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――放課後。
いつものように教室の片隅でぼんやりと
外を眺めていた無一郎が、誰よりも早く席を立つ。
(今日も話せなかったな……)
そんなことを思いながら
彼が去った後の教室をふと見渡すと
床に小さな黒い物が落ちているのが目に入った。
「……これ、無一郎の?」
拾い上げると、それはシンプルなキーリングのついた鍵だった。
鍵の持ち主は、言うまでもなくさっきまでここに座っていた無一郎だろう。
「届けなきゃ……」
急いで教室を出て、無一郎の姿を探す。
校舎の廊下を駆け抜け
ようやく昇降口で無一郎の後ろ姿を見つけた。
「無一郎!」
息を切らしながら呼びかけると
彼はゆっくりと振り返る。
「……なに」
相変わらずの無表情。
でも、立ち止まってくれるだけマシかもしれない。
「これ、落としてたよ」
手のひらに鍵を乗せて見せると
無一郎はふーん、と気のない反応をしながらそれを受け取る。
「……ありがと」
「あ、うん……」
思いのほか素直なお礼に、少し驚いた。
「気づかなかった」
そう言って鍵をポケットに仕舞う無一郎を見ながら、なんとなく勇気を出して聞いてみる。
「それ、大事なもの?」
「……まぁ、ないと困るし」
「そっか……じゃあ、拾えてよかった」
そう言うと、無一郎がじっとこっちを見てきた。
「……なんでそこまで気にするの」
「え?」
「僕のこと」
唐突な問いに心臓が跳ねる。
無一郎はまっすぐにこちらを見つめ、少しだけ首を傾げる。
「そ、そんなの……ただ、同じクラスだし、普通でしょ……」
しどろもどろになりながら答えると
無一郎はふっと目を細める。
「……ふーん」
それだけ呟いて、また歩き出そうとする。
「……もう帰るの?」
気づけば無意識に声をかけていた。
無一郎は少し立ち止まり、振り返る。
「まだ何か話したいの」
「え……!」
心臓が一気に跳ねる。
「そ、え、いやべつに……!」
「じゃぁ帰りなよ」
無一郎は背中を向けまた歩き出した。
「一緒に帰ってもいい…?」
無一郎は小さくため息をついて。
「……まぁ、いいけど」
無一郎はぼそっと呟き、そのまま歩き出した。
「……え?」
「早く来ないと置いてくよ」
振り返りもせず
そう言いながら歩いていく無一郎。
頭の中がぐるぐると混乱しながらも
無意識に彼の後を追いかけてしまう。
少しだけ並んで歩く距離が縮まった気がして、胸がドキドキとうるさかった。