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「いやあ、すっごい雨だった。

急に強く降るんだもんな。」

傘で防ぎきれなかった雨が、若井の肩を濡らして、彼は顔をしかめていた。

ドアを開けたら、ちゃんとそこに居たことに、僕は思わず安堵した。

「大変だったね、

ありがとう。来てくれて。」


⋯一体、いつからだろう?

こんな感情を覚えたのは。

気づけばずっと一緒にいて、

それから、



⋯それから。


僕はこの感情を逸らしたくなって、

若井にタオルを渡した。

「着替え借りる?濡れたでしょ?」

「いや、タオルでいいよ、すぐ乾くし。」

僕からタオルを受け取った若井は、髪や衣服を簡単に拭いて、部屋に入ってくる。


「コーヒーあるけど」

「じゃあ、俺いれるよ。」

若井はキッチンに行って慣れた手つきでコーヒーを淹れ始める。

すると香ばしい、鼻をくすぐる芳醇な香りがキッチンから漂う。

さっきまで冷えていた心がほぐれるような、温かい香りだ。

彼は自然に僕の分も淹れてくれた。

「ありがとう。」

それを受け取り、僕はリビングにあるソファーに座る。

一人で作業してる時とは違う、2人で他愛のない話を交わしながら飲むコーヒーが僕は好きだった。

コーヒーを口にした若井は、

「何してたの?」

と僕の傍らに腰掛ける。

「⋯ちょっとギター弾いてた。デモもある程度出来たしね。」

「そっか。⋯夜のLINE、あれから大丈夫だった?」

「ああ⋯、ごめん。ありがと。」

若井の心配そうな顔を見て、僕ははにかんだ。

昔のそれとずっと変わらない、温かくて優しい瞳に、 切なくなる。

僕はにっと広角を上げておどけてみせた。

「あ、そういえば持って来てくれたんですか?僕に渡すものがあるとか。」

「あ、そうそう。

⋯じゃあ、せっかくだから、

元貴、ちょっと目を瞑っててよ。」

いたずらに笑う若井から促された僕は

「なに、なんなの?」

と言われたままに恐る恐る目を閉じる。

彼は自分のバックを置いたところまで行って、僕の側に戻ってくる足音がした。

単なる仕事に関するものとばかり思っていたのに、なんだか違う雰囲気を感じて僕は訝しんだ。

「え、なに?なんのいたずらだよ、

怖いじゃん。」

若井は笑いながら

「まあまあ、いいから。じゃあ⋯」


その時、僕の座っている側からシュッと軽い音が聞こえたかと思うと、辺りには甘い香りが空間に拡がった。

まるでヴァニラのような、けれど花の香りもする優しくて甘い香りに包まれる。


僕は目を開けて若井を見つめた。

「え、これ⋯香水?」

彼は僕の傍らに座って微笑んだ。

「そう。ちょうど元貴好きそうかなって思って、いつか渡せたらなって前に買ってたんだ。どんな感じ?」

すると彼は、すっとあたかもそれがごく自然のことであるように、僕の肩を自らの方に寄せて、僕の首元に鼻先を近づける。

その近さに一瞬、息が止まった。

「え、ちょっ⋯、」

「うん、甘くていい香り。 良かった。

俺、元貴のこういう香り好きなんだよね。⋯ 似合ってる。 」

「⋯⋯っ、」

やさしく、甘い響きの若井の言葉に、 体中の血流が一気に熱く激ったような感覚に襲われた。

彼の体温と吐息を感じてしまった自分を、心底恨む。

「び⋯っくりするじゃん。 」

言葉がうまく紡げない。

今、僕はどんな顔をしているのか、すごく怖かった。

どうかこの心臓の音が、聞こえませんように。

「いや、これは元貴だから渡したかったんだ。」

若井はその香水をそっと、やさしく僕の手のひらにのせた。

そこに収まっている小さな香水瓶は、切子のようにガラス細工が繊細に施されている。

天井の灯りに翳してみると、キラキラと反射し、輝いて美しかった。

僕は思わず目を細める。

「⋯⋯きれいだ。」

彼は微笑んで

「ちょっとでも元貴が元気出るようにと思ってさ。前に新しい香水欲しそうにしてたから。

⋯どうしたの元貴、」

「⋯⋯⋯。」

きれいだな。ほんとうに。


⋯ああ。

きっとここで、いつものようにふざけてしまえるといいんだろうな。


けれど、僕の心が堰き止めているものが、もう溢れてしまいそうで。



「ーー⋯若井、」



本当は、吐き出してしまいたい。

ねぇ、若井。


“オレノソバニイテ、ズット。”


ふれてほしい。体温を感じていたい。

⋯どうしようもなくさみしくなって

おまえの温もりが欲しくて

しょうがなくなるんだ。


⋯なんて。


一番言いたいことが、言えない。

怖くて、言えない。

僕は、この感情が何かを知っているのに。


「⋯⋯ううん。

ありがとう。うれしいよ。」

僕は、香水瓶をぎゅっと握った。


「そっか。良かった。

元貴は俺の特別だから。

これからも一緒にいような」


そして、君は明るい陽の光のような

それでいて世界で一番残酷な笑みを浮かべて、 僕を奈落の底へと落とすんだ。



「⋯うん」



⋯大丈夫。

きっと今、うまく笑っていられてる。

僕は僕でいられている。

ゆっくりと、目を閉じた。


だから、どうか

僕だけを見て。

僕だけを。







この雨音と、甘く甘美な香り包まれて

僕は一瞬、目眩がした。














それは紛れもなく、君が僕に染み込ませた香りそのものだ。

Parfum.



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