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ルーカスは松葉杖をしっかり脇に抱えると、アルメリアに頭を下げる。
「君にはまた助けられてしまったようだ、申し訳なかった。とにかく私にできることはまず、この足を直すことだろうな。そうしなければスタートラインにも立てない。勝負はそれからだ」
そう言ってリカオンを見据えた。リカオンはその視線に気づくと、ルーカスを見つめ返す。しばらく二人ともそうして見つめ合っていた。
アルメリアは少し緊張しピリピリしたその空気に、どう対応したら良いかわからずそのまま二人の様子を見守った。
少しの間そうしていたが、リカオンが鼻で笑うとルーカスから視線を外し、気を取り直したようにアルメリアに向き直ると言った。
「お嬢様、時間がありませんよ」
アルメリアは不意をつかれ、慌てて答える。
「そうでしたわね、行きましょう。ルーカスここまで送ってくださってありがとうございました。また様子を見にきますわね。ではごきげんよう」
そう挨拶すると、足早に待機してある馬車に向かった。
執務室に着くと普段通りルーティンワークをこなす。いつもと変わらない一日のはずだが、一つだけいつもと違うことがあった。リカオンだ。彼はいつも不貞腐れた顔をしているか、呆れているかのどちらかだったが、それでもほんの少しだけ、楽しそうにしているようにアルメリアには見えていた。
だが、今日は明らかに機嫌が悪そうなのだ。
「リカオン、どうかしまして? 最近は朝早くから屋敷まで迎えに来させているし、疲れているのなら今日はもう下がってくれてもかまいませんわ」
すると、リカオンは無表情のまま答える。
「体調が悪いということはありません。お嬢様は人のことより、ご自分の心配をされた方がよろしいのでは?」
憎まれ口はいつもの通りである。気のせいかとも思ったが、やはり気になった。
「なにか気に触ることをしてしまったかしら?」
そう言うと、リカオンは大きく息を吐き苦笑すると、アルメリアの方へ向き直った。
「いいえ、これは自分の問題です。お嬢様は悪くありません。お嬢様をしっかりお守りできなかった自分に、腹を立てているだけですから」
アルメリアはなんのことだろうと首を捻る。ピンときていないアルメリアをみて、リカオンはため息をついて説明する。
「先ほどのフィルブライト公爵令息のことです。バランスを崩して、あろうことかお嬢様に抱きつくなんて。僕がフィルブライト公爵令息を素早く支えられていれば、あのようなことにはなりませんでした」
そんなことで怒っていたのか、と、リカオンの仕事に対する完璧主義に驚きながら、こうして守ってくれる人がいるということがありがたいと思った。
「ありがとう。でも、あれは不可抗力ですわ。それに今度から私も十分気をつけますわね」
「いいえ、お嬢様が謝ることでは……。もういいです」
そう言うと、リカオンはいつも通りの表情に戻った。
リカオンが最初に公爵令嬢のサポート役を言い渡されたとき、その役をとても不服に思っていた。なぜ貴族である自分が、我が儘令嬢の下につかねばならないのか納得ができなかったからだ。
そもそもこれは、父親であるオルブライト子爵の命令だった。
『公爵令嬢のサポートをしつつ、その行動を王太子殿下に全て報告せよ』
それがその命令の内容だ。
オルブライト家は特殊で、本妻が子をなさなかったので、外で愛人に生ませた子どもである婚外子のリカオンを養子に向かえていた。そのお陰で、リカオンは自分の母親に会ったことがない。
その後本妻は病で亡くなり、オルブライト子爵がどこからかつれてきた女性を後妻にしたのだが、当然この後妻はリカオンが気にくわなかったのだろう。ことあるごとに
『リカオン、貴男はオルブライト家を継ぐ人間なのだという自覚が在りますか?』
と言い、とても厳しく自分をしつけた。
そんな後妻も病気で数年前に亡くなった。流石にその後はオルブライト子爵も妻を娶ることはなかった。
オルブライト子爵はリカオンにかまうことはなく、愛情を注がれた記憶がなかった。そんなこともあり、リカオンもオルブライト子爵を父親として慕うことはなかった。
そんな父親からの命令である。リカオンが面白く思うはずもなかった。
リカオンはオルブライト子爵が王太子殿下に媚び、自分に公爵令嬢のお守り役を押し付け、良いように扱っていることが特に許せなかった。
どうせいけすかない公爵令嬢が、上に取り入って今の地位を手にいれたに違いない。そうして城内に潜入し、王太子殿下に取り入るつもりなのだろう。そう思っていた。
その令嬢の登城当日、思っていた通り、執務室に騙されているであろう令息たちが入れ替わり立ち代わりやってきて、その令嬢をちやほやしていた。リカオンはそれを見て、自分が思っていた通りだと確信した。
しかもその令嬢は、自由奔放に自分勝手に思いつきで動くとんでもない令嬢で、その世話は大変であった。最初に思っていた通り、我が儘公爵令嬢だったのだ。
だが、その行動を見ているうちに、普通の令嬢とはまったく違う反応や行動を取ることに、内心驚くことも増えていた。
リカオンは、その令嬢の行動に対し呆れることも多かったが、いつしかそんな様子を間近で見ているのも面白い。と、思えるようにまでなっていた。
そうしてその令嬢と行動を共にしているうちに、その令嬢が大変お人好しで、人に頼られると断れず、何でも引き受け、自分のことはないがしろにしていることにリカオンは気付いた。
そんなある日のことだった。その令嬢は孤児院に行くと言い始めた。
また我が儘が始まった。正直に言って面倒くさいし、行きたいなら勝手に一人で行けばいい。そう思っていたが、殿下にそのことを報告すると、ついて行くように命令された。リカオンは心底、本当にいい迷惑だと思っていた。
だが、実際に孤児院へ出向くと、子どもたちはとても純真で人を疑うことをせず、リカオンにも屈託なく接してくるので、そんな子どもたちの姿を見て癒されるような気がした。それに自分も幼少の頃、オルブライト家に養子として引き取られるまでの短い間、施設に入っていたこともあり、子どもたちには素直に接することができた。
そんなこともあり、孤児院の仕事もそんなに苦ではなかった。
だがリカオンは思っていた。その令嬢は、今まで貴族として生活してきている。我が儘でここまで来たものの、こんな仕事できるはずもなく、午前中には根を上げ逃げ帰るに違いないと。
ところがそんなリカオンの予想を裏切り、令嬢は楽しそうにじゃがいもの皮剥きを始めた。その後も、子どもたちの世話や話し相手を楽しそうにしている。
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