私の家は上層にあった。と言っても、裕福な家庭ではなく、下層にでもあるようなただの一軒家だ。 下の人達が夢描くような晴れやかな生活ではなかった。普通の家に優しい両親。適度に幸せで適度に不幸。それで良かった。
ー普通じゃなかったのは私だ。3歳の定期検診の時に私の感応数が周りとは違う事を知った。それからは色々な人が家を訪ねるようになった。色々な言葉で勧誘し、口を揃えて言う。
『協力を!』
だが、両親は絶対に首を縦に振らなかった。
「私達から見れば確かに特別な力ですが、今のこの子に大切なのは力の責任ではありません。今はまだ可愛いただの子供です。どうかお引き取りを。」
いつからなのだろう。もしかしたら初めからだったのかもしれない。私の幸せな生活が、その天秤が不幸に傾き出したのは。
当時5歳だった私は、家の片付けを放り投げて、こっそり家を出た。
よく晴れたなんでもない日に1人、公園で遊んでいた。 砂遊びをしていたと思う。だけどなんだかつまらなくて両親を呼んでこようと家に帰った。
だが、扉を開けた時にはもう、私の世界は何処にもなかった。
何人かの男達が何かを血眼で探し、床には紐でぐるぐるに巻かれた大きな紙袋。所々に赤い滲みができた紙袋から、足が生えている。知っている靴下とズボン、どう見たって私の両親だ。
「どう…して……」
そこからは坂を転げ落ちるように私のクソみたいな惨めな生活が突然始まった。 昼夜問わず、研究と称した実験を繰り返される日々。脳に幾つもの装置を入れられ、体中を弄られる毎日。
同じように拉致された子供達は私と戦わされた。役に立たないと判断された子供の殺処分もまた決まって私の役目だった。幾度も謝った。何度も祈った。
「あなた達の次の世界が幸せでありますように」
そんな無責任な祈りで人を殺し続けた。
普通になりたいのに、私の力は収まるどころを知らずに肥大化していく一方だ。そして、次第にそれは、研究施設などという脆い檻に入れて置けない程に大きくなって行った。
そこからは機を待ち続けた。爆弾の主導権を奪えば後は、実行するのみ。自分でも驚く程に呆気なく、終わった。
でも解き放たれた時にはもう人と呼べるものでは無くなっていた。だが、さして気にする必要はない。もう帰る場所など等になくなってしまったのだから。
ー私の星は今何処にあるのだろうか。
白金の髪をなびかせながら、カツカツと黒いローヒールを打ち鳴らし廊下を歩く。だが既にここに来る事を把握されていたのか、第二中央区間に入ってから誰1人として遭遇していない。
指紋認証式の両扉に触れ、扉を黒く変色させていく、やがて扉が勝手に開く。中には眩しい程の光とだだっ広いだけの部屋。その中央に異彩を放つ1人の男が立っていた。
「区間から中央棟に入るまでの道は一つだけ。今は散らばってるけど、この部屋は特使が外敵を迎え撃つための戦闘ルーム。…それで?あなたが第二区の特使様でお間違いないかしら?」
不適な笑みで微笑む私に黒髪の男は妖精具を抜く。
「…こちらニール・マンチ。第二中央棟にて西洋剣型の妖精具を持った人物と接敵。交戦を開始します。」
ニールのそのセリフを鼻であしらう。
「随分とカッコつけるじゃない。残念だわ、お友達にはなれないみたい。けどいいわ。名乗ってあげる。」
腰の黒剣を引き抜き、ニールに刃先を向ける。
ここにいる私はぬくぬくと育った人間の私じゃない。だから名乗れる名はたった1人の友人がこの化け物に付けてくれた一つの呼び名だけだ。
「心して聞きなさい!私はキシン・リツ。今からこの国に反撃の狼煙をあげる!踏み台は踏み台らしく、他に這いつくばってなさい!」
人でも実験対象でもない、あなたが化け物に付けてくれたこの名でこの世界に革命をもたらす。それが鬼である私に出来る花向けよ。
「…」
お互いに視線交差させ、リツは出方を伺う。だが、ニールに向けた刀剣が突如地面に沈む。否、武器だけでなく、体全体に凄まじい負荷がかかる。
「ーグラビティフィールド。」
「…っ!?これは重力…か!」
困惑していたリツだが、同じようにニールも驚いていた。
それもそのはず。普通なら訳もわからないままに地に伏すにも関わらず、リツは負荷を受けながらもそれに対抗し未だ膝を崩さないでいた。
ニールは捕縛を諦め、すぐに近接戦に切り替え、距離を詰める。
「ふっ。確かに厄介な力ね。…けどあんた私との相性最悪よ!ー黒槍!」
リツが顔を上げ、ニヤッと笑った瞬間、ニールはその場を大きく飛び跳ね、後退する。
「ーアンチグラビティ。」
一泊遅れて、地面から幾つもの黒槍が生える。
ニールは、呼吸を整えると、槍が地面に生える前に動き出す。高速で動く、ニールを追い無数の黒槍が次々に展開される。
「変な動きばっかで、うざったいわね。」
先回りで出される黒槍にも全て反応し、次第に距離を詰めていくニール。
その変則的な動きから自分自身にも重力を使っている事が分かる。
(どうせ、重力を使えるから地面から生える黒槍には対応出来るって言いたいんでしょ。なら、なぜ距離を詰めてこない?…そう。私の手のうちを引き出したいのね。)
「ふっ、乗ってあげる!けど、あなた程度じゃ耐えられないでしょうけどね!」
リツは黒槍を地面から突き出る黒槍をニールの周囲に展開し、直線までの道を開ける。
「ほら、来なさい。あんたの間合いはもっと前でしょ。」
「…」
ニールはピタリと動きを止めると、刀を鞘に戻した後、その場で数度飛び跳ねる。
リツが地面を足で打ち鳴らし、ニールの後方から黒槍が迫る。だが、ニールはそれ以上の速さでリツに詰め寄る。
「随分と早いけど、その程度じゃ…はぁ!?」
リツまで残り10メートルという距離に差し掛かった時、ニールの速度が数段跳ね上がる。
リツは自分の目の前に2本の黒槍を生やすが、ニールはそれを飛び跳ね避ける。その時点で既にニールの間合いだった。そしてー。
「ーふっ、所詮この程度ね。」
「だめだ!ニールさん!」
ニールの遥か後方からシュウの声が聞こえる。
足元とリツに注意が向いているニールの死角、上空に黒槍が生み出される。
放たれた黒槍をニールは空中で回転して避けるが、リツの攻撃は止まらない。
リツが拳を握った瞬間、放たれた黒槍の形状が変化し、無数の槍が生える。その姿は槍というよりはウニや植物などの棘に近かった。
(能力の勘違いが死に直結する。特に私みたいな初見殺しの能力ならね。そのはずなのに…)
「ほんと…気持ち悪い。普通今のは串刺しなんだけど?」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
リツの視線の先には肩で息をするニールの姿がある。だが、その左足には数カ所棘が刺さり、血が流れ出ていた。
「けど、その足じゃもう鬼ごっこはできそうにないわねぇ。あんたが終われば次は向こうのガキの番よ。」
「ニールさんその怪我じゃもう!俺も戦います。」
「…待機命令です。動かないで下さい。」
ニールは立ち上がり、片足で軽快に跳ねるが、まだ息は荒い。
「あら、きついのかしら?でも、安心して。あなたは誰にも責任を追及されることはないわ。あなたがここで負けても、同日に国ごと滅びるんですもの。特使の1人が負けたぐらい、何でもないわ。」
リツの後上方に大量の槍が生成され、それらの刃先がニールに向けられる。
それらの動きを注意深く観察しながら思考を巡らせる。
(判明している力の使い方は少なくとも3つ。
①槍を地面から生やす。
②上空に生成した槍の放出。
③生成した槍から無数の槍を生やす形状変化。
何に干渉しているかは不明なため、まだ手の内を隠していると推定する。)
「…対応可能。欲を言えばもう一本武器が欲しいところですが。」
「随分と吠えるじゃない。国に仕えているだけの犬っころのくせに。」
(どうせはったりよ。一つの脳で同時に使える能力は2つか3つ。常に私に掛けてるから後は一個ってところかしら。上下からの2つを防ぐ手段はない。どうしたって私の勝ちよ。)
揺るがぬ勝利を確信し、リツは上空にあった槍を全て放ちながら地面に黒槍を生やしていく。
ニールは地の槍は飛び跳ねて避け、空の槍は刀で防ぐ。人間離れした動きだが、やはり、先ほどよりも苦しそうだ。だが。
「…ふっ」
息を吐くと同時、高く飛び上がると黒槍も後を追うように下から上空に向かって槍が発射される。
「ちっ!…そう言う事ね。」
(私の攻撃を上と下の2つじゃなく、下の一点のみにまとめる事で負担の軽減を図ったのね。)
放たれた槍は全てニールの下からの軌道を描く。だが、それらはニールに届く前に重力によって全て叩き落とされる。
リツは下から黒槍を生やそうとするが、ほんの少し刃先が出る程度で押し込まれる。
「…それなら!ー槍壁(ランスウォール)」
ニールは自身の間合いまで詰め、刀を振るが下から出た刃先を元に無数の槍が繋ぎ合わされ、壁となって攻撃を防いだかに思えた。
「す、凄い。」
シュウの目に映った、槍の壁が一刀の元、砕かれる。
重力を操り、刀の重さを操作したのだ。それらを一瞬で判断してのける実力は感心する他なかった。
「あぁ、もう面倒ね!」
ニールの動きにリツはたまらず、自身の周りに厚い槍の壁を展開する。さらにニールの後方に無数の槍を展開し、ニールに集中させる。そして、それらは全てニールよりも上に配置されていた。
(やばい、今ここでニールさんが引けば、リツに有効な次手がないニールさんが不利だ。いや、それ以前にリツはニールを警戒し、力を惜しまずに使ってくるかもしれない。このままじゃあニールさんが負ける。)
飛び出すシュウだが、間に合わない。もう既に槍は放たれ、ニールの背後まで迫っている。前方には巨大な壁が形成され、前に一刀振れば壊せるかもしれないが、後方の槍に串刺しにされる。
だが、ニールは迫るシュウに片手で止まれと指示を出す。
「…動かないで下さい。」
その言葉と同時、ニールは後方から迫る槍を足で弾いた瞬間、槍が2、3度回転する。
そして、槍の石突の部分を蹴り飛ばし、重さが変化した槍が壁に僅かに穴を開ける。
「は…嘘でしょ。」
ニールは壊した壁の小さな隙間から飛び散った槍の破片の一つを蹴り飛ばす。槍の破片は、他の槍に当たりながら軌道を変え、リツの頬を薄くかすった。
初めてのダメージ。土壇場で奇跡的な動きを見せたニールはそのまま、妖精具をシュウに向かって投げる。
「え?」
妖精具は、シュウを狙った槍を弾き、壁に突き刺さった。
「はぁはぁ…。」
「気づかなかった。ーはっ!」
そこで、安堵したような顔でこちらをみるニールと目が合う。
「ニールさん!!早く逃げて!!」
空いた槍の穴から槍が次々と作り出され、膨張していく。槍の壁となったそれはニールに迫るが、ニールは避けず、空中に血飛沫を上げながら飛ばされる。そして、数度地面を転がり、シュウの目の前で止まった。
「に、ニールさん…?」
「さて…どう調理してやろうかしら。」
重力から解放されたリツが壁を取り壊しながら現れる。
そこで、リツとシュウは目が合う。シュウのその姿にリツは堪えきれずと言った様子で笑い出す。
「あんた、何驚いてるのよ。妖精石なんて所詮偽物なのよ。植物の毒を出す妖精石があってもそれは本物じゃない。石が取り込んだ情報を再現して出しているだけ。要は妖精石が作り出したよく似た何かよ。で、私が何を言いたいか分かる?」
「…」
煽るような口調で話しながらリツは足を進めていく。
「私達の戦いは妖精具の戦い。感応数が高い方が大きい力を引き出せる。感応数が低いあんたらが勝てる相手じゃないのよ。おわかり?」
「負けてない。」
「はぁ?」
ボソッと呟いたシュウの言葉にリツの眉がピクリと反応した。
「まだ、俺は負けてない。」
倒れたニールの前に立つシュウにリツは鼻を鳴らす。
「ふんっ。それもそうね。じゃ、さようなら。ーウロボロス」
槍が集まり、次第に形を形成していく。それは幻想生物である龍のように見えた。
「冥土の土産にアドバイスしてあげる。これに懲りたら次からは身の程を弁えなさい。」
笑顔で手を振るリツを合図に龍のようになった槍の怪物が口を開き、槍を突き出しながらこちらに迫る。
逃げれば動けないニールが死ぬ。かと言ってあれを止められるとも思えなかった。だけどそれでも。
「ふぅふぅ…。やってやるよぉ!!」
叫び大きく妖精具を振りかぶると、後ろからニールに襟元を掴まれる。
「た…待機です。」
「え?」
この状況で待機った何を言ってるんだ。そんなことを考えてる間に目前まで龍が迫るが、軌道が上に逸れ、壁に衝突する。
「随分と楽しそうな事してるね♪俺も混ぜてよ。」
そこで背後の通路から、カツカツと杖の音が鳴り響く。
「ギンさん!」
「さっきぶりだね♪ニールさんを守ってくれてありがとう、シュウ。」
振り返ると、ギンは笑顔で返し、周囲を見渡し状況を確認する。
「ギンさん!他の特使の人にも…!」
『分かっている。君達のインカムには探知器を付けているからな。だから、ニールには彼等が到着するまでの時間稼ぎをしてもらってたという訳だ。』
聞き馴染みのあるシキの声がインカムが越しに聞こえる。
「シキさん!」
『おっと、この通話は他の特使とも繋がっている。歓喜極まって口走らないように忠告をしておこう。…いや、むしろそっちの方が好みかな?』
いつも通りの軽口。たったそれだけで状況が一変したかのようにすら思える。
「はっ!1匹倒したらぞろぞろと。まるで虫ね。ほんと、不愉快!」
リツのその言葉通り、ギンから少し遅れて、数人が部屋に入ってくる。
「それで?ニールさんを倒したのってあんたであってる?もし、そうなら少し痛い思いをしてもらうけど、仕方ないよね♪」
「油断するな。集団の利を最大限に活かす。」
「そうでなくても、ギンは足が悪いんですから出過ぎないように。」
ギンに続き、カブトとクロエが刀を構える。
その姿に目を奪われていると、背後に大きな影が現れる。気づけば、小さな丸眼鏡に黒マスクをした長身の男がじっとこちらを覗き込んでいた。
「え、えっと…」
凝視され、目が泳いでいると、長身の男の後ろ頭をイヤリングを付けた金髪の男が叩く。
「ちょっとちょっと、怖がってるから。ごめんね、この人はイアン・ホグウィード、声が小さいだけだから気にしないで。…んで俺がデリス。よろしく。」
デリスは笑いながらバシバシとイアンを叩く。それにイアンは数度咳をした後、ボソッと呟く。
「コホ、コホッ。…イテェな、殺すぞ。」
(えー!口わるー!凄い小さい声で暴言吐いてた。絶対怖い人だ。)
2人はそのままカブト達の所まで歩くと、イアン、クロエ、カブトが前衛にデリスとギンが後衛に分かれる。
「特使総員…仕事にかかれ。」
『了』
カブトの声に全員が短く答え、妖精具を構える。その姿は圧巻としか言えない程の迫力がある。にも関わらず、緊張から解放されたような安心感。敵前でありながらも姿勢を崩してしまいたいと思うほどであった。
(これが特使。国宝とまで呼ばれる、戦闘集団。)
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