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「――しまった……」
「うわぁ、ごめんなさい……」
私とケアリーさんは、昼食を終えたあとに絶望した。
食堂に入ったのは昼過ぎだったのに、いつの間にか夕方になってしまっていたのだ。
……話し過ぎた。
ある程度は掻い摘んで、省略して話したとは言え……さすがにこの数か月は、いろいろなことがありすぎた。
「あはは……。楽しい時間が過ぎるのは早いもので……。
でも、戦ってる人たちには申し訳ないですが、今日は楽しかったです!」
とは言うものの、ルークとエミリアさんにさえ、今日のことは話し辛い。
午後はずっと楽しくお喋りしてました――だなんて、ちょっとね……。
「私も楽しかったです!
次はこの戦いが終わったあとにでも、アイナさんの仲間を交えて是非、お喋りをさせてください♪」
「はい、もちろんです!
それにはまず、目先の戦いを頑張らないと……ですね!」
サボっていた私の口が、そんなことを言い始める。
……すいません、今日だけは許してください。本当に反省しています……。
「それよりもアイナさん、『魔響鉱』はどうしましょう?」
「んんー……。もう遅いですから、この食堂にいる人たちにだけ聞いてみて、あとは冒険者ギルドに戻ってしまいますか。
冒険者ギルドで買い取りができているかもしれませんし」
「分かりました、良いと思います!」
「それではちょっと聞いてきますね。
少しだけ待っていてください」
「えっ!?
は、はい。分かりました……!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しかし、食堂にいた5組ほどの冒険者たちに話を聞いてみるも、特に良い話は出て来なかった。
かろうじてどこかのお店に売っていたという情報は聞けたものの――
店員が『げっふっふっ』と笑っていたという話を聞いて、その情報は途端に価値の無いものになってしまった。
それ以上の情報は何も無かったため、私とケアリーさんは少しテンションを落としながら、冒険者ギルドに戻ることにした。
「……最悪、今日じゃなくても大丈夫なんですけどね。
もう少し時間はあるはずだし……。ああ、いつ頃になるか、アイーシャさんに聞いておかないと……」
「『魔響鉱』については、私も冒険者ギルドに来る人に聞いてみます。
少し贔屓してるっぽいですけど、次の戦いの命運がかかっているわけですから!」
「ありがとうございます!
でも一応、保険というか、そんな感じで探しているだけですので……命運と言い切るまでは?」
「保険は大切ですよ!
もし作れなくて、絶体絶命の中で保険が必要になってしまったら……そのときは、絶対に後悔すると思います!」
「確かに!
それならやっぱり、せめて明日には欲しいところですね」
「他の街の冒険者ギルドとは連絡が取れないので、クレントスの冒険者ギルドとしては、今が力の見せ所です!
いざとなれば、私が売却先のお店に行って交渉をするのもやぶさかではありませんが――」
「あー……。
変なフラグが立つかもしれないので、それは止めておいた方が良いかと……」
ケアリーさんは『魔女』では無いけど、あそこのご主人は何だか怪しい雰囲気があったし、今は近寄らないでもらいたい。
「フラグ、ですか? ……旗?」
「あ、いや……何でもないです。
何でもないんですけど、個人的によく使う言葉なので、ちょっと広めようかな……」
私は冒険者ギルドに向かう間、ケアリーさんにも『フラグ』の話をすることにした。
『死亡フラグ』の内容は冒険者にとってはよくあるネタなので、それを具体例に出しながら説明すると、すんなり受け入れてくれた。
「――なるほど、それが『死亡フラグ』ですか……。『フラグ』の概念も、何となく分かりました。
冒険者さんたちはこういう話が好きそうなので、私も広めてみたいですね」
「広めて頂いて大丈夫ですよ!
この言い方、この国の人はしないから……広まってくれると、私も嬉しいです♪」
「それでは何かの形で広めることにしましょう。
啓発というか、そういうのにも一役買いそうですし……!」
そんなこんなで、私はこの世界に新しい言い回しを作ってしまった……!
まさに外来種のような存在感!! 言葉の乱れを起こさないかは心配だけど、別にこれだけで乱れることもきっと無いだろう。
「……さて、冒険者ギルドが見えてきましたね。
買い取れてると良いな~……。ケアリーさんはお仕事終わってますけど、どうしますか?」
「結果が気になるので、もちろん付いていきますよ!
でもそれだけ見たら、せっかくなので早めに帰ろうかなって思います。お掃除もしたいですし」
「掃除ですか? こんな遅くに偉いですね」
「あはは、そんなことは無いですよー。ただ、散らかしちゃってるだけなので」
「ケアリーさんが散らかしてるイメージがまったく湧かない……。
それじゃ、片付いたら遊びに行かせてください!」
「本当ですか? お待ちしてます!」
あれ、案外すんなり受け入れてくれた?
でもそれなら、平和を取り戻したあとに寄らせてもらうことにしようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドに戻って結果を確認すると、残念ながら『魔響鉱』の買い取りは出来ていなかった。
相場の1.5~2倍という値段ではあるものの、無いものは買えるわけが無い。……きっと、今日は縁が無かった話なのだろう。
ただ、冒険者ギルドで所有していた『闇の魔導石』については、問題なく買い取ることができた。
これで最低ラインの素材は揃ったけど……やっぱり念には念を入れて、『魔響鉱』は欲しいところだ。
……まぁ、明日にでも手に入ると良いかな。
何となく不完全燃焼の気持ちを抱えながら、ケアリーさんと別れて、アイーシャさんのお屋敷に戻る。
ルークとエミリアさんを待つべく、いつものように食堂に行くと……そこには珍しくカトリナさんがいた。
カトリナさんはアイーシャさんの仲間の一人で、クレントスの街の問題を担当している学者のような人だ。
「こんばんわ、カトリナさん。こんな時間に珍しいですね」
「アイナさん、お帰りなさい。今日はいろいろと順調だったので、休憩をさせてもらっているんです。
夜にはまた、作戦会議ですけどね」
少し疲れは見えるものの、カトリナさんは良い笑顔を見せてくれた。
街の外では戦いが続いているけど、街の中で続く戦いというものもある。
例えば住民の不満が爆発しないように、調整や仲介をする……とかね。
それは単純な強さではなく、様々な知見や機転が求められる戦いだ。
正直、私には無理だろう。
「お疲れ様です。栄養剤くらいならお渡しできますが、使いますか?」
「そういうのはあまり好きではないのだけど、最近はちょっと疲れてしまって……。
お言葉に甘えさせて頂けますか?」
「はい! こんなことくらいでしかサポートはできませんが、是非使ってください。
あとは入浴剤とか石鹸とか、美容品もありますよ」
「あ……!!
もしかして王都で噂になっていた錬金術師って、アイナさんのことだったんですか?
高級な美容品で、王族の方々を虜にしていたという……!」
「そうですね、王族の依頼はたくさんこなしていました。
逃亡生活の前だから、ずいぶん懐かしい気がしますけど」
そんなことを話しながら、アイテムボックスから適当にアイテムを見繕って並べていく。
何かを出すたび、カトリナさんは小さく驚いてくれた。
「……はぁ、凄い。こういうものも作れるんですね。
神器とはまるで別物の話なので、私の中のアイナさんのイメージが変わってきてしまいます……」
「むしろ神器の方が例外っぽい感じなんですよ。
それまでは薬と美容品がメインでしたから」
「確かに、この石鹸の香りだけで品質の良さが伝わってきます。
これは一財産を築けるレベルですね……。本当にもらってしまって良いのですか?」
「気を遣うようでしたら対価は受け取りますが、今はそんなときでは無いですからね。
たくさんリラックスして、大変な仕事に備えてください♪」
私の言葉を聞きながら、カトリナさんはこちらをじっくりと眺めていた。
急に見つめられると、少しびっくりしてしまう。
「――うん。ご親切にありがとうございます。
それではお礼は、戦いが終わったあとに考えさせて頂きますね」
「はい。すべては戦いが終わってから、ということで!
アイーシャさんの話によれば、魔星クリームヒルトを倒せば――っていうお話でしたから……きっと、もうすぐですよね」
「あ、そこまで聞いているんですか。
魔星がクレントスに着くのは、今の進軍ペースでいくと3日後になるそうです」
「おぉー……」
来る、とは聞いていたものの、具体的な日を聞くのは初めてだった。
今はもう夕方だから、準備をするにはあと2日しか無いことになるのかな?
「日も少ないので、戦いの対策を練るのもラストスパートですわ。
長かった戦いもようやく終わると思うと――……では無いですね。最後まで、気を抜かないようにしませんと」
「私もできる限り、サポートさせて頂きます!
最後の最後、頑張りましょう!!」
私が具体的に何をできるのかは分からないけど、とりあえず身近なものを錬金術で作っていってみようかな。
何気なく使うものが高品質になっていれば、やっぱり嬉しいし、テンションも上がるし、気持ちも潤ってくるだろう。
……戦いに使う初級ポーションを作るとかでも良いんだけど、ここはいっちょ、私にしか出来ないことをやってみますか!!