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第一印象はまあ、最悪と言うべきだったのではないだろうか。思い返せば酷いの一言に尽きるし、ロマンスを抜きに考えてもナンセンスな始まりだった。
特別監督生の象徴とも呼べる杖を硬い床に打ち付け、ギロリとこちらを睨む少女の顔には好意など微塵も感じられなかった。
「そこまでだ、問題児共め。大人しく投降しろ。言っておくが、抵抗すれば懲罰は重くなるぞ」
冷え冷えとした声で発せられた警告に自身の周りにいた校則違反の共犯者たちは悲鳴のような声をあげた。
「最悪だ」「もう少しだったのに」「よりによってリブラに見つかるなんて」
と、口々に言い出す彼らを横目に目の前の少女__特別監督生:リブラへと向き直る。
緩く波打ちながら肩から胸元にかけて流れるダークシルバーの髪。あどけなさを残しながらも凛とした雰囲気を纏う顔立ち。サイズピッタリの制服から浮かび上がるシルエットは華奢で、スカートから伸びる褐色の足はしなやかでとても周囲から恐れられる存在には見えないだろう。
しかし、そののローズピンクの瞳は暗闇で光る肉食獣の眼光のように鋭く、一切の熱を持たない。彼女の眼差しに晒されれば、皆足が竦んだように動けなくなるのだ。
特別監督生リブラはそういう酷く恐ろしい存在であると他人伝に聞いた評判から一体どんな少女であろうかと思っていた。実際に対峙して見れば彼女が学院内でも指折りの実力者であることは間違いなかった。
だがそれと同時に惹き付けられて止まない何かがあった。彼女のことをもっと知りたいという欲求が自身の内側から湧き出てくるのを感じ、体が震えた。傍らに立つルームメイトはそんな自分の様子から何かを察したのか「うげ……」と声を洩らした。今の自分たちは夜間の無断外出中の為に変装しており、顔は分からないよう仮面を被っていると言うのに付き合いの長さもあって彼は自分の心象を理解したようだ。
トンと床を蹴る。呆然と立ち尽くす共犯者たちと少女の間に躍り出ると、不意を突かれたようにリブラは目を見開いた。その隙を狙って一気に距離を詰めると自分よりふた周り近く小さな手を取った。間近で見るとより一層小さく感じるのは、男女の性差を抜きにしても彼女が一般的に小柄とされる体躯だからだろう。髪と同色の睫毛がふるりと揺れ、瞳孔がキュッと狭まるのが見えた。 警戒が最高潮に達した少女が動くよりも先に思いの丈を告げる。
「…………は?」
パチパチと数回、忙しなくまばたきを繰り返したリブラは心底意味が分からないといった様子で目の間に立つ自分を凝視した。視界の端で頭を抱えるルームメイトと呆気に取られる共犯者たちが映る。
しかし今はそんな些細なことはどうでもよかった。どんな研究課題を目にした時よりも心踊るこの感覚は何なのか、他ならぬ彼女自身をもって解明せねばなるまい。小さな手から伝わる温度に心臓の音が一段と早くなるのを感じながら、そう固く決意した。
月明かりの差さない新月の夜。消灯時間をとっくに過ぎた深き闇の中で2人の男女は邂逅した。
それは後に学院全体を巻き込む酷く滑稽で遠回りな恋の物語の序章となる。