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「緋色の鎖と黒の書」
夜の闇がヨークシンシティの街を飲み込んでいた。無数のネオンが空を切り裂き、雑踏の喧騒はまるで生き物の脈動のように響き合う。
クラピカは路地の暗がりに身を潜め、鋭い瞳で周囲を観察していた。鎖の冷たい感触が掌に馴染み、心臓の鼓動を落ち着かせる。
彼の目的はただ一つ。幻影旅団への復讐。
そして、その頂点に立つ男、クロロ=ルシルフル
「見つけたぞ、蜘蛛。」
クラピカの囁きは、夜の空気に溶けるように消えた。
遠く、廃墟と化したビルの屋上に、クロロの姿があった。黒のロングコートが風に揺れ、まるで闇そのものが形を成したかのようだ。彼の手にはいつも通り、分厚い本が握られている。クラピカの胸に、憎しみと同時に奇妙な感情が湧き上がる。
それは、敵を前にした昂揚感とは異なる、得体の知れない揺らぎだった。
「鎖野郎。こんな夜更けに散歩とは珍しいな」
クロロの声は低く、どこか挑発的だ。彼は本を閉じ、ゆっくりとこちらを向いた。その瞳は、まるで全てを見透かすかのようにクラピカを捉える。
「黙れ、蜘蛛。貴様の命は今夜で終いだ。」
クラピカは鎖を構え、念を集中させる。だが、クロロは動じず、ただ薄く微笑んだ。
「終わり? ふふ、お前はいつもそうやって自分を縛る。鎖で、復讐で、そして過去で。」
クロロの言葉は鋭い刃のようにクラピカの心を切り裂く。
「本当にそれでいいのか?鎖野郎の心が求めるものは、俺達蜘蛛を殺すことだけか?」
クラピカの指が震えた。クロロの言葉は、いつもこうだ。まるで心の奥底を覗き込むように、核心を突いてくる。クラピカは歯を食いしばり、鎖を振り上げる。
「貴様の言葉遊びに付き合うつもりはない。」
鎖が空を切り、クロロに向かって飛ぶ。
だが、クロロは軽やかに身を翻し、まるで踊るように攻撃をかわした。
「君の鎖は美しいよ、鎖野郎。だが、その美しさは君を縛る枷でもある。」
彼は一瞬で距離を詰め、クラピカの目の前に立つ。あまりにも近く、クラピカは息を呑んだ。
「近づくな!」
クラピカは咄嗟に鎖を操り、クロロを捕らえようとする。だが、クロロの手が素早く動き、クラピカの腕を掴んだ。その力は驚くほど優しく、しかし逃れられないほど確かだった。
「落ち着け、鎖野郎。少し話したいだけだ。」
クロロの声は、まるで子守唄のように穏やかだ。クラピカは動揺を隠せない。なぜだ。なぜこの男は、こんな状況でこんな声を出すのだ。
「貴様は私の仲間を、家族を奪ったんだぞ。そんな相手と話すことなど何一つ無い。」
クラピカの声は震え、瞳には緋色の輝きが宿る。だが、クロロは目を逸らさず、ただ静かに見つめ返した。
「鎖野郎の怒りは本物だな、美しいほどに。でも、鎖野郎。君は気づいているはず。俺を殺しても、鎖野郎の心の空虚は埋まらない。」
クロロの手が、クラピカの頬にそっと触れる。その瞬間、クラピカの身体が硬直した。冷たく、しかしどこか温かい感触。敵であるはずの男の指先が、なぜかクラピカの心を乱す。
「離せ…!」
クラピカはクロロの手を振り払おうとするが、身体が思うように動かない。クロロの瞳が、まるで底なしの闇のようにクラピカを引き込む。
「鎖野郎も知っているだろう? 俺も鎖野郎のせいで失ったものがある。旅団は俺の家族も同然。鎖野郎が俺を憎むように、俺もまた鎖野郎を憎む理由がある。なのに、何故か鎖野郎をこうやって見ていると、憎しみだけじゃ足りない気がするんだ。」
クロロの声は、まるで告白のように響いた。
クラピカの心臓が激しく高鳴る。憎しみと、理解できない感情が交錯する。
「ふざけるな…! 貴様のような怪物が、何を語る!」
「怪物? …確かにそうかもしれない。でも、鎖野郎も同じだろう?復讐に囚われた怪物。俺たちは似ているな(笑)」
クロロは一歩近づき、クラピカの耳元で囁く。
「その鎖は、俺を縛る前に、鎖野郎自身を縛っている。それでもいいのか?」
クラピカは言葉を失った。クロロの言葉は、まるで鏡のようにクラピカの内面を映し出す。復讐の果てに何があるのか。クラピカはそれを知らない。知るのが怖い。
「…黙れ。」
クラピカは呟き、目を閉じた。だが、クロロはさらに近づき、クラピカの額に軽く唇を寄せる。その瞬間、クラピカの心は完全に乱れた。
「何…!?」
クラピカは後退り、鎖を構え直す。だが、クロロはただ微笑むだけだ。
「鎖野郎の心を乱すのは、案外簡単だな。鎖野郎、お前はもっと素直になってもいい。」
「ふざけるな!」
クラピカは叫び、鎖を放つ。だが、クロロは再び軽やかにかわし、逆にクラピカの腕を掴んで壁に押し付けた。
「鎖野郎は強い。でも、その強さは脆い。俺にはそれが見える。」
クロロの声は、まるで恋人のように優しい。クラピカは抵抗しようとするが、なぜか力が抜ける。クロロの瞳が、クラピカの心を絡め取る。
「なぜ…こんなことを…」
クラピカの声は弱々しく、ほとんど囁きに近い。クロロは微笑み、クラピカの髪をそっと撫でた。
「鎖野郎が知りたいなら、教えてあげるよ。俺が鎖野郎に惹かれる理由を。」
クロロの言葉は、まるで呪文のようだった。クラピカは抗おうとするが、心のどこかで、その言葉を聞きたいと思っている自分に気づく。
夜はまだ深い。ヨークシンシティの喧騒は遠く、クラピカとクロロの間には、ただ二人の呼吸だけが響く。鎖と本、憎しみと惹かれ合う心。相反する二人が織りなす物語は、まだ始まったばかりだった。