「結婚したんだ。」そう嬉しそうに君が皆に報告していたのが懐かしい。あれからもう、10年になるのか。
君との出会いは15年前。高校の時だったね。同じクラスで隣の席になって、君から話しかけてくれたんだよ。僕は今でもはっきりと覚えてる。ちょっと離れた、中学時代の友達が誰もいない高校で不安で仕方なかった僕に、優しく声をかけてくれたよね。「隣の席になったのは何かの縁だと思うから、仲良くしてね。」って。女の子に免疫がなかった僕は、ただ頷くしかできなかった。休み時間にも話しかけてくれたりしたよね。でも、君は可愛くて優しくて人気があった。友達に呼ばれて、すぐにどこか行ってしまうんだ。だから、僕はよく一人ぼっちだった。
ある時それに気がついたのか、君は給食の時間は僕と食べてくれるようになった。初めに一緒に食べようと声をかけてくれた時、僕が気を使って「友達と食べなよ。」って言ったら、「貴方も友達だよ?だから一緒に食べるの!それとも、友達だと思ってたのは私だけ?」なんて、少し寂しそうな顔をして言ってくれたっけ。君は本当に上手だった。表情の作り方がずるい。あんな顔されたら、何も言えないじゃないか。そして始まった、僕と君の給食タイム。色んな話をしたよね。そうしてお互いのことを知っていくにつれ、君への気持ちが憧れから恋心へと変わっていった。放課後や休みの日にも遊ぶようになって、とても幸せだったよ。
でも、君に想いを伝えられぬまま、とうとう卒業の日を迎えた。伝えるつもりも無かったけどね。この関係が壊れるぐらいなら、良い友達でいたかったから。卒業式が終わって、この後どうする?なんて仲が良かった人達で集まってワイワイやっているのを横目に、僕は1人帰ろうとしていた。校門を出ようとした時、後ろから聞こえてくる駆け足の音。邪魔にならないようにと、前を向いたまま横にずれた僕の袖は引っ張られた。うわっと小さな声が出てよろめいた。「待って。」息が切れて苦しそな声で僕を引き止めたのは、君だった。そして僕にこう言ってくれたよね。「第二ボタン、私にくれませんか?」驚きつつも、第二ボタンをもたつきながら急いで外して、君へ渡しながら僕は言ったんだ。「もっと、君と思い出を作っていきたい。もっと、仲良くなりたい。お付き合いしてくれませんか?」君は目に涙を溜めながら、嬉しそうに「はいっ!」て答えてくれた。今でも脳裏に焼き付いてるよ。あの時の君の笑顔。
時折喧嘩もしたけど、その都度仲直りして更にお互いを知っていきながら交際を続けて行ったよね。初めて言葉を交わした時も、お付き合いすることになったのも、初めて身体を交えた時も、全部きっかけを作ってくれたのは君からだった。そんな自分が情けなかった。だから、この時だけは僕からはっきり言おうと思って勇気を振り絞ったんだ。給料の3ヶ月分とよく聞くけれど、そんな高価なものは買えなくて…。それでも、君に似合うものをと思って沢山考えて悩んで買った婚約指輪。オシャレなレストランでかっこよく決めたかったけど、そんなお金もなくて、家でちょっとだけ贅沢なディナーを食べながら渡した。「結婚して欲しい。」君は、まるでメデューサと目が合ったのかと思うほどに固まってたね。手に持っていた赤ワインが入ったワイングラスが傾いてこぼれ落ちたのがきっかけで、メデューサにかけられた呪いは解けた。そして、あの時と同じように目に涙を溜めながら「はいっ!」て、またあの時と同じように答えてくれたね。
式は諦めるしかなかったし、新婚旅行は行きたいけど国内でしか視野に入れることすら出来なくて、こんなに不甲斐ない僕でごめんねって、すごく申し訳なかったよ。なのに君は、そんなことを気にもせず心から嬉しそうにしてくれてたよね。それが逆に、僕にとってはとても息苦しかった。悪態を1つぐらい吐いてくれた方が楽だったかもしれない。「本当に僕でいいの?やめてもいいよ。結婚。」そう言った僕に対して君は顔を真っ赤にしながら、涙を流しながら怒ったね。すごく怖かった。でも、すごく嬉しかった。「貴方がいい。貴方じゃなきゃ嫌。」あぁ、絶対に幸せにしないといけないなって、絶対に幸せにするって誓った。今までよりも強くそう誓った。
なのに、なのに…結婚してすぐ、君は帰らぬ人となってしまった。僕が残業なんてしないで、すぐ家に帰る事ができていればこんな事にはならなかっただろうに…。僕のせいだ。ごめんね。それから僕は今まで以上に仕事に打ち込んだ。仕事をしている時だけは君のことを思い出さずに済んだから。休憩もとらず、朝早くから夜遅くまで仕事をしている僕を、周りの人達は心配してくれた。でも、僕はこの生活を辞めなかった。辞めてしまうと…自由な時間が出来てしまうと、それだけ君を思い出してしまうから。でも、とうとう僕は仕事中に倒れてしまったんだ。その時に、色々とお世話をしてくれた人がいる。もう、君は知ってるかな?上から見てくれてるかな?そうじゃなくても、僕が毎年こうして語りかけてるから、嫌でも知ってるよね。そう、その時お世話してくれた人と僕は結婚したんだよ。子どももいる。”何度も聞いたよ。同じ話ばっかり飽きちゃった。”って笑ってるかな?それとも怒ってるかな?
僕は今、幸せだよ。妻が僕の気持ちを汲んでくれてるんだ。君のことを褒めてもくれるんだよ?貴方がそれほどに想っていた方だから、余程素敵な人だったんでしょうねって。君にあげた、婚約指輪。今、俺の左手の小指についてるよ。外さなくていいよって言ってくれるんだ。もう妻と結婚して5年。君が居なくなってからは10年も経つんだね。時が過ぎるのは早いね。どう?おじさんになっただろう。何だか髪も薄くなってきちゃった。君が生きてたら。 夫婦を続けられていたら、まだ君はこんな僕を愛してくれていただろうか。
突然で申し訳ないけど。君には申し訳ないけれど、いつまでも君に捕らわれているのも妻に申し訳がたたないと思ってしまって…この指輪を返そうと思ってる。また、来年の今日も来るからね。ただ、指輪を君に返すだけ。ここに来る時以外は、妻だけを見ていてあげたいんだ。「だから、これ。」僕は指輪を外して、墓石の前に置いた。その時、ふわっと身体が浮いたように感じた。そして、君が見えた気がした。目に涙を溜めながら笑顔を見せる君が。
帰ろうとその場からすこし離れて、ふと立ち止まり振り返る。銀色の指輪が朝日を反射して眩しかった。”そんな顔して振り返らないで。前だけ見てて”と言ってるかのように。
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