テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第一章 ― 第三者視点
最初に違和感を覚えたのは周囲だった。ブルーロックの共同スペース、騒がしい空間の中で、凛と玲王が同じソファに座っていると、妙に静かになる。会話は少ない。凛は基本的に他人に興味を示さないし、玲王も誰とでも距離を詰めるタイプではない。それなのに、二人の間には沈黙が成立する。気まずさがない。視線が一度合えば、それだけで意思疎通が終わる。試合中はもっと露骨だった。凛がボールを持つと、玲王は一瞬で最適解の位置に入る。言葉はない。合図もない。それでも通る。周囲が「今の見えてた?」と戸惑うレベルの連携が、当たり前のように成立する。
凪は何度かそれを見ている。玲王が凛の背中を見る目は、いつもより真剣で、少しだけ必死だ。凛もまた、玲王が視界に入る時だけ、ほんのわずかに反応が速い。本人たちは否定するだろうが、明らかに扱いが違う。凛は他人に期待しない。だが玲王には期待している。玲王は万能であることを誇っていたが、凛の前ではそれを誇らない。通用するかどうかだけを気にしている。
二人が夜の屋上に残る回数が増えたのも、自然な流れだった。会話は少ない。だが凛は帰らない。玲王も帰らない。並んで立つ。その距離は、近すぎず遠すぎず、しかし他の誰も入り込めない間合いだった。
ある夜、凛がぽつりと言った。「お前、最近無駄が減ったな」。それは凛なりの最大級の賛辞だった。玲王は一瞬だけ息を止め、それから笑う。「誰のせいだと思ってんだよ」。凛は答えない。ただ視線を外す。だがその横顔は、明らかに満足していた。
その延長線上で出た言葉だった。「俺がお前と同じ高さに立てたら、その時はちゃんと俺を選べ」。軽口のように聞こえたが、空気は冗談を許していなかった。凛は数秒黙り、「並べたらな」とだけ言う。その声は低く、拒絶ではなく条件提示だった。周囲が見れば、あれは告白未満の確約だった。
だからこそ、熱愛報道は静かに破壊力を持った。凛が女優にキスされる写真。凛は否定の意向を示したが、外には出ない。沈黙は誤解を強める。玲王は何も言わない。問い詰めない。強がる。だが数値は落ちた。御影家はそれを見逃さない。提示されたのは感情の抽出。対象は“糸師凛に紐づく未来予測と執着”。玲王は迷い、そして選ぶ。凛から明確な言葉が来なかったことが、最後の後押しになった。
凛といると、余計なことを考えなくて済んだ。あいつは無駄を嫌う。言葉も、動きも、感情も。だから俺も削られた。万能でいることより、凛に通用することの方が重要になった。試合中、凛がボールを持つ瞬間、次の選択肢が頭に浮かぶ。俺の中で凛の思考が再生される感覚があった。通ったパスのあと、凛がほんの少しだけ目を細める。その一瞬が、何よりの報酬だった。
周囲がどう見ているかは分かっていた。凪に「なんか雰囲気違うよね」と言われた時、俺は笑って流した。でも事実だ。凛の前では、俺は御影家の跡取りでも万能な男でもなく、ただ一人のプレイヤーだった。それが心地よかった。
屋上で言った言葉は衝動じゃない。ずっと考えていた未来だ。「同じ高さに立てたら、俺を選べ」。言った瞬間、逃げ道が消えた。凛は否定しなかった。「並べたらな」と言った。あれは拒絶じゃない。条件だ。だから俺は削った。身体も思考も。凛に並ぶために。
それなのに、あの写真だ。説明もない。否定もない。俺は画面を閉じる。胸が痛い。でも怒れない。俺は選ばれていない。それだけだ。ならこの感情は邪魔になる。凛に並ぶための集中を乱す。
御影家の会議室で、抽出の提案を受けた時、俺は理解していた。これは逃げだ。だが合理的な逃げだ。凛が何も言わないなら、俺も何も持たない方がいい。「後悔は?」と聞かれ、俺は笑った。「ない」。嘘だ。本当は、あいつが一言くれれば止めた。でも沈黙だった。
装置が作動する。屋上の夜が消える。視線が絡んだ瞬間が消える。条件付きの未来が消える。温度が抜ける。凛という存在が、ただのストライカーになる。痛みも消える。代わりに、空白が残る。
完璧だ。合理的だ。なのに夜、理由の分からない寒さに襲われる。何かを約束した気がするのに、思い出せない。胸の奥に言葉が沈んでいる気がする。
“プロポーズ”。
意味は分からない。ただ、その音だけが、どこかでまだ熱を持っている。
第一章・了。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!