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九重×久住
⚠︎全年齢でも楽しめるように書いています。一応BLです。
「……なぁ志摩。九ちゃん、今日おかしくねー?」
分駐所への帰り道、メロンパン号の助手席で伊吹が不自然に身を乗り出した。
さきほど、東京拘置所で久住との面会を終えたばかりだ。報告のために九重を呼び出したのだが、その時の彼の様子がどうにも引っかかる。
「……あぁ。報告を受ける間、一度も俺たちの目を見なかったな」
志摩はハンドルを握りながら、眉間にシワを寄せる。
九重世人は、本来もっと冷静で、規律に忠実な男だ。しかし今日の彼は、久住の名前が出た瞬間、指先を微かに震わせ、語尾がわずかに乱れていた。
「あいつ、久住に何か言われたんかな。それとも……」
伊吹が言葉を濁す。二人は分駐所に戻ると、残業をしていた九重を屋上に連れ出した。
「九重。隠し事はなしだ。久住と何を話した?」
志摩の真っ直ぐな問いに、九重は一瞬、息を呑んだ。
夜風が吹く屋上で、九重は手すりを強く握りしめる。
「……別に。あいつの供述の矛盾を整理していただけです。それ以上のことはありません」
「嘘つけ! お前の顔、全然『整理』できてねーぞ!」
伊吹がひょいと顔を覗き込む。「お前、あいつのこと考えてる時、なんか……こう、ボロボロこぼれそうな顔してんぞ」
「……っ」
九重の頬が、一瞬で朱に染まった。それは怒りというより、暴かれたことへの動揺に近い。
エリートとして育ち、常に正解を選んできた九重にとって、あの「何者でもない悪」に惹かれる心は、自分自身でも許しがたいエラーだった。
「志摩さん。……僕は、刑事として失格かもしれません」
九重の声が震える。
「あいつの言葉が、耳から離れないんです。あいつが笑うと、胸の奥がひどく冷えて、同時に……熱くなる。あんな男、ただの犯罪者なのに」
志摩は溜息をつき、九重の肩に手を置いた。
「久住は、人の心の隙間に滑り込むのが天才的に上手い。だがな、九重。……それは、お前が自分の正義を、あいつという人間に本気でぶつけようとしている証拠でもあるんじゃないのか」
「……志摩さん」
「でもよぉ九ちゃん、顔が赤すぎだぜ?」
伊吹が茶化すように笑いながらも、その瞳は優しかった。
「あいつにキスでもされたみたいな顔してんぞ。……あ、もしかして、ガラス越しにやった? やっちゃった?」
「してません! ……そんな、不謹慎なこと」
慌てて否定する九重だったが、その脳裏には、先日の面会でアクリル板に触れた自分の手の感触が、鮮明に蘇っていた。
志摩はそれを見逃さず、少しだけ皮肉げに、けれど確かな信頼を込めて告げる。
「……深追いはするなよ、九重。あいつを救う前に、お前が向こう側に引きずり込まれたら、俺たちが連れ戻さなきゃならなくなる」
九重は背筋を伸ばし、深く一礼した。
その瞳には、まだ消えない熱が宿っていたが、先輩たちの前で、彼は再び「刑事」の顔を取り戻そうともがいていた。