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ピンポーン
呼び鈴を一つだけ鳴らしてから鍵を開ける。
帰ってきたよという合図、結婚してからずっとやっていることだ。
「はじめまして、いきなりすみません」と田中が挨拶すると、斉藤が「うわ~奥さん美人ですね」とチャラさ全開の挨拶をした。
「おだてても何も出ません。さぁどうぞ、たいしたおもてなしはできませんが」
と有佳は言ったが、軽食から煮物まで小料理屋顔負けのラインナップだ。
二人もテーブルに並べられた料理に感嘆しつつ、乾杯をした。
他愛も無い話をして家飲みをするのも楽しいとも思ったが、有佳が忙しそうにしている姿を見ると、申し訳ない気がした。
斉藤がおもむろにキッチンに行き手伝いだした。
「斉藤って料理上手いんだよ」
「へぇ~、やっぱりモテる男は料理が必須なんだな、でも人の奥さんは口説かれると迷惑だからちょっと見てくる」
「やきもちやきだな」と笑っている田中をおいてキッチンに行くと、斉藤が有佳の手を掴んで流水につけていた。その姿が一瞬抱き合っているように見えてイラっとした。
「どうしたの」
少し声がキツくなってしまい、有佳が慌てて振り向いた。
「油が跳ねてしまって斉藤さんが手当をしてくれたの」
斉藤は女性にだらしない、だらしないというか来る者拒まずで短期間に彼女がコロコロと変る。
そんなヤツに有佳の身体に触れて欲しくなくて、斉藤の手をほどき有佳の手を握ると、有佳が急に口元を押させてトイレに駆け込んでいった。
オレは何が起きたのか分らず呆然としていると斉藤が「もしかしてつわりとか?」
「え?」
何で気がつかなかったんだろう。
「そう言われてみると、ここのところよく体調が悪いって・・・」
少しするとトイレから出てきた有佳を休ませ、斉藤はキッチンの片付けをかってくれた。
リビングの片付けをしていると田中が神妙な顔つきで「妊娠していたら産んでもらうの?」と訳の分らないことを言い出した。
「当たり前だろ、子供ができて嬉しくないわけがないだろ」
普段は感じの良い田中の失礼な物言いに戸惑いながらもムカついたが、田中の次の言葉に凍り付いてしまった。
「それなら総務の大森さんのことどうする気だ?」
何を言ってる?何を知ってる?
喉がひりついていく
「何の事だ」
田中は冷静だ
「受付の三輪さんと付き合ってるんだ」
「え?」話が飛んで何を言いたいのか分らない
「そうなんだ・・・で、その三輪さんがどうした?」
田中の交際の話は今は必要ない。それよりも大森さんのことだ。
「昨日、受付に奥さんが来たんだって、対応したのが俺の彼女なんだ」
足下からなにかが崩れ落ちていく
「奥さんが総務部の大森恵美さんをお願いしますって、呼び出したあとしばらく二人で話をしていてたらしいけど、奥さんはすごく落ち着いているように見えて、大森さんはかなり興奮しているようだったって」
もう、何も言えなかった。
有佳はすべてを知っていた。大森さんの名前もフルネームで知っていたということだ。
無言で俯く俺に構わず田中は話し続ける。
「もう一人の受付の子は気づいて無いって言ってたから、たぶん知ってるのは彼女だけだと思う」
「それで、いきなりここに来たいって言い出したのか」
「ああ、大森さんと不倫なんてどうなってるのかと思って、俺が言うのは筋違いだとと思うんだが」
「奥さんを大切にしろよ」
「ああ、教えてくれてありがとう」
「おい!なんだよ全然片付いてないじゃん」
キッチンの片付けをしていた斉藤がリビングに戻ってきた。
「ああ、ごめん」
三人で片付けをしたあと二人は帰っていった。
有佳の様子がおかしかったのは、すべてを知っていたからだった。
しかし、知っていてなお何も言わないのは有佳もこの二人の生活を壊したくないと思っていてくれているのかも知れない。
それなら、オレからは何も言わない。
昨日、大森さんからの通知が多かったのはそいういうことだったんだ
有佳の顔が見たい・・・・
書斎に入ろうとドアノブを回したが開くことはなかった。
いつの間にかこのドアノブに鍵がついていた。
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