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僕が、彼フラれたのは高校2年の春だった
教室の隅、夕焼けの差し込む窓際で、彼は静かに「ごめんな」って言った
優しい顔してるくせに、目は全然笑ってなくて
その直後に「ちょっと遠くに引っ越すんだ」なんて、まるでおまけみたいに言うから
僕は何も言えなくなって、ただ頷くことしかできなかった
それから、季節が何度も巡って
都会の大学に来ても、誰かと並んで歩いても
頭のどこかで、彼の声がずっと消えなかった
大学3年の春、僕には彼女ができた
サークルの飲み会で出会って、明るくて優しくて、ちょっとドジで
一緒にいると落ち着くし、悪くないって思った
でも、何かが足りなかった
たぶん、恋じゃなかった
それでも「僕も好きだよ」って笑って言えた
それなりに、うまくやってるつもりだった
「ねえころん、今日の飲み会来れる?」
そう言って彼女が誘ってきたのは、金曜日の夜だった
正直、レポートの締切が近かったし、気乗りはしなかったけど
彼女の機嫌を損ねるのもめんどくさいから行くことにした
そして
その場にいたんだ、彼が
何年ぶりかなんてすぐには数えられなかった
髪が少し伸びてて、服のセンスも垢抜けてて
でも、目だけは昔と同じで、僕を真っ直ぐに射抜いてきた
「……久しぶり、ころん」
「……うん、久しぶり……さとみくん」
目の前で、彼女が嬉しそうに話してる
どうやら大学のゼミが一緒らしい
そんな偶然ある?って思ったけど、笑えなかった
僕だけが、過去に取り残されてる気がした
それからの僕たちは、たぶん、うまくいってなかった
彼女はいつも通り笑ってくれてたけど
僕の中では、何かがズレていってた
「ねえ、最近ちょっと冷たくない?」
彼女がそう言った夜、僕は黙ってしまった
言い訳もできなかった
ただ、さとみくんの顔が、頭にちらついて離れなかった
「……ごめん」
その言葉しか、出てこなかった
喧嘩になるのは簡単だった
「何隠してるの?」
「なんで目を見てくれないの?」
言葉が尖って、ぶつかり合って
結局、僕らはそのまま別れた
彼女が泣いてた
僕は泣けなかった
ずるいなって思った、僕自身が
ひとりになった週末、僕は近くのカフェでぼんやりしてた
人の気配も少なくて、窓際の席でスマホをいじるフリをしてた
カラン、と扉が開いた
ふと顔を上げると、さとみくんが立ってた
マジで、なんでこのタイミングなんだよ
「……あ、やっぱりころんか」
「……なんで、ここに」
「この近くに住んでるから、よく来るんだよね」
その声が、変わってなくて
僕は心のどこかがまたチクリとした
「あいつと、別れたんだろ」
彼が唐突に言った
「……なんで知ってるの」
「本人から聞いたよ。今日ゼミで」
僕は視線を逸らした
その時、手のひらがふわっと温かくなった
彼の手が、そこにあった
「よかった、って言ったら怒る?」
「……最低」
「うん、俺けっこう最低」
でもその手を、僕は振り払えなかった
それから、何度か会うようになった
彼はあの頃よりもずっと大人びてて
それでも、僕の前ではどこか気を抜いてるみたいだった
「俺さ、あの時ちゃんと引き止めればよかったなって思ってた」
「……じゃあ、なんで別れたの」
「引っ越しが決まって、余裕なくてさ。寂しくさせるくらいなら、離れた方がマシだって……勝手だったな」
そう言って笑ったその顔が、悔しいくらい優しくて
僕の中に残ってた怒りとか悲しさとか
ぜんぶ溶けていくみたいだった
でも僕は、まだ踏み込めなかった
だって、都合のいい関係になりたくなかったから
ある日の午後、授業の合間に中庭でぼーっとしてた
ぽかぽか陽が当たってて、眠くなるくらい静かだった
ふと前を見ると、彼が誰かに話しかけられてるのが見えた
女の子が、照れたように何か渡してる
たぶん、告白だった
なんかもう、胸の奥がざわざわして
勝手に心臓がうるさくて
彼の事を思ってたのは僕だけだったんだなって思った
僕は何も言わずにその場を離れた
どこに行きたいわけでもなく、ただ歩いてた
その日の夜、スマホに「会えない?」って彼からメッセージが来た
既読だけつけて、返信はしなかった
しばらくして、家の前に来たって連絡が来た
無視しようか迷って、でも結局ドアを開けてしまった
「なんで……来たの」
「お前、俺のこと避けてんじゃん」
「……だって、さとみくん、あの子に告白されてたし……」
「断ったよ。好きなやつがいるからって」
息が詰まりそうだった
胸が、苦しくて、熱くて
でも、嬉しくて
「……ころんしか見てないよ」
「……僕も、ずっと……」
言いかけて、泣きそうになって、
そしたらさとみくんが抱きしめてきた
強くて、優しくて、あったかくて
ああ、好きだって、やっと言えた
僕たちは、やっとちゃんと恋人になれた
もう誰も間にいないし、誤魔化す必要もなかった
彼は変わらずちょっと意地悪で
でも僕のことだけには甘かった
「なあ、ころん」
「ん?」
「俺にだけ泣いてくれんの、嬉しい」
「……バカ」
「泣かせたの俺だけどな」
「ほんとバカ」
キスは、何回目でも、最初みたいにドキドキした
手を繋ぐたびに、心がふわってした
この時間がずっと続けばいいって、本気で思った
目が覚めたら、隣で寝息が聞こえた
カーテンの隙間から朝日が差し込んでて
さとみくんの寝顔が、すごく近かった
「……おはよう、さとみくん」
小さく呟いた声に、彼が目を開けた
「……おはよう、ころん」
その声が嬉しすぎて、なんか笑っちゃって
「何笑ってんの」って言いながらキスされて
また笑って、またキスして
やっと掴んだこの朝が、優しすぎて苦しいくらいだった
僕は、もう手を離さないって決めた
さとみくんの「おはよう」を、これから何度も聞くために
____________
「起きてんの?」
「……うん、なんか嬉しくて寝れなかった」
「バカ、寝とけよ」
そう言いながら、頭ぽんぽんされて、またドキドキしてる自分がいた
「今日さ、休講になったんだって」
「え、そうなの?」
「だからさ、一日中お前のこと甘やかしてやろっかなって」
そんなの、無理じゃん
絶対好きになっちゃう
……ってもう好きだった、何年も前から
午後、ふたりで街に出かけた
手を繋いで、人気の少ない道を歩いた
アイス食べて、写真撮って、くだらない話して
その全部が、ずっと欲しかった日常だった
僕は少しずつ、昔の傷を癒していった
さとみくんが、今の僕を好きでいてくれることが
ただそれだけで、生きてる実感が湧いた
その夜、ふたりでベランダに出た
都会の夜は星が少ないけど、風が気持ちよかった
「今日、ずっと幸せだった」
僕がぽつりと呟くと、さとみくんが腕を伸ばして引き寄せた
「ずっとって、まだ足りねぇよ」
「……え」
「明日も明後日も、毎日もっと幸せにしてやる」
心臓が跳ねた
やっぱずるい、この人はずっと僕を翻弄してくる
「キス、していい?」
「……うん」
触れた唇は優しくて
だけどだんだん熱を持っていって
最後には、何も考えられないくらい苦しかった
「ころんのこと、大事にする」
「……僕も、さとみくんしかいない」
言葉が、気持ちが、重なっていく
そのまま、夜が静かに、深く落ちていった
夜が更けて、ベッドの中
僕は彼の胸に顔を埋めてた
鼓動がゆっくりで、安心する音だった
「好きだよ、ころん」
彼の声が耳元に落ちてくる
「……僕も、さとみくんが全部」
そんなこと、今まで言ったことなかったのに
自然と出てきた
「じゃあさ」
「……ん」
「俺と一緒に住まね?」
ドクンって心臓が跳ねた
「……ほんとに?」
「本気に決まってんだろ。今さら離れられるわけねぇじゃん」
「……うん、住みたい。ずっと隣にいたい」
「やっと言ったな」
そう言って、抱きしめられた身体が熱くなる
キスのたびに、心が溶けてく
触れるたびに、言葉なんていらなくなる
何度も名前を呼び合って、何度も確かめ合って
やっと、ちゃんと結ばれた夜だった
朝、目覚めた時
カーテンの隙間から光が差して、僕の髪を撫でた
「おはよう、ころん」
「……おはよう、さとみくん」
これから、何度だって
この人の隣で目を覚ましたい
過去も痛みも、不安も全部
今は、もう怖くなかった
だって、さとみくんが隣にいる
僕の全部を受け止めてくれる人が、ちゃんとここにいる
だからきっと、これからは
“しあわせ”が当たり前になっていくんだと思う