初投稿です!
タルスカ(公子×散兵)ですが、結構マシュがノリノリでグイグイ行ってる感じです。
つたない文章ですが読んで下さると嬉しいです!
「はあ…」
ある日の昼下がり、自身の執務室で公子は大きな溜め息をついていた。
大好きな戦闘の任務ばかりを優先して、まとめなければいけない書類に手をつけていなかったツケが回ってきたのだ。
もう何時間も文字列とばかり睨み合っていたため、眼は疲れるし、肩も凝っていて、疲労困憊だった。
ガタン、と大きな音を立てて椅子から立ち上がり思いっきり伸びをすると、幾分か楽になったような気がした。
机に散乱している、あらかた片付いたはずの書類を適当にまとめて角を揃える。
とりあえず終わったは良いものの、問題はこれからだった。
この書類を、あの散兵の元に持っていかなければならないのだ。
_彼の部下に渡してあとは任せるか…
そう考えた公子だったが、さすがに自分もそんなに薄情ではないと思いとどまる。
なぜならこの書類の締め切りはとっくに過ぎており、今更渡しに行ったところでこっぴどく叱られるのは容易に想像できたからだ。
_悪いのは俺なんだし、ここは潔く叱られ に行くしかないよな…。
書類を抱えると、覚悟を決めて公子は部屋を後にした。
本部の長い長い廊下を歩きながら、公子は散兵について考えていた。
_稲妻の何かが関係しているのだろうか。
目立ってはいけない理由があるのか、散兵はそもそも人前にあまり姿を現さない。
ほとんど自室と博士の研究室、アビスなどを行ったり来たりしていて、六位の座でありながらも彼の素性を知るものはほとんどいない。
公子も、散兵との関わりは殆どなかった。
だが、部下たちからの噂ばかりはよく耳にするもので、如何せん口が悪く誰に対しても態度が最悪らしい。
_確かに高圧的な雰囲気で、話しかけずらいんだよなぁ。
数回だけ会った記憶を呼び起こし、彼の姿を思い出す。
人前に立つことが少ないとはいったが、ひとたび姿を現せば、散兵はとても印象的な容姿をしていた。
あの稲妻風の、黒を基調とした血のような赤の鮮やかな着物の裾が優雅に翻る姿は、脳裏に焼き付いている。
何より、華奢な背丈に見合わないあの大きな笠が存在感を引き立てており、涼しげな音を鳴らす繊細で豪華な装飾の施されたそれは、彼の高貴さの象徴といったところだろうか。
彼の纏う雰囲気は、どこか別世界のもののように感じられた。
白雪のようなしなやかで細い手足は、儚い少年そのものだった。
身長差が大きく、笠で隠れて顔はあまり見えないが、どこをとっても彼は美しかった。
日頃から彼の圧力に押し潰されている可哀想な部下たちも、彼の容姿に対しては、言葉を尽くして褒めているのをすれ違う度によく耳にする。
あんなに華奢で儚げな美しい少年が、悪口雑言を並べ立てて罵るというのは、あれだけ言われているのなら真実なのだろうが、もしそうなら是非とも見てみたい。
そんなことを考えているうちに、廊下の突き当たりにある散兵の執務室の前に着いていた。
目の前に構える扉は大きく、いかにも彼らしい、豪華な装飾が施されていた。
お気楽に、散兵について考えていた公子だったが、いざ目の前まで来るとやけに緊張してきた。
戦闘に夢中になりすぎた故の任務の不注意などで他の執行官などに注意されたり、呆れられたりするのは珍しくないことだったが、今回に関しては仕事を後回しにした末、期限を過ぎてからの書類提出。
しかも相手はあの散兵。
まだまだ子供だなと、自分自身を責める。
しかしそうしている間にも刻一刻と時間は過ぎていく訳で。
「ふぅー…」
公子は深く深呼吸をして、目の前の扉をノックした。
「…あれ?」
数秒待ったが、反応はなかった。
今はいないのか、そう思ったが、公子としては早く書類を渡したいところ。
今渡せずに、なぜもっと早く出さなかったと咎められるのも理不尽だと考えた。
そこで公子は、恐る恐る扉を開けてみる事にした。
もしここにいなければ、他の場所も当たってみるつもりで。
重みのある扉に手をかけ、ゆっくり扉を開く。
少し開いた隙間から、ちらりと中を覗いてみる。
「あの~、ざん、…ひょ…_」
_そこから目に飛び込んできた光景に、思わず息を呑んだ。
広い部屋の奥に置かれた執務机に、散兵は足を組んで座っていた。
いつも被っている笠は机の脇に立てかけられ、普段見えなかった彼の顔が見える。
陶器のように白い肌に並ぶパーツはどれもあまりに秀麗で、まさに神が丹精込めて造った最高傑作なのではと思うほど。
小さく噤んだ形のいい薄い唇は桜色に染まっており、そこからどんな声が、どんな言葉が紡がれるのか、想像できなかった。
儚い雰囲気を纏いつつ、彼の眉は細く凛々しい。
閉ざされた瞳は見ることができないが、長い睫毛に縁取られたその瞳は、とても美しいものなのだろうと感じられた。
目尻には鮮やかな朱が引かれていた。
白い肌に際立つそれは目元を強く印象付け、彼の高貴さを存分に引き出していた。
そしてまた、目尻に少しかかる程度の短さに切り揃えられた、絹のように艶やかな藍色の髪が美しかった。
初めてまじまじと見た散兵の顔。
部下たちが言葉を尽くして褒めるのも納得だった。
公子は動けずに固まっていた。
「寝て、る…?」
全く動く気配がなく、目を閉じているだけなら直ぐに反応があるはずだが、それは休息というより、まるで一時的に機能を停止しているという方が近い表現のように感じられた。
普通なら行儀が悪いと言われるような、机に足を組んで座るという行為も、彼がやるとむしろ崇高で優雅で、美麗な絵画のように様になっていた。
彼の背後の壁一面にあるガラス窓から零れる夕日が、逆光となって神秘的にその姿を照らしていた。
_本当に、人形のようだ。
長い間、魅入ってしまっていた。
瞬きをするのも忘れていたような気がして、瞳が乾いた感覚がして目を瞑る。
_相当疲れてるな…。
数秒して目を開けると_
夜空のような、冷たく透き通ったどこまでも青い瞳と、視線が交わった。
「_は、…ざ、散兵…」
先程と何も変わらない状態のまま、いつの間にか目を開いた散兵と、目が合ってしまったのである。
やはりその瞳は美しく、長い睫毛が影をつくり、目尻の朱が目付きをより鋭く凛々しく見せていた。
ばっちり目が合い、視線を外せない。
いつも以上に威圧的だからか、彼があまりに美しすぎるからか。
すると、散兵が徐ろに口を開く。
「何をしに来た?」
儚い雰囲気とは裏腹に、その声は低く、静かな怒りを含んでいるのが聞いていて分かる。
しかし、その低い声に耽美な色気を感じるのは酷く疲れているからだろうか。
「い、いきなり押しかけてごめん!返事がなかったから」
閉じていた喉を勢いに任せて無理やりこじ開けて出した声は、意外にも大きかった。
「そう。…つまり君は、返事がなければ勝手に部屋に入ってくる、最低な無礼者だと?」
「うっ…」
煩わしそうに、一層声を低くして紡がれたその言葉に、間違いはなかった。
しかしそうせざるを得なかった理由があるのだと、公子には弁明する必要があった。
「俺だって普段はこんなことしないさ。
…ただ、今日はこれを渡したくて」
手元の書類に目線を向けると、散兵も同じようにそれを見る。
そして、呆れたように目を見開く。
「_…君、ソレがいつまでのものか、分かってる?」
「…」
散兵は、緩慢な、しかし一切無駄の無い動作で机から降り床に足をつける。
そして、公子の元へとゆっくりと歩き出した。
分かっていた事ではあるが、来た、と思うともう為す術もなく、公子は項垂れた。
コツ、コツと、厚底の下駄を鳴らす音が、段々近づいてくる。
_この際、悪いのは完全に俺だ。殴るなり何なりされても文句は言えないな。
ついに目の前に、散兵の足がやって来て止まる。
そして…_
「_へっ」
間の抜けた公子の声が響いた。
散兵は、うつむいていた公子の頬を掴むと、それを上に引っ張りあげたのだ。
そして、自身と目を合わせる。
散兵のその行動はあまりにも予想外で、思わず驚いてしまったのだ。
「あはっ、君には心底呆れたよ。笑っちゃうくらいね。」
「ほ、ホントごめ」
「まぁ、馬鹿な君の事だから、優先順位も考えずにその単純な頭で単純な任務ばかりだらだらとやっていたんだろうけど」
公子の謝罪も聞き入れず、間髪入れずに、にこやかな表情で言葉を並べ立てる散兵。
しかしその目は決して生易しいものではなく。
なるほど、彼があれほど部下に言われていた理由が分かってきた気がする。
こんなに綺麗な顔で、まるで虫でも見るかのような目で、こうもつらつらと正論を投げつけられると、たまったもんじゃない。
公子は抵抗出来ず、そう納得することしかできなかった。
「未席とはいえ、君みたいな無能が執行官だなんて甚だしいね。君がいるだけで全体のレベルが下がる 」
「…」
「そんな間抜けな顔しちゃってさ、恥ずかしくないのかな?ふふっ。生き恥晒しだね、まさに」
慣れたように、楽しそうに罵る散兵だったが、何も言わず、目を丸くしてただじっと見つめてくるだけの公子を見て、眉を顰める。
「口答えも、抵抗もなしか?ならせめて泣き喚けば良いものを…。 何か言ったら?それとも、僕に殴られたいの?」
「あ…、いや、散兵があんまり可愛いから…」
「_…は?」
_…は?
それは無意識に口にした言葉だった。
公子は自分でも驚いたが、違和感はなく、それが本心らしかった。
それに、散兵を可愛いと感じたのは確かだったからだ。
彼のまったく知らなかった本性を垣間見て、憎たらしいとも感じたし、性格の悪さも理解した。
だが、弧を描くその小さな唇から低く耽美な声が発せられるたび、さらさらと、彼の動きに合わせて藍の髪が柔らかく揺れるたび、そのどこまでも青い夜空のような瞳が細められるたびに。
目を奪われて、その一挙手一投足に見とれてしまう。
公子は散兵の話など耳に入っておらず、ただ放心したまま、惚恍と相手を見つめているだけに過ぎなかった。
「_…死にたいようだね?」
「ああっ、いやホント違うんだって!心から申し訳ないと思ってる!!」
バチバチと雷元素を纏わせた手で首を押さえつけてきたので、公子は必死で首を振る。
「なら態度で示しなよ、この変態が」
「わ、分かったって!じゃあ雑用を何でも引き受けるよ!! 」
そろそろ本当に感電しそうだ。
これならどうだと、公子は交渉に出た。すると意外にもすんなりと、首元の散兵の手は引っ込んでいった。
「へぇ、そう。そうだね、それなら僕としてもメリットが大きい。 最近は何処かの誰かさんのせいで忙しかったんだ。後始末ばかりやらされていてね…。自分の尻拭いくらい、自分でやってもらわないと 」
「うぅ゛…!?」
瞬間、鈍い激痛が走った。
散兵の厚底の下駄が、公子の局部を強く蹴り、喋りながらもグリグリと踏みつける。
「ちょ…ざんひょ、マジで痛いってッ!」
「君に文句を言う権利はないだろう?何を今更喚いてるの。この程度で済んだだけマシだって、分かってるよね?いつもなら今君のその無駄口はなかっただろうね」
「足をどかし…、え、散兵なんか力強くない?全然動かないんだけど…!!」
「まぁ僕は自分にとっての利益を見逃すほど馬鹿じゃないからね、何処かの誰かさんとは違って。それに、ここで君を殺して、追放されるようなことがあっても困る。
という訳で、今回は僕の可愛さに免じて許してあげる。ね、タルタリヤ?」
「は、」
目を細めて、楽しそうな笑みを浮かべてそう言うと、散兵の足は離れていった。
タルタリヤ。執行官としてのコードネームではあるが、初めて親しげに呼ばれた名前に、またも公子は放心状態になる。
「で?」
「えっ?」
離れていったと思えばまたすぐ頭上から声がしたので見上げると、腕を組んで片手を公子の方に向ける散兵がいた。
「で?いつまでそうしてるつもり?早くそれを見せなよ」
「そっちが、」
「は?何か文句でも?」
「…いいや、なんでも」
_そっちが渡させてくれなかったんだろ!
そんな不満を抱きながらも、ずっと見下ろされているのもそれはそれで不満だったので、公子は急いで立ち上がった。
すると、公子と散兵の間には大きな身長差が生まれ、必然的に今度は公子が見下ろす状態になる。
笠は無いため、いつもとは違う風景に公子は優越感を感じるが、反対に散兵は不機嫌そうに目をつり上げた。
「…何を、そんなににやけている? 」
「いいや、なんでも?」
「チッ、煩わしい…」
言いながら、公子によって差し出された書類を力任せに奪い取ると、散兵はそれを睨みつけるように1枚1枚読み始めた。
案外しっかりと読んでいる散兵の姿がなんだか可愛く、面白く感じられて、公子は笑いそうになるのを堪える。
「…楽しそうにしているところ申し訳ないが、…君、これはなんだ?」
「えっ?何って、任務の計画に関する書類…」
「そんなことは分かっている。僕は、このゴミみたいな内容はなんだと聞いている」
ゴミ。その言葉を聞いて、公子は固まる。
_…提出期限過ぎたとはいえ、頑張ったのに酷くない?悪いのは俺だけど!
「…その言い方は酷くない?」
「酷い?何がだ、こんなものを出しておいてよくそんな事が言えるね? 散々待たせておいて出来上がったのがこれかい?この僕に、ゴミを渡しに来る奴なんて初めて見たよ。 それとも、僕がおかしいのかな。提出期限を過ぎたうえ、無茶苦茶で支離滅裂な書類を出すのが、人間の常識なのかもね。ありがとう、勉強になったよ」
「………わぁー…」
実ににこやかな人の良い笑みを浮かべながら、ありがとう、そう言うと、散兵は書類を真っ二つに引き裂いた。
目の前でそれを見せつけられた公子は、もはや出る言葉もなく、感嘆に近い嘆きをこぼした。
ビリビリと破られて床に落ちていく、散り散りになった、書類だったもの。
床に散らばったそれを呆然と眺めていると、散兵の足が視界に入ってきて、分厚い下駄がその紙切れたちを踏みつけた。
_さようなら、俺の苦労…。
「あは、良いねその表情。哀れで馬鹿な無礼者。だけど君のその顔は、好きだよ」
好き。その言葉を聞いて、公子は何故か顔が熱くなるのを感じた。
自分がどんな顔をしているか分からない公子だったが、散兵からは丸見えなのは当たり前で。
散兵は公子の顔を見て眉を顰めると、呆れたように溜め息をついた。
「僕の話を聞いてた?頭の中に花でも咲いているのか?
…まぁ、もうどうでもいい。とにかく、その書類は全てやり直しだ、分かったな?」
「う、うん…」
反応が遅れて、急いで公子は首を縦に振る。それを確認すると、散兵は着物の裾を翻して公子に背を向けた。
「はあ…馬鹿の相手は疲れるよ、本当」
独り言のように呟きながら、立てかけてあった笠を手に取り、慣れた手つきで被る。
そのひとつひとつの所作の優雅さに、公子は見とれていた。
笠を被り、彼の後ろ姿は半透明のベールに隠されたいつもの姿に戻る。
ひらりと装飾を揺らし、鈴のような音を鳴らして振り返ると、その目は公子を見据えていた。
またも視線がぶつかり合う。
「僕は部屋を出るよ。君と違って多忙だからね。
今君にできることはそのゴミを片付けること、そしてそれを明日までに必ず僕に提出する事だ」
そう言って早足に歩き出し、何の惜しげも無く公子を横切った。
しかし、何かを考えついたかのように、扉の寸前で立ち止まる。
「そうだ、雑用をなんでもやるという約束だったね」
「…うん、確かにそう言ったよ」
少し嫌な予感がしつつ、言い訳も見苦しいので公子は素顔に頷く。
「じゃあ、ついでに僕の部屋とこの棟一帯の掃除、物資の輸送と取り引き、それと僕の刀を磨くのも任せるよ。どれも抜かりなく、完璧にね」
_ついでに、で頼む量じゃない。
声に出して叫びたかった公子だが、後先考えず発言した自分の愚かさに向き合うしかなかった。
ひとりうつむいていると、散兵が徐ろに振り返った。
そして、落ち込んでいる公子を見ると、目を細めて微笑みながら言った。
「そうだね…。期待はしてないけど、もし君が全て完璧にこなせたなら…」
何か含みを込めた言い方に、思わず公子は顔を上げて散兵の顔を見た。
目に映ったその顔は、妖艶な笑みを浮かべており、公子は心臓がひとつ、大きく跳ねるのが分かった。
「_君に、ご褒美をあげる」
またも惹き込まれていた、桜色の唇で象られた吐息のような甘いその言葉には、艶っぽく、扇情的な色気がたっぷりとのせられていた。
その熱にあてられて、頭がクラクラするような感覚に酔ってしまう。
公子は思わず、ゴクリと息を呑んだ。
「ふふ、犬みたいだね。そんなに本能を剥き出しにしちゃってさ。嫌いじゃないよ、そいうの」
そっと言葉を落としていくと、またすぐに首の向きを変えて、今度こそ扉に手をかける。
「せいぜい頑張りなよ。じゃあね」
開いた扉から、するりと散兵の姿が抜けていく。
振り返ることはなく閉められていく扉の隙間から見える彼を、公子は最後まで捉えていた。
彼の香りが少し残る部屋で、散らばった紙と共に置き去りにされた公子は、閉じられた扉を、ただ唖然と見つめていた。
コメント
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こんにちは.....🙌実は前々から作品を閲覧させて頂いていたものなんですけれども、もう更新は....無い感じでしょうか.....ね🥲
言葉選びが素晴らしい…… もっと評価されるべき