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最高すぎる..
儚すぎます。めちゃくちゃ私に刺さりました!
まじやばいです 最高です
そう言うと叶は、頷き。
まだ、その言葉を信じられないような不安な顔で口角を軽く上げた。
足元には、足首が浸かるか浸からないかほどの海水が引いたり来たりと流れている。
叶は、片手に持っていた煙草をしゃがんで足元の海水で消し、携帯灰皿にしまった。
そして、ゆっくりと立ち上がり口を開いた。
「僕さ、どこにいてもずっと生きている感じがしなかったんだよね」
俺から海へ視線を移した叶はそう言った。
「僕は、ここにいるのにいないみたいな。ごめんわかりにくいよね」
緩く笑みを作った。
「でも、感覚としてはそんな感じなんだ」
波の音と叶の声が交互に聞こえる。
何故か心地良さを感じていた。
「まぁ、そんなことは置いといて話そうか」
叶は、俺のどこかに視線を向けた。
「僕、来週に引っ越すんだ。
言おうとしてたんだけど、お前を前にすると言えなくて。伝えるのが遅くなっちゃった」
「、、、そうか」
思わぬ告白で頭が混乱している。
なんとか落ち着けるために、息を深く吸った。
海特有の海水の匂いと、深夜の冷たい空気が肺にすっと入ってきた。
「ふふっ、まぁ、驚くよね。」
そっけない返事をしたつもりだったが、表情に出ていたらしく叶がくすりと笑った。
「驚くだろ、突然そんなこと言われたら」
叶が両手を合わせる。
「ごめんごめん。父さんが会社の重役に選ばれたらしくて、これを機に引っ越すことになったんだよ。」
俺が聞きたいのはそんな理由じゃない
「ふーん。で、お前は?」
叶が、俺の顔を見る。
「え、なに?お前はってどういうこと?」
困ったような笑みを浮かべる
「だーから、お前はそれでいいのかよ」
叶に指を指す。
「うん、いいんだよ。」
優しくそう言った。
「僕がいないと母さんも不安になるだろうし。それに僕がわがままを言ったら二人を困らせることになる。新しい父さんと3人で暮らせて、やっと母さんも安心できる。これが僕の幸せなんだと思う」
そう言った叶が俺には、自分に言い聞かせて納得しようとしているように見えた。
「幸せ、ねぇ、」
「ほんとに、叶はそれでいいんだな」
「いいもなにも、そうしないと…」
そう言って、いつもの困ったような笑顔を見せようとする叶が映った。
「はぁぁ」
でかいため息をすると、叶は驚いたように目を見開いた。
「え、く、葛葉?」
「お前は、ほんと、いつもいつも」
叶の方に近づく、靴の中に海水が入る。冷たい水が入り込み、気持ち悪い感覚が走る。
それでも、俺は止まらなかった。
叶は困惑したような顔でその場から動かないでいた。
そして、容赦なく叶の両肩を勢いよく叩き、しっかりと掴んだ。
「人のことばっかで、生きづらくねぇーのかよ」
我に返り思ったよりも、大きな声が出ていたことに気づいた。
「あーー、ごめ、感情的になりすぎたかも」
そう言って、叶の肩から手を離した。
叶は、まだその場から微動だにせず灰色の瞳で俺を見ていた。
「お前は、我慢しすぎなんだよ。にこにこ、ずっと笑って自分は後回し。もっと自分を大切にしろ。何でもかんでも言われるがまま、お願いされるがまま、そんなんでいいのかよ」
「そんなこと、」
否定しようとする叶にかぶせて話を続ける。
「要は、もっと自分の好き勝手しろ!自分中心に生きろ!相手の心配なんてする必要ねぇーって」
俺には、こんなことしか言えない。
ごめんな。叶。
「叶、お前は、自分で自分のこと殺してるように見える。そのせいで、自分の首絞めて、苦しんでることに気づけてないんだよ」
冷たい海風が俺の熱くなった頭を冷静にする。
「葛葉。」
叶の方を向くと足元を見ながら俯むいていた。
「いいすぎた。押し付けがましいよな。」
叶は、首を横に振った。
叶の髪が左右に軽くなびいた。
「ううん、ううん、全然だよ。」
叶は、服の袖を顔に近づけた。
「ありがとう。葛葉。」
叶は、うっすらと泣いて、細い指で目から出る水をすくいとっていた。
前のように、助けを求める声を上げて子供のように泣くんじゃなくて、成長した青年が自分の心の縄を少しづつ解こうとしているように泣いているようだった。
「俺は、、何も」
「ううん、僕にはそれで十分すぎるくらいだよ」
ぽたぽたと、綺麗な涙の雫を垂らしながら、袖を濡らしていった。
「僕、、、、」
言葉の詰まる叶の頭に軽く手を置く。
波音にかき消される程、静かに泣く叶にその手を差し伸べた。
叶は、片方の手を差し出した。
俺は、その手をできる限り優しく掴んでホテルの方へ前を向きながら引いて行った。
歩き途中に叶が話し始めた。
「僕の独り言だと思ってくれていいから、聞き流して。」
「僕さ、葛葉ともクラスの友達とも離れるの嫌だったんだよね。きっと、僕は別の学校に行っても友達はできるだろうし、そこそこの生活は楽しめると思う。けど、みんなの記憶の中にいる僕が止まってしまって、どんどん掠れていって、消えてしまうんだなって思ったら、なんとなくだけど嫌だったんだよね。」
淡々とそう話す。
「そうか」
叶、今微笑んでるんだろうな。
「でも、そんなの僕のわがままだったから。二人には伝えないで笑顔で承諾した。」
多分今は、困った笑顔。
「ん」
「僕も、これが正しいし、いいんだと思った」
少し声が小さくなった。
「でも、葛葉のおかげでそのせいで、自分を自分で押し殺してたことに気づけた。」
感情を含んだ言い方だった。
「はっ、気づくのおせーよ」
叶の方を振り返る。予想通りの表情。
「あはは、遅くなっちゃった。心って難しいね〜」
叶は、首を傾けて目を細めた。
「で、結局どうする」
「話すよ、帰ったら」
「そうか」
「うん」
たったこれだけの会話でも、心は満たされていった。
ほぼ足元の見えない砂浜を来たようにスマホのライトで先導するように照らしながら歩いていく。
さっきとは違って、しゃりしゃり、ざくさぐと二人分の足音が聞こえてくる。
砂浜を歩く音を聞いて今、海にいるのだと改めて実感する。
「僕だってわがまま言ってもいいんだって思えた」
どことなく、声が明るくなっている気がした。
「ありがと、相棒」
俺の背中を軽く叩く。
「ん」
「葛葉も何かあったら、話してくれてもいいんだよ?」
「ねぇーよ」
「秘密なしだからね」
「あー、はいはい」
「もう、素直じゃないな」
「るっせぇ」
「はいはい」
ホテルに帰ると、叶は「いい?」と煙草を吸う仕草をした。俺が頷くとベランダに向かい煙草を口に加えた。
「ん、葛葉も吸ってみる?」
なんとも思っていないような顔で俺に煙草の箱を差し出し、中の一本を出した。
「んー、いや、俺はいい」
そう言うと叶は、煙草の箱をポケットにしまった。
「つれないな〜」
そう言って、前を向いてライターを取り出し、煙草を囲うように手を風避けにし、ライターの火をつけた。
そして、息を深く吸い、白い煙を黒い空に放った。
心底心地のいい夜だった。
でも、どこか儚げで現実なのに現実ではないような、モヤがかかったような不思議な感覚だった。
叶も俺もやっと間の壁が崩れはじめた気がした。
壁を崩した向こう側には、純粋で泣き腫らした目をした子供がいた。
それを壁で覆い隠して、大人び姿を外に見せていただけだった。
心の中は、傷がいくつもついていたのに。
布団の中に入り、寝る前に「おやすみ、葛葉」と言って深く息を吸った。
そうして、叶は死んだように眠った。
その日は、珍しく夢を見た。
俺は、叶と海に来ていた。
時刻は、真夜中で周りには誰もいなかった。
叶は、いつもみたいに笑って話していて、俺は軽く相槌をしながら、いつもみたいに聞いていた。
「ねぇ、少しだけ海に入ろうよ」
「やめとけ、危ない」
「少しだけだもん、大丈夫だよ」
俺は、叶に宥められ海の中に入った。
叶は、俺の腕を引っ張って歩いた。
腰あたりまで浸かる頃になって、はっとした俺が止まると、叶も動くのを止めた。
「もう、十分だろ」
叶は、振り返りいつもの柔らかくて不思議な笑顔を向けた。
「うん、そうだね」
叶は、素直に肯定し、俺の腕を離した。
「なんか、お前変だぞ」
叶の腕を掴む。
「そうかな」
そういって、叶が月を見上げた。
「そうかもね、でも、なんか」
そこで、夢は途切れた。
でも、俺には叶の言いかけた言葉がわかった。
__今ならどこにでも行ける気がしたんだ。
お前は、そう言おうとしたんだろ。
俺は、わかってた。
見ようとしなかっただけで、気づかないフリしてただけで、叶が逃げようとしていたことも。
本当は、あの公園の夜
俺を誘って、どこかに逃げてしまおうと思っていたことも。
わかってる。
わかってた。
本当は、現実から目を背けたがっていた叶が居たことも。
でも、気づかない振りをしていた。
怖かったんだ。
琴線に触れてしまったら、お前がいなくなってしまいそうで、崩れて消えてしまうんじゃないかって。
いつもどこか儚げで笑うお前を隣で見てた。
叶の笑顔が引きつっていたことにも、限界が近づいていたことも誰よりもわかってた。
裏でしか負の感情を出せない叶だから、いつも1人で泣いているんだろうことも予想できていた。
誰よりも優しくて質朴な叶のことだから。
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作者 黒猫🐈⬛
「誰よりも優しい人」
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※この物語は、本人様と無関係です。
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黒猫は、マイペースにこれからも投稿させて頂きます。
待ってくださる方々ありがとうございます🫶🏻
早く次のお話を出して欲しかったり、リクエストがあればお気軽にどうぞ〜
続く(次がラストの予定です)