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祈りの間にむかって、金髪の女性が走ってきた。
「このものが危険です。すぐに祈りを!」
彼女の後ろに、数人が従っている。
男たちがかつぐ担架には、頭から血を流している怪我人。
怪我人には右腕がなかった。あるべき右腕は切断され、彼の両足のあいだに無造作に置かれていた。肩にまかれたタオルはすでに広範囲に赤く染まっている。
痛みで顔を歪めているのか、打撲で顔そのものが歪んでしまったのか、見た目では判断できない。
有無をいわせぬ金髪の女性の指示で、怪我人は祈りの部屋の中央に横たえられた。
そして女性は、外で寝そべっているユリを見つけると叫んだ。
「何してるの。早くしなさい、祈り師! 死んでしまうわ」
「あ、はい……」
ユリは身体を起こし、部屋に戻る意志を示した。
しかしタクヤは同意できなかった。
「もう限界だよ、ユリ、これ以上は無理だって」
「タクヤ様?」
金髪の女性が質問した。
「なぜ、タクヤ様がここに?」
「なぜって、僕だって知らないよそんなこと……」
なにが起こったのか、彼にはわからない。
記憶がないのだ。
しかし、その金髪の女性のことは、タクヤは知っていた。
泣く子も黙るミルシード。
タクヤに遠慮なく顔を寄せ、明るく微笑む姿は、もうそこにはなかった。
ブラウスは灰に汚れ、女ものの靴を脱ぎ捨て、代わりに黒い男性用の革靴を履いていた。
この場のリーダーとして、強い意志を持った若き女貴族の姿が、そこにあった。
「僕は、たまたま、ここにいて、そのまま手伝っている」
「まあ、そんなこと、タクヤ様がなさらなくても。それに、タクヤ様が、祈り師を甘やかしてはいけませんわ」
「いや、甘やかしているわけじゃなくて、ユリは本当に限界なんだって」
「だって、ほら、まだ『生きている』ではありませんか」
「はあ?」
「祈り師は、祈りに命を捧げるもの。生きている以上、まだ祈れるということですわ」
「そんな、バカな」
怒りで身体が震えたタクヤ。
しかし立ち上がったユリが腕をのばして彼を制した。
「おっしゃる通りです。それが、祈り師……」
「バカ、やめろよ! ユリが死んだら意味ないだろ!」
「……大丈夫です……私を……戻してください」
「なに言ってるんだよ。大丈夫じゃないよ。無理だって。一人じゃ立てないくらいなのに」
しびれを切らしたミルシードは、タクヤに黙礼すると、大声で「ユリを戻しなさい!」と男たちに命令した。
ユリを奪おうとしてくる男たちに、タクヤは抵抗しようとした。
しかしユリは、自らタクヤを振りはらい、男たちに身体を預け、よろめく足取りで、祈りの部屋へと戻っていった。
ミルシードは後ろからむち打つように怒鳴った。
「まったく、祈り師の分際で、タクヤ様の同情をさそおうなんて、なんてふざけた女なの! 身の程をわきまえなさい。死にそうな者は他にもいるのよ。のんきに休んでいる場合ではなくてよ!」
部屋に戻ったユリは、怪我人の頭側に膝をつくと、血に染まった肩に手をかざし、胸の装身具から弱々しい緑の光を放ち始めた。
ミルシードは、両目を鬼のように光らせ、追い打ちをかけて怒鳴った。
「私たち、これから何人か連れてくると思うけど、全員、きちんと祈って差し上げるのよ。あなたが死んじゃダメよ。わかったわね!」
タクヤは全力で反論したかった。ユリは限界なのだ。腕をとって外に連れ出したとき、その感触で痛いほどわかった。
しかし、王宮の記憶がなく、事情がわからないタクヤには、言い返せることは何もなかった。
ミルシードの暴言も、傷ついた者への精一杯の誠意と、理解できないことではない。
タクヤは、言い返す言葉の代わりに、血が滲むほど唇を噛んだ。
何がこんな悲惨をもたらしたのか。
その「原因」を決して許さない。
そのときになって、ようやくヘリコプターの音が聞こえてきた。