飛び込む。軽々と蹴散らしながら、上位種の攻撃も容易に躱す。
「────おいおい、冗談だろ」
ロード・ゴブリンの足下には何人かの人間が積み重なっている。気絶しているのか、あるいは死んでいるのか。いずれにせよ、彼らが救助対象だと分かった瞬間にはレアナに向かって叫んでいた。
「下がれ、レアナ! 罠だ!」
まどろっこしくなって大物狙いに切り替えたレアナが、周囲の雑魚を片付けるに留めて指示を聞き、足を止めた。
「見つけたのか?」
「ロード・ゴブリンは彼らを盾に使って反撃するつもりだ!」
「……そういうことかよ。汚いやり口が好きだな、こいつらはよ」
コボルトやゴブリンといった人間に近しい知恵を持つ種族は、生き残るために手段を選ばない。人間以上に殺すことに躊躇がない。人間の盾という特権を使い、惑わして返り討ちにする。とくに支配種ともなれば頭が回った。
レアナは、そんな魔物が大嫌いだった。反吐が出るほどに。
「あっ、レアナ! 駄目だ、人質が……!」
「問題ねえ、私がどれだけ強いかってのを見せてやるよ!」
一気に駆け抜け、ロード・ゴブリンの前で軽やかな鹿の如き美しい跳躍を見せる。戦斧を片手に振り下ろすふりをして、ロード・ゴブリンが足下にいた人間を掴み上げた瞬間────戦斧をロード・ゴブリンの頭上めがけて壁に投擲した。
斧が壁に突き刺さった瞬間の動揺の隙。理解のできない行動に対する僅かな時間が、着地するまでの猶予さえ奪い、レアナの次の行動を予測させない。彼女はまっすぐ地面を蹴って、ロード・ゴブリンの脇を抜けた。
「なに面食らってやがる、デカブツ。温ぃんだよ、考えが」
斧を掴み、壁を蹴りながら身体を回転させて、そのまま壁を切り裂くように抜き、ロード・ゴブリンを狙った。苛烈で素早い閃光のような一撃が頭部を吹き飛ばして巨体を倒れさせ、人質に取った人間が下敷きになる前にシレントが回収する。
ゴブリンたちは魔物には少ない組織で動く種類だ。ゆえに数が増えると厄介な存在である。だが、頂点たるロードが倒れれば、彼らは恐怖を前に敗走するしかない。脱兎の如く逃げ出して、巣穴から姿を消してしまった。
「やべ。ギルドに怒られねえかな?」
「全滅させたわけじゃないから大丈夫さ」
勝利の余韻に浸ることもなく、シレントは倒れている冒険者たちに駆け寄った。ゴブリンたちに連れてこられた彼らは全部で十数人。今まで何人も運んできたからこそ分かる。全員生きている。だが、かなり状態が悪い。
「レアナ、君のおかげだ。全員無事に連れていけそうだよ」
ボンサックの口を大きく広げて、ひとりひとりに手を触れると煙になって吸い込まれていく。全員を中に入れたら口をしっかり閉めて肩に背負う。
「じゃあ行こう。彼らを心配する人たちが待ってるはずだ」
コメント
1件
読み終わりました!第5話「巣窟」、めちゃくちゃ熱かったです……!特にレアナの“人質ごと倒すためにあえて斧を壁に投げる”駆け引き、脳裏に焼き付きました。単なる力押しではなく、知略と瞬発力で支配種を仕留める姿がカッコよすぎて。シレントの冷静な観察眼とレアナの豪快な突破力、このコンビの掛け合いも相変わらず絶妙ですね。二人の信頼関係がにじみ出ていて、読んでいて胸が熱くなりました。連載楽しみにしています!