テラーノベル
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7
放課後の教室は、昼間のざわめきが嘘みたいに静かだった。
「……で、なんで俺が残らなきゃいけないわけ?」
机に頬杖をついた佐野が、不満げにぼやく。
「お前が掃除当番サボったからだろ」
黒板を雑に消しながら、吉田が淡々と返す。
「サボってないし。忘れてただけだし」
「それをサボりって言うんだよ」
「厳しくない?仁人、最近冷たくない?」
「元からこんなもんだろ」
「いや絶対違う。前はもっと優しかった」
「記憶美化すんな」
佐野は「はぁ〜」と大げさにため息をついて、椅子の背にもたれかかる。
「でもさ、こうやって二人で残るの久しぶりじゃない?」
「……そうかもな」
「ほらやっぱり。ちょっと嬉しくない?」
「別に」
「即答かよ!」
吉田は笑いをこらえながら、ほうきを手に取る。
「ほら、口動かす前に手動かせ」
「はいはい」
渋々立ち上がる佐野。
ほうきを受け取りながら、ちらりと吉田を見る。
「なあ仁人」
「なに」
「俺さ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「どうせろくでもないだろ」
「ひどいな。今回はちゃんと真面目」
「……じゃあ一応聞くだけ聞く」
「好きな人とか、いんの?」
ピタッ、と吉田の手が止まる。
教室の空気が、ほんの少しだけ変わった。
「……急に何」
「いや、なんとなく。最近スマホよく見てるし」
「それだけで判断すんな」
「図星?」
「違う」
「じゃあ誰にも興味ない感じ?」
「……あるよ」
佐野の動きが止まる。
「え、マジで?」
「マジで」
「誰?同じクラス?」
「言うわけないだろ」
「ケチ〜」
「うるさい」
少しだけ沈黙が落ちる。
窓の外では、部活の掛け声が遠く響いていた。
「じゃあさ」
佐野が、少しだけ声を落として言う。
「俺のことは?」
「……は?」
「いや、ほら。俺ってどういうポジション?」
「意味わかんない」
「友達?親友?それとも——」
「うるさいな」
「なにその雑な遮り方」
「……掃除しろって言ってるだろ」
「逃げたな」
吉田は何も言わず、再び黒板に向き直る。
佐野はしばらくその背中を見ていたが、ふっと笑った。
「なあ仁人」
「……なに」
「俺さ」
少しだけ間を置いて。
「お前のこと、結構好きなんだけど」
チョークの粉が、ぱらりと落ちた。
「……は?」
振り返る吉田の顔は、いつもより少しだけ動揺している。
「だから、好きだって」
「それ、どういう意味で言ってる?」
「どういう意味に聞こえた?」
「……質問に質問で返すな」
「いいじゃん。たまには」
「よくない」
「じゃあ答え合わせしよっか」
佐野は一歩、吉田に近づく。
「友達として、じゃなくて」
さらに一歩。
「もっと特別な意味で、って言ったら?」
吉田は何も言わない。
ただ、逃げない。
「……冗談だと思う?」
「思いたい」
「ひど」
「だってお前、そういうこと平気で言うだろ」
「今回は平気じゃない」
「……」
「めちゃくちゃ緊張してる」
「顔に見えない」
「内心バクバク」
「嘘くさい」
「本当だって」
また少し沈黙。
けれど今度は、さっきとは違う重さだった。
吉田が、小さく息を吐く。
「……ずるいな」
「なにが?」
「そうやって先に言うの」
「だって、言わないと伝わんないじゃん」
「……」
「仁人は?」
「……何が」
「同じ質問、返していい?」
吉田は目をそらす。
窓の外に視線を向けて、しばらく黙る。
「……俺も」
小さく、でもはっきりと。
「好きだよ」
佐野の目が、少しだけ見開かれる。
「え」
「そんな驚くな」
「いや、驚くだろ普通」
「言わせたのお前だろ」
「そっか」
ふっと笑う佐野。
「なんかさ」
「なに」
「変な感じ」
「どんな」
「今までと同じなのに、ちょっと違う」
「……そうだな」
「でも嫌じゃない」
「俺も」
二人は少しだけ距離を保ったまま、向き合う。
「これからどうする?」
佐野が聞く。
「どうするって?」
「なんかこう、付き合うとかそういうの」
「……段階踏め」
「真面目かよ」
「当たり前だろ」
「じゃあまず何から?」
「……とりあえず」
吉田が、少しだけ照れくさそうに言う。
「名前で呼べ」
「え?」
「吉田じゃなくて」
「……仁人」
「……うん」
「なんか恥ずいなこれ」
「お前が言い出したんだろ」
「そうだけどさ」
「ほら、お前も」
「ん?」
「佐野じゃなくて」
「……勇斗」
一瞬だけ、目が合う。
そして、同時に笑った。
「なんだこれ」
「知らん」
「でも悪くないな」
「だな」
夕焼けが教室に差し込む。
長く伸びた影が、少しずつ重なっていく。
「掃除、終わってなくね?」
「……ほんとだ」
「どうする?」
「あとでやる」
「サボりじゃん」
「今日はいいだろ」
「先生に怒られるぞ」
「その時は一緒に謝れ」
「巻き込むなよ」
「もう巻き込んでる」
「確かに」
また笑い合う。
「なあ勇斗」
「なに仁人」
「これからもさ」
「うん」
「こうやって、くだらないこと言い合える関係でいような」
「……それ、告白の続き?」
「違う」
「でもいいね、それ」
「だろ」
「約束な」
「約束」
二人の声が、静かな教室に溶けていく。
その日から、何かが劇的に変わったわけじゃない。
だけど確かに、少しだけ特別になった。
そんな放課後の、たった一日の話。
𝑒𝑛𝑑
コメント
1件
初コメ失礼します マジ好きです‼️ ありがとうございます‼️