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「そう簡単に逃がしてもらえると思ってるのか、俺相手に」
「あの、逃げるつもりだったわけじゃ……」
ないとも言い切れない。|神楽《かぐら》 |朝陽《あさひ》の視線が怖ろしくて、どこかに隠れたいと思ったのは事実だから。でもそんな私の気持ちにはお構いなしで、彼は思い切り距離を詰めてくる。
……近すぎる、凄く怖いけれど神楽 朝陽は間違いなく女性にモテる顔をしていて。心臓がバクバクと音を立てているのは恐怖だけではない気がしたが、あえて気付かないフリをする。
そんな私を揶揄うかのように、彼は親指と人差し指だけで私の顎を持ち上げ強引に視線を合わせた。
「勤め先、年齢、最終学歴。あとはそうだな、趣味と特技ってところか」
「……は?」
言われた言葉の意味が分からず、ポカンと神楽 朝陽の顔を見つめた。ああ、やっぱりかなりの美形だ。これで御曹司という立場なのだから、きっと女性も選り取り見取りに違いない。そんなことをぼんやり考えていたためか……
「いっ! いひゃい、いひゃいでふ!」
「この状況で俺の顔に見とれてるなんて、随分余裕があるじゃないか。俺は同じことを言わされるのが死ぬほど嫌いなんだが、どうして欲しい?」
両頬を思い切り指で引っ張られて、その痛みから逃れようと必死に顔を背けようとする。さっきから自分本位な要求ばかりを押し付けてくる神楽 朝陽に流石に眩暈がしそうになってくる。
……だけど、どう考えても悪いのが自分だということに変わりなくて。このまま彼の滅茶苦茶な要求も受け入れる覚悟を決めようとしてたのだけど。
「……で、アンタの返事は?」
そう言ってにやりと笑う|神楽《かぐら》 |朝陽《あさひ》は、絶対に性格が悪いと思う。私の答えを待っているように見せかけて、こっちが焦っているのを楽しんでいるのだから。
どんな返事をしても、きっとこの男に都合よく言い換えられるに違いない。それならば……
「私の勤め先は|堂崎《どうざき》コーポレーションで、営業補佐をしています。歳は先月二十五になったばかりで、最終学歴はW大卒業です。他は、確か趣味と特技でしたよね?」
「……へえ、ちゃんと聞いてたのかよ」
別に神楽 朝陽の質問を聞いていなかったわけじゃない。そんなことを聞かれる理由が分からなかっただけで。
だから私は彼の問いに答える形で、返事をして見せたのだった。
「堂崎コーポレーションか、そんな一流企業に勤めてるとは意外だな。容姿もソコソコで学歴も悪くない、残念なのは猪突猛進なその性格ってところか」
「……何一つ褒められてる気がしないんですけど?」
私の両親がわりと進学や就職先に口を出す人たちだったため、それなりの大学を出て一流と言われる堂崎コーポレーションに就職した。
最初から次期社長の椅子が用意されている神楽 朝陽と一緒にしないで欲しい。そう思って、何となく彼から視線を外してそっぽ向いている。
ただそれ等の答えが迷惑料とどう関係があるのか分からないが、余計な事を言うと|神楽《かぐら》 |朝陽《あさひ》からとんでもない返答がくるような気がして止めておいた。
それが無意味な事だったという事に、数分もせずに気付かされたのだけど。
「近いうちに、アンタと俺はある契約をすることになるだろう。それで、今回の迷惑料はチャラにしてやる」
「……契約って? 内容を聞かなければ、それが出来るかなんて分からないんですけど」
少し考えた様子を見せて、神楽 朝陽はそう提案してきたが内容については一切説明がない。迷惑料がチャラになるのは有難いけれど、受けるかどうかはその契約内容にもよると思うのだけど。
「こちらで契約書は用意しておく、契約内容についてはその日に話せばいいだろう。丁度良い人材が見つかったんだ、やりたくないからと逃げだされても困るしな」
「……その話を受けない、もしくは契約拒否という選択肢は私には無いんですね」
私が逃げ出すような内容なら、きっと碌でもない契約に違いない。ギリギリに話してそのまま契約させてしまおうという魂胆なのか、意外とセコイ手を使うんですねとハッキリ言ってやりたいのに。
「俺と神楽グループに支払う迷惑料、アンタがすぐに払えるというのなら話は別だが」
いつの間にか神楽グループの迷惑料まで付け加えられていて、ぐうの音も出ない。綺麗な顔をしているのに、本当に嫌な男なんだと思い知らされるばかりだ。
「分かりました、じゃあ私は貴方からの連絡を大人しく待っていればいいんですか?」
「……ああ、どうせすぐに連絡することになるだろうから良い子で待ってろ」
私はご褒美を待つ子供じゃないんですけれどね? しかも待ってなきゃいけないのが、嬉しい事ですらないのに。そう言いたいのを我慢して|神楽《かぐら》 |朝陽《あさひ》を見つめれば、彼は満足そうに片方の口角を上げる。
そんな風に男の色気を無駄に振りまくのは止めて欲しい、こんなドSな性格でなければ私もこの男に興味くらいは持ったかもしれない。今の本音はコイツとは関わりたくない、になってしまってるけれど。
「連絡先と……おい、アンタの名前は?」
「|雨宮《あまみや》、雨宮 |鈴凪《すずな》です。連絡先は080-××……ああ、メモを渡しておきますね」
「いや、いい。もう憶えた、俺の番号も登録しておけよ? 他の奴に教えたりしたらタダじゃ済まさないからな」
ポケットに入れておいたスマホが鳴って、ディスプレイを確認すると知らない番号。どうやらこれが神楽 朝陽のプライベートな連絡先らしい。
彼を狙っている女性からすれば欲しくて堪らないものかもしれないが、この番号からの電話など私には悪魔からの着信にしか感じない。流石にそこまでは言う勇気はなくて黙っていると、神楽 朝陽から用件は終わったとばかりに部屋から追い出されそのままエレベーターで一階まで降ろされたのだった。