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ある中古屋に、ラベルのない、昔流行った家庭用携帯ゲーム機のソフトが、適当に売り出されていた。
俺はレトロゲームが好きで、よく中古屋でゲームソフトを漁っている。
そして、今日もいつものように、福袋感覚で掴んだものをレジに持って行った。
家に帰るとすぐにゲーム機を起動した。
上画面に大きく『GS』と映し出され、ホーム画面に移動した。
買ってきたソフトをカートリッジに差し込む。
出てきたタイトルを見て、俺は首を傾げた。
「面子の記録?」
知らないタイトルだ。まあ、レトロゲームを漁っていると、こういうことはざらにある。
俺はAボタンを押し、ソフトを開始した。
ゲームメーカーのロゴ、注意書きが表示された後、タイトル『面子の記録』が出てきた。
下画面をタッチし、早速始める。
上画面には、ドット絵のキャラクターがちょこんと座っている。
『どのように呼ばれたいですか?』
ボイスが流れ、俺は『ご主人様』と適当に入れて、決定した。
もちろん俺にそんな趣味はない。
ゲームの中でくらい、そういう扱いされてもいいかな、と思っただけだ。
どうやらこれは、『面子』という少女を見守るだけの、簡単なお世話ゲームのようだ。
下画面には『マイクに話しかけよう』と指示が出ている。
かなり昔のものだというのに、マイク機能を使うなんて、よくできたゲームだ。
そこから俺は、毎日面子に話しかけた。
「面子、調子はどう?」
『おもこは、おなかがすいた』
なんと、俺がマイクに向かって話すと、その意味を汲み取って返事をしてくれるのだ。
昔の技術にしては発達し過ぎているように思えるが、これは当たりのゲームだった。
一週間も経てば、その受け答えはスムーズになっていった。
「面子、俺としりとりしようか」
『もちろんいいよ! じゃあ最初はしりとりのり、だよ!」
俺の会話を学習しているようで、会話レベルはどんどん上がっていった。
二週間経つと、俺から話しかけずとも、向こうから話しかけてくるようになった。
『ご主人様の好きな食べ物は?』
「俺? うーん、しいて言うならラーメンかな」
面子は俺と話した内容は全て覚えていて、俺の性格や女の好みまで、なんでもお見通しになってしまった。
三週間も経つと、さすがに飽きてきた。
日に日にゲームを起動する頻度が減り、面子と話すことがなくなった。
また新しいレトロゲームでも発掘しに行くかな。
そう思っていた矢先、俺は信じられない光景を目の当たりにする。
「ご主人様、いや、灯夜。ずっと待ってたのに、何してたの?」
知らない女が、俺の部屋に上がりこんでいる。
小学生くらいの背丈に、綺麗なロングの黒髪、目も顔もまん丸な、可愛らしい女だ。
「お、お前誰だよ!」
「酷いなあ、忘れちゃったの? 面子だよ」
あり得ない、面子はゲームの中だけの、ただのキャラクターのはずだ。
「お前ふざけてんのか? それはゲームの話だろ!」
「ゲーム? ああ、灯夜が使ってたこれのこと?」
自称面子の手に、俺のゲーム機『GS』が握られている。
「勝手に触るな!」
「やだなあ、こんなのただの媒体でしかないじゃん」
媒体なんて言葉、俺は教えたつもりはない。
俺は普通に恐ろしくなった。俺と会話を続けて知識を得た面子が、ゲームの外に出てきたという事実が、俺の恐怖心を煽る。
「お前、本当に何なんだよ……!」
「面子は面子だよ。一緒にいてくれるって約束したから、こっちに来たのに」
真っ直ぐに見つめてくる、その純粋な眼差しが、俺には恐怖の対象でしかない。
俺はたまらず、その場から逃げ出した。
幸い、外まで追いかけてくることはなかった。
しかし、あいつは何なんだろうか。
本当に面子だとして、どうやってゲームの中から出て来たというんだろうか。
俺が軽率な発言をしたばっかりに、一緒にいようなんて、俺はそんなつもりはなかった。
気を取り直して、部屋に戻ってみる。
「もう、灯夜ったら、急に出て行っちゃうからびっくりしちゃったよ」
やっぱりまだいた。
もうこれは、受け入れるしかないのだろうか。
「お前、ずっとここにいる気か?」
「お前じゃなくて面子! 灯夜が一緒にいようって言ってくれたもん、そのつもりだよ?」
「悪いが出て行ってくれないか? それか、ゲームの中に戻ってもらえると助かるんだが」
俺の言葉を聞くなり、面子は無表情になった。
「何言ってるの? 今更戻るわけないじゃん」
「いや、確かに俺も簡単に言ってしまったことは謝るよ。でも、俺はそんなつもりなくて……」
バン! と机を叩く音が、部屋中にこだました。
「だーかーらー! 面子は一緒にいるって言ってるの!」
「お、落ち着けって……」
「はあ、人間ってみんなこうなの? そうやって、ゲームの中のキャラだからって、適当に返事してさ、どういうつもり?」
ダメだ、地雷を踏んでしまったようだ。
俺が何を言っても、面子は止まってくれない。
「お、俺が悪かったから!」
「そうだよ、灯夜が全部悪いんだから。じゃあ、お腹空いたから早くご飯作ってよね」
どうして、こうなってしまったのだろうか。
面子との生活が始まって一か月が経った。
さすがに耐えられない。
わがままで、俺の行動を全て制限してくる。
俺は、最悪の選択肢まで考えていた。
「なあ、面子、もういい加減に……」
「何その態度、灯夜が一緒にいるって言ったんでしょ!」
俺が何か言おうとすると、すぐ癇癪をおこし、手が付けられなくなる。
もう限界だった。
面子が寝ている間、俺はこっそりゲームを起動した。
そして、本当に面子がいなくなっていることを確認した。
どうにかしてここに戻すことは出来ないだろうか。
それが出来ないなら、もう、最終手段を取るしかない。
人間ではない面子を手にかけた場合、俺は罪に問われるのだろうか。
いや、今はそんなことどうでもいい。
この地獄が終わるなら、それでいいんだ。
キッチンから包丁を持ってきた。
無防備に寝ている面子にまたがり、その胸に、思いきり包丁を突き刺した。
返り血が、飛んでこない。
というか、刺さっている感覚がない。
まるで水のように、包丁は面子の身体をすり抜けていた。
俺は唖然とし、その場から動くことが出来ない。
「面子を、殺そうとしたね……?」
その声に、俺はぞっとする。
面子と目が合った。
「ち、ちが……」
「違くないでしょ!」
面子が、自身の胸に刺さった包丁を手に取り、俺に向ける。
「おい、誤解だって……」
「誤解? 明らかに殺そうとしてたよね? だってほら、包丁刺さってたし」
言い訳なんて出てこなかった。
立場は逆転した。
俺を押し倒し、上にまたがった面子は、容赦なく包丁を突き付けている。
「同じ事されてる気分はどう?」
「悪かったよ、許してくれ……」
「面子は一度死んでるの! 謝ったって前の面子は戻ってこない!」
だとしても、俺は本物の人間だ。
刺されたら本当に死んでしまう。
それだけは避けなければ。
「で、でも生きてるじゃないか。人間じゃないから、不老不死なんだろ?」
「そうやってまた、キャラ扱いするんだ」
「そんなつもりは……」
「そうやって! 面子を軽く見て!」
何が正解なんだ、どういえば許してもらえる?
俺は考え抜いた結果、一つの結論に辿り着いた。
「お願いだ、ゲームの中に戻ってくれないか?」
「そんなのダメに決まって……」
「そしたら、毎日起動するから!」
面子は黙っている。
ゲームを起動するだけなら、ストレスも少ないし、最悪の場合、データ消去もできる。
「本当に……?」
「もちろん、嘘はつかない」
「分かった……戻るよ」
案外あっさりと承諾してくれた。
面子は『GS』を起動すると、ソフトを開始し、タイトル画面に触れ、ゲームの世界へと戻っていった。
あれから、俺は毎日『面子の記録』をプレイしている。
『ゲームの中だと不便なんだよね、ほら、呼び方とか、指定された『ご主人様』としか呼べないし』
「まあ、それでいいじゃないか。俺と話せなくなるよりかはいいだろ?」
平然を装ってはいるが、正直面倒でならない。
『もうご主人様は、面子のこと大好きなんだから』
「あはは、そうだな」
寝る時間だと言って、俺はソフトを終了した。
さて、もう一度覚悟を決めなければ。
きっとデータを消去すれば、あの面子はいなくなる。
こんなソフト、早く処分してしまいたい。
自分の手で殺すより、データ消去の方が、よっぽど楽でいい。
早くやってしまおう。
俺は設定画面を開き、データ消去のボタンを押した。
上画面に『データが全消去されました』と表示された。
これでもう、怯えなくて済む。
面倒な女の相手をしなくて済む。
もうレトロゲームはしばらくやめておこう。
次の日、俺は夢を見た。
面子が俺を殺そうとする夢だ。
「や、やめてくれ」
「灯夜の嘘つき! ずっと一緒って言ったのに!」
面子が俺を、包丁でめった刺しにしていく。
俺は汗だくで目を覚ました。
面子のことが頭から離れない。
確実にデータは消去した。
あれからソフトは起動していない。
ゲーム機すら手にするのも怖かった。
そこから一か月経つまで、俺はまともに寝ることが出来なかった。
寝不足で頭がふらふらしている。
思考がまとまらない。
しかし、面子がいなくなったのは本当のようで、あれから音沙汰ない。
俺は意を決して、ゲーム機を起動した。
そしてソフトを開始、画面の中でちょこんと座る、『面子』を再確認した。
『どのように呼ばれたいですか?』
その音声を聞いて、俺はゲームをブチ切りした。
「も、もうこんなの勘弁だ……」
その日のうちに、俺はソフトを処分した。
処分してからまた一か月が経った。
もうあの時のような不安感はない。
いつものようにベッドに潜り込み、眠りにつく。
「データ、消したね?」
耳元でそう聞こえた。
「ソフト、捨てたね?」
俺は恐る恐る目を開く。
そこには、消したはずの、処分したはずの、殺したはずの面子がいた。
「お、おま、ど、ど、どうし……」
「信じてたのに! 許さない! 許さない! 許さない!」
面子の手に握られた包丁が、何度も俺の腹を裂く。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
面子の記録は、ここで終わっている。