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天界の端、そこは雲が黄金に輝く場所だ。遠くで水晶のような音が響く中、純白の翼を持つ天使エリシアがいた。エリシアは静かに本を読み、瞳に寂しげな影を宿していた。 ある日、エリシアが庭の泉のそばで祈りを捧げていると、空が一瞬暗くなり、泉の水面が不自然に揺れた。見上げると、黒い翼を持つ堕天使が音もなく降り立っていた。その名はルシア。かつて天界にいたが、悪魔と恋に落ちた罪で天空から追放された存在だ。彼女の瞳は深紅で、鋭くもどこか哀しみを湛えていた。
「お前のような清らかな天使が、こんな辺境で何をしている?」
ルシアは唇の端をわずかに吊り上げ、低い声で言った。
エリシアは驚きながらも本をそっと閉じ、穏やかに答えた
「本を読んでいるだけよ。あなたは…なぜここに?」
ルシアは一瞬黙り、それから泉の水面に映る自分の姿を見つめた。そこに映る黒い翼は、かつての輝きを失っていた。
「…なんとなくだ」
エリシアはそれ以上言葉をかけず、再び本に戻った。ルシアはその後ろ姿をじっと見つめた。
「お前……名前は?」
「……エリシア」
「エリシア……か。私はルシアだ」
「知ってる」
「まァそうかあんだけ大騒ぎになったんだからな…」
ルシアは自嘲的に笑い、エリシアの隣に腰掛けた。
「お前、逃げねェのか?」
「……え?」
突然のことにエリシアはきょとんとした。
「お前、純潔の天使だろ? 私は悪魔とデキて堕ちたんだ。悪影響しかないぜ」
ルシアの言葉を聞き、エリシアは少し考え込んだ後こう言った。
「あなたは悪魔を愛したことを後悔してるの?」
「後悔なんかしねェよ。寿命が長いんだから、好きなことやらねェと損だろ。」
「そう…貴方の生き方に否定はしないわ」
「される筋合いもねェがな」
ルシアは笑ったが、その笑い声はどこか悲しげに空に溶けた。エリシアもつられて微笑んだ。
「私、貴方のこと嫌いじゃないわ」
「あ?」
ルシアが口を閉じるのをよそに、エリシアは続ける。
「悪魔と結ばれる天使なんて聞いたことないもの!それに同性!天界では堕天使として忌み嫌われてるかもしれない……でもね……」
「私は貴方を嫌いにはなれないわ」
エリシアの真っ直ぐな瞳に、ルシアは一瞬たじろいだ。
「お前……変わってるな」
「そうかしら」
エリシアは微笑んだまま、再び本を読み始めた。ルシアは目を細め、翼を広げて飛び立った。その翼にはかつての輝きが少し戻っていた。
「また来るぜ、エリシア!」
「……いつでも来てね、ルシア!」
二人は互いに名前を呼び合い、再会を約束した。
それからというもの、エリシアとルシアは頻繁に会うようになった。二人がいるのはいつも同じ泉の畔だった。二人はいつしか親友と呼べる間柄になっていた。
ある日のこと、エリシアはいつものようにルシアを待っていたが、彼女はなかなか現れなかった。代わりに現れたのは悪魔だった。名前はミシェル、ルシアと愛し合った女性の悪魔だった。
「ルシアは来ないわ」
ミシェルは冷たく言い放ったが、エリシアは動じなかった。
「今日は貴女に用があるんです」
「……何?」
エリシアは警戒し、身構える。
「ルシアともう関わらないで」
「……なんでですか?」
「彼女は悪魔の私と肉体関係を持った。これは天界での最大の罪よ」
「だからなに!そんなの関係ないわ!私のたった一人の親友なんだから…」
エリシアは激昂し、ミシェルに掴みかかった。しかし悪魔は素早く身をかわし、逆に彼女を地面に組み伏せた。
「…本当のことを言うわ、ルシアは貴方のことが好きなの。」
エリシアは息を呑み、その言葉を飲み込むように目を閉じた。
そして目を開けると、その目はわずかに潤んでいた。
「そんなはずないわ…ルシアはただの親友よ」
「いいえ、本当よ。」
ミシェルの言葉にエリシアは動揺した。ルシアが自分のことを愛していたという事実が受け入れられないのだ。
「貴方はどうなの?」
エリシアは問いかけた。
「貴方はルシアを愛しているの?」
「……私は」
ミシェルは言葉に詰まりながらも答えた。
「……私はルシアを愛しているわ」
ミシェルは涙を流しながら続けた。
「でも……私は彼女を幸せにすることができなかった」
エリシアはその言葉に胸を打たれた。
「堕天までしたのに、ルシアは私より貴方を選んだみたい」
ミシェルはそう言うと、エリシアから手を離した。
「ごめんなさい、全部私が悪かったわ」
「そんな事ありません!」
エリシアは立ち上がって叫んだ。
「ルシアは幸せです!彼女は貴方に愛されてたから……!」
「ありがとう……」
ミシェルは涙ながらに答えた。
「さようなら」
そう言って、彼女は空へと飛び立った。エリシアは呆然としてその後ろ姿を見送った。
それからというもの、エリシアとルシアは会う事はなかった。しかし二人の心には深い絆が残っている。そして、それは今でも続いているのだった。