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誰よりも近く、地上よりも遠く
いつもは女子社員が持ってきてくれるコーヒーを、今日は何故かちょんまげが持ってきた。
「ターボー、どうぞ」
「お、サンキュー。今、休憩中?」
「うん。ついでにターボーにコーヒー持っていこうと思って」
「そっか、あんがと」
受け取ると、ちょんまげはちらっと俺のデスクの上を見る。
「ん? 気になるか?」
視線の先には、VRのゴーグル。俺の夢の集大成だ。
「うん」
まあ、そりゃそうだよな。宇宙が嫌いな男子なんかいないだろ。これはそんな憧れに近付ける身近なアイテムとして、きっと近々みんなの側に普及するはずだ。
「付けてみるか?」
まだデモ機だけど、体験するには十分だ。
俺が言うと、ちょんまげは目をキラキラさせて頷いた。もしかして、これが目的か?
「ま、約束だもんな」
昔した約束、『宇宙に連れていってやるよ』。俺を信じてくれたキングとの約束だったけど、確か『みんなも』と言った気もする。
「これ、キングはもう見たの?」
ゴーグルを受け取ったちょんまげが訊く。
「まだ。近いうちに体験するとは思うんだけどな」
実は大谷先生に頼まれて、鷹里小でこのデモ機を授業で貸すことになっている。参観日だという事だったから父兄も参加するだろうし、その話をした時に森もいたからキングの娘さんがいるクラスなんだろう。ついでに俺も宇宙についての話をする事になっている。
「……僕が先でも、いい?」
「もちろん」
ちょんまげはゴーグルを付けた。
「わあ……」
きっと、周りには宇宙空間が広がっているはずだ。ちょんまげの手が虚空を彷徨う。辺りにぶつからないように、俺はその様子を見守る。
「あれ?」
ちょんまげが不安げな声を出した。不具合だろうか? 貸出前にバグが見つかったのなら、修正しないとな。
「どした? ちょんまげ、ちょい貸してみろ」
「た、ターボー」
ゴーグルを付けたまま、ちょんまげがこっちに手を伸ばす。その手が震えていて、まさか何か変な物が映り込んだのかとプログラミングについて考えていると、
「どこ、ターボー……どこにいるの?」
泣きそうなその声に、俺は考えている場合じゃないとゴーグルを外す。ちょんまげは潤んだ目で辺りを見て、俺を見た。
「ターボー……」
「どうしたんだよ、そんな泣いて」
からかうように言ってみたけど、ちょんまげは黙って俺に抱き付いた。会社内でこんな事しないやつなのに、と思ったけどその身体が震えてる。
……そんなに怖かったのか?
「なんか不具合があったか? 宇宙人でも襲ってきた、とか?」
ぽんぽんと背中を叩く。ちょんまげは俺の胸に顔を隠したまま、小さな声を出した。
「ひ、一人になった」
「え?」
「宇宙で、ひとりぼっちになった」
……確かに、あのゴーグルを付ければ見えるのは宇宙だけだ。これからゆくゆくは、他のプレイヤーと交流できるツールになる予定だが、まだこのデモ機にはその機能は搭載していない。
広い宇宙に一人きり。孤独を怖がっていたちょんまげには、トラウマに触れる事だったかもしれない。
「ターボーの声、聞こえたのに……誰もいなくて、こわ、かった」
「大丈夫だよ、ここにいるから」
落ち着かせようと髪を梳けば、ちょんまげが見上げてくる。
「……ごめん、せっかく貸してもらったのに」
「気にすんなって」
貸すのはちょっと早かったか。でも、俺はこの夢をこいつと一緒に叶えたい。
「じゃ、次の試作機が出来たら、また体験してくれよ」
俺が言うと、ちょんまげはちょっと困ったような顔になる。ま、そうだろうけど。
「次は、俺も一緒に宇宙に行くから」
次のはちゃんと通信できるようにして、アバターを投影出来るように調整して……出来る事はいくらでもある。
「言ったろ? みんなを宇宙に連れてってやるって」
一人じゃ意味はない。みんな一緒に、お前と一緒にじゃないと。
「……分かった。僕も、協力する」
ちょんまげがようやく笑う。
「よし、しっかり勉強しろよ」
「御意っ」
よし、しっかり勉強して、早く俺の右腕になってくれ。
「一緒に宇宙旅行したら、何したい?」
「え、うーん……あっ、旗立てたい」
旗? そんな事も言ってた気もするけど。
「じゃ、マーク考えなきゃな」
「会社のロゴ、とか?」
「二人の旅行なのに、味気なくね?」
近い未来、それは実現する約束。
「二人の、旅行……」
ちょんまげが呟く。
「新婚旅行、だな」
俺の言葉にちょんまげは少しだけ顔を赤くして、ただ頷いてくれた。