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『何の為に創るのか。』
それは創作をしている者であれば一度は感じる疑問であり、その答えは人によって変化する。
それでも、私たちはより正しい答えを求めて、作品を作っていくのだ。
***
「なあなあお前ら、輝先生の新作見たか?」
「うん、見た見た! めっちゃ、面白かったよな」
「あれで俺らと同い年ってマジかよ。何食ってたら、あんな発想出てくんだろうなぁ」
「あれは正直、才能としか言えないよ」
「あーあ、俺にもあんな才能がありゃ良いのに」
「こら男子、才能なんて失礼な言葉使わないの。輝先生は何年も努力してあれほどの人気を手にしたんだから」
「そうよ。輝先生は、信じられないほどの研鑽を重ねてきたのよ」
「確かにそうだな。今のは俺が悪かったよ……」
「わかれば良いのよ。それにしても、昨日の新作は本当に最高だったわ」
「やっぱりそうよね。個人的には過去最高傑作と言っても過言では無い出来だと思うの」
「いやいや、過去最高傑作は輝先生の第七三作品目『陰キャの私の才能が覚醒して、学校一の陽キャになった件』以外考えられないな」
「待て待て、第三九作品目『私をブスと馬鹿にした、あの子の今』を忘れてはいけないぞ」
「まあ、どの作品も神作である事には変わり無いわよね」
「うんうん、そうだな」
「完全に同意だ」
「わかるわー。マジめっちゃわかるー」
『やっぱり、輝先生は神よなー』
気持ちが良い。
朝の六年一組は、小説サイトで活動している輝先生の話題でいっぱいだ。まあおそらく、第一六〇作品目『七人のイケメン王子様は、私に恋をしたそうです』が昨日投稿された影響だろう。
輝先生、、、先生かー。私も遂に大物になったなー。
そう。今クラスで話題のWeb作家「輝」とはこの私、「常闇祢音」の事だ。
運動も勉強も会話も全てが不得意な私は、クラスでは所謂陰キャと呼ばれるカーストにいる。
一人で毎日を過ごしていくうちに、私は刺激を求めるようになっていた。クラスの陽キャの悪口を裏垢で呟いてみたり、ラジオ配信をしてみたり。小説家としての活動もその一つだった。
私は昔から読書が好きだったが、何度も本を読んでいると、いつしか自分で作品を作りたいと思うようになっていた。
始めたばかりの頃は全く評価されなかったが、実写での活動も始めると突如として読者が増えた。どうやらそのサイトでは、創作作品よりも実写などでの活動の方が伸びやすい傾向があったらしい。 だから、それから私は創作も実写も投稿するようにした。
私の作品の読者は順調に増えていき、今ではフォロワー数も千を越え、コメントで天才と呼ばれるまでに成長した。
そんな輝の名はクラスにも知れ渡ったようで、今ではクラスの、”彼”以外の皆んなが輝のファンだ。
皆んなが教室の後ろの方で集まって話す中、私とそのの隣の席の”彼”、「田中太郎」は席に座り、ホームルームの時間を待っていた。
「ねえ、田中君は輝先生の作品見てないの?」
「うん。昔、数回見たきりだね」
田中君はその地味な名前とは裏腹に、とても変わった人物だ。 私のように才能ある人間で無いのなら、皆んなと同じように普通に過ごしたほうが絶対に楽しく過ごせるというのに、そうはしないのが彼だ。
「常闇さんは、あの人のファンなの?」
「まあ、だいたいそんな感じかな。輝先生に関してなら誰よりも詳しい自信があるよ」
「へー……」
それだけ聞くと、それ以上話を広げる事も無く田中君は一度黙り込んだ。そして、しばらくしてからこう言った。
「……もしかしてだけどさ、常闇さんが輝だったりする?」
「え……?」
「昔の実写投稿の服装もランドセルも全く同じだったからさ。そうなのかなって」
「そ、それはー」
「あのさ。一つだけ聞きたい事があって……常闇さんは”何の為に小説をつくっているの?”」
その時だ。キンコンカンコーンとチャイムが鳴り響いた。
「おい。お前ら、席に着けー! ホームルーム始めるぞー」
***
私の言葉も聞かずに、常闇祢音が輝だと決めつけた事は許せないが、それ以上に 田中君の先程の問いが頭から離れず、私は混乱していた。
何の為に小説をつくっているか。とても単純な問いではあるが、その答えはなかなか出てこない。いや、正確には答えは出ている。だが、私はその答えを認めたくは無いのだ。
「常闇さん。もう中休みだよ。僕のさっきの質問の答えはそろそろ浮かんだ?」
「…………ため」
「ん? ごめん、聞こえなかった」
「皆んなにチヤホヤしてもらうため!」
「何だ今の声ー? 常闇さんか?」
「どうしたの、あの人……」
「あ……ヤバ」
つい大きな声を出してしまって、皆んなの視線が私に集まる。
「良かったね、常闇さん。皆んなが見てくれてるよ」
「いや、こういうのは別に望んでないから……」
次は叫ばずに小さな声で言う。
「というか、田中君はどうして、私が何の為に小説をつくっているかなんて質問をしたの? 私一応、そこそこフォロワーもいる、そこそこ有名な小説家なんだけど」
「ああ、それはね。僕も小説書いててさ。自分が何の為に小説書いてるのかわかんなくなっちゃって、他の小説家さんの意見も知りたいと思ったんだ」
「へー、田中君も小説書いてるんだ」
「まあ一応ね」
「アカウント教えてくれない? だって、私だけバレてるのは何か不平等じゃない」
「そうかな。自業自得だと思うけど」
「それはそうかもだけど、単純に気になる。見てみたい」
「常闇さんの百分の一くらいのフォロワー数のアカウントがそんなに気になるかな」
「フォロワーって続けていれば増えていくじゃん。だから、いつかは私に並ぶほどの作家になるかもしれないでしょ」
「そうかな。僕はそんな気はしないけど」
「私は可能性の話をしてるのよ。田中君にも才能があって、将来私みたいになるかもしれない」
「少し言い過ぎな気はするけど、可能性としては確かにあるね。全く君には負けるよ」
そう言うと、田中君はノートを千切ってそこに何かを書き始めた。
「はい、これ」
「あ、ありがとう? ごめん、これ何?」
「僕のアカウントだよ。君と同じサイトで活動してるから、検索をかければすぐ見つかると思うよ」
「アカウント教えてくれるの!?」
「教えてくれるというか、もう教えただろ?」
「そういう意味じゃなくて、あんなに嫌がっていたのに教えてくれた事に驚いたのよ」
「それは常闇さんがさっき、可能性があるというだけで興味を唆られると言ったからだよ」
「理由になってないわ。意味がわからない」
「そうだね、今のは僕が言葉足らずだったよ。常闇さんは僕が気付いていなかった観点から物事を見て、教えてくれた。きっとこれは小説にも良い影響を与えてくれる。つまりは、常闇さんが僕の小説にアドバイスをくれたと言う事も出来るかもしれない。それなら、僕はそのアドバイスによる変化を見せる必要があると思ったんだ」
「何だか屁理屈くさい。少し気持ち悪い考え方ね」
「気持ち悪いか。それも今まで、気付かなかったよ。次は何を返すべきだろうか。何か希望はある?」
「何もいらないわよ。会話中に一々そういう事を言われると、どうも調子が狂うわ」
「そんなに罵倒しないでくれよ。ちょっとした冗談じゃないか」
「冗談? 田中君がそんな事できる訳が無いでしょう」
「いや、流石に酷い言い方だな。僕だってそれくらいは出来るよ」
「あっ、もうすぐ授業が始まるから静かにしない?」
「おい、話は終わってないからな。僕だって冗談くらい言えるよ。時間を理由に逃げないでくれよ」
「ぷっ……、冗談だってば。私だって悪い事言ったと思ってるよ。ごめんね」
「全く、本当なのかな……」
田中太郎はそう言葉を零した。
キンコンカンコーン
三限目の開始を知らせるチャイムが学校中に鳴り響いた。
***
廊下にクラスの陽キャ女子が溜まっていない事を確認して教室から出る。 誰も居ないとはわかっていても、一人で歩いているところをどこで見られてもおかしく無いという事が怖い。
目的地であるトイレに着いて、悟られない程度の小走りで個室へ駆け込む。
私はここ最近は毎日、こうして昼休みにお手洗いを済ますようにしている。その理由としてはこの昼休みという時間が最も、人を連れずにトイレへ入っても違和感が少ないからだ。
昼休みは他の休み時間と比較して二倍近くも長い。そのため、利用者が短期間に集中しづらい上に、多くの人は給食前にトイレを済ましておくため、昼休みでは使わないという人も多い。
更にそのそれらの影響で、連れて行こうとした人が既にお手洗い後だという事も少なく無い。
昼休みは、陽キャでも単独でトイレを利用する事がある唯一と言っていい時間なのだ。
私は台座を開かず、ズボンも下げずにそのまま座った。そして、ポケットから隠していたスマートフォンを取り出す。
校則上、学校内でのスマホの使用は禁止されているが、トイレの個室というプライベートが保証された空間であれば違反行為も見つからないだろう。
先程とは逆側のポケットから、一枚の紙切れを取り出す。これは先程貰った田中君のアカウント名が記された物だ。
彼に言われた通りに、サイトからそのアカウント名で検索をかける。すると一つ、ほぼ確実に田中君のものだと思われるアカウントが見つかった。
「考えぬ葦」、それがそのアカウントだ。
彼が言っていたようにフォロワーも少なく、作品数もそこまで多く無い。だが、フォロワー数の多くが純粋な読者なのか、作品自体の評価はそこまで低く無かった。
どんな作品をつくっているのか気になった私は、最もイイネ数があった作品をタップした。
『終末世界に愛を』
この世界は壊れている。そう思った事は無いだろうか。私はある。かつて木々の生い茂っていた地表はマスクを被せられて、山々は貫かれ、害な光からの守護者は殺され、生命の輪廻すらも崩されてきている。私の愛するこの世界を奴らは傷付けた。私は奴らを許すことが出来ない。だから、私が消すんだ。奴らの作り上げた文明という障害を。
ここはもうすぐ終焉を迎える世界。僕らはこの世界を傷つけ過ぎた。だからこれは、いままでの制裁なのだ。だが、それにしてもこの現状は悲惨すぎる。突如宇宙から現れた奴は僕らが何万年という年月を賭けて積み重ねてきた文明を一晩にして破壊し尽くした。奴は一体何モノなんだ……
気付けば僕の目の前には、その世界を終焉へ導くであろうモノが立っていた。そのモノは蛙のような体に四つの大きな翼が背中から生えており、毛と目玉が全身から生えている。
「この地区も遂に終わりか……」
「ダイジョウブ、ワタシガ、オワラセナイ」
そのモノが言った。
その時だ。僕らの上空。空に亀裂が入った。
その亀裂から現れたのは、翼の生えた人型の白い何かだった。よく見るとその何かの頭上には輝く輪が浮いている。
「我、神の遣いなり。貴様が最後の人類か」
その何かが右手を天へ突き上げる。その掌に輝きが集まり、球体を作り上げた。
「テンシ、ココダケデモ、ワタシハ、マモルゾ」
「悪魔風情が。何故我々の邪魔をする、貴様も人間は嫌いな筈だ。」
「タシカニ、ヒトハ、キライダ。ダガナ、ソレヲ、ツクッタ。カミト、テンシハ、モット、キライダ」
「まあ良い。どうせ貴様らはここで終わりだ。」
天使は右手をゆっくりと下ろして、僕らに向けた。球体が甲高い音と共に震え、飛んできた。
刹那、悪魔が僕の前に立ち、その球体を掴んだ。音はどんどん高まっていく。
そして、脳を焼くような音になった後、それは破裂し、爆発を起こした。
第一話 「悪魔と天使」
私はそれを読んで、急に田中君を憎く感じた。彼の作った小説は途轍も無いほど語彙に優れている訳でも、洗練された文章な訳でも無い。だが、あれは確実に私の心を握り潰すように掴んだ。
私は個室から出て、扉を思いっきり閉めた。
今の私には周りにどう見られるだとか、そういう事はどうでも良かった。
廊下を全力で走って、田中君の元へと向かった。
「どうしたのさ。そんな張り詰めた形相で」
息を切らした私を見て、田中君が言う。
「田中君。私を馬鹿にしてたの……!!」
「僕が常闇さんを馬鹿に? 何の事を話してるんだい?」
「あなたの作った小説の話よ。見てきたけど、正直レベルが私の物の何倍も優れていた」
「そうかな、本当に僕の作品の方が優れているんだろうか。フォロワーも人気も常闇さんの方が圧倒的に上だ。常闇さんの中では僕なのかもしれないけど、世間的には輝を支持するんじゃない?」
「そうなんだろうけど……。私の中では田中君に負けたの。あなたの作品のどこに惹かれたのかはまだよくわからないけど、それでも負けたのよ」
「そもそも、常闇さんの中での作品の優劣ってそこまで重要なのかい? 僕にはよくわからないよ。輝は皆んなにチヤホヤされるために小説をつくってるんじゃ無かったの?」
「で、でも……」
確かにその通りだ。何も言い返せなかった。
私は一体何に苛立っているのだろう。”私の創作理由”は承認欲求ではなかったのか。そもそも、私の作品は本当に面白いのだろうか。
何もわからないまま、チャイムは鳴った。
***
小石を蹴る。歩く。蹴る。その繰り返し。
放課後、私の帰りは早い。その理由は明白だ。友達がいないから。わかりきった事ではあっても、寂しい。いやこれは一人だからではなく、内心見下していた田中君に負けた事によるものだろうか。
いつもであれば、一人でも何気無く帰ることができるのに、今日は何故か不安に全身を覆われているような感覚がある。
小石を蹴った。小石は排水溝の隙間から落ちてしまった。
「あ……」
思い出した。
私の席の中に一つ、忘れた物がある。私が創作活動で使っている発想構成ノートだ。いつであれば忘れる事など無いが、今日は田中君という話相手が珍しくいたため、ノートの出番がまったく無かった。
あれが誰かの目につくような事があれば、私は学校に行けなくなってしまう。そう思い走り出したが、すぐに足が止まる。
私は本当に学校に行けなくなるだろうか。そう考えてしまったのである。
あのノートが見られるという事は、輝先生の正体が常闇祢音である事が公に晒されるという事だ。つまりは、輝だけでなく、祢音自身もチヤホヤされるようになるのではないか。
私は自分がクラスの皆んなに囲まれる姿を想像した。それはとても素敵で理想的な様子だと思った。
私はノートを取りに、ゆっくりと教室に向かって歩き出した。
***
放課後の学校というのは思っていたよりも騒がしく、教室に残って話している人やグラウンドで遊んでいる人の声がよく聞こえる。
学校まで戻るのは少し恥ずかしかった。他の生徒とすれ違う時の視線が冷たく感じられたからだ。だが、校内に入ればその感情は消えた。
今思えば、私は放課後に学校に来るというのは初めての事だった。その新鮮さがただ楽しかった。
私は少し浮いた気分で階段を上った。いつもなら苛立たしい階段も、今はそこまで嫌らしく思わなかった。
廊下に出ると六年一組は明かりがあって、クラスの皆んなの話し声がしていた。
居なくなるのを待ってからノートを取るか迷ったが、今の私は普段とは違う気がして足を踏み入れた。
話し声が聞こえた。
私は現実に引き釣り出された。
「輝先生の新作ヤバない?」
「マジでヤバいよな」
「ホンマにどうやったら、あんなクソ作品作れんやろうな?」
「だから、才能だろ、さ・い・の・う」
「待って、その言い方ツボかも」
「お前そんなイジるなよ、一応あれでもクラスメイトではあるんだし」
「どの口が言ってんだよ、お前が始めた事だろ? 常闇さんらしきアカウント見つけたから、俺らでサクラになって有名人気分にさせてやろうぜって」
「まあ、それはそうだけどさ。あれはアイツが実写投稿とおもんない小説を投稿したのが悪いじゃん」
「確かにそれはあるよな。ああいうのをインターネットタツゥーって言うんだろ?」
「そうそう。ネットリテラシー持ってねぇ馬鹿なのが悪いのよ」
「それにしても、マジで俺らがファンだって勘違いしてそうじゃね、アイツ」
「絶対そうだよ。何かさ、私たちが輝先生ーとか言ってる時のアイツの顔よ。ホントにウケるから、顔面にドヤァって描かれてるようなうっぜぇ感じ? クソおもしれぇよ」
「わかるわかる。まじそれな。何かいかにも私は優れてるっていう雰囲気出してさ、うるせぇ自重しろブサイク」
「ちょっとー、ブサイクは言い過ぎじゃね?」
「でもブサイクじゃね」
「まあまあ、否定はできないよねー」
「ああー、ホントにおもしれぇなアイツは」
「それなー、ネタが尽きないよね」
「俺らがコメントで裸見たいとか言ったら、ワンチャンあるんじゃね?」
「ホントにワンチャンあるな」
「あっ、でもブサイクなのかー。じゃあ、いらないかもー」
「お前、言い方ウザすぎ。めっちゃウケるはー」
「アイツは本当に良い玩具だよ」
「そうだなー。マジ同意」
「ホントそれ、私たちの青春の何割かはアイツで遊んだ気がするもん」
「マジめっちゃわかるー」
『やっぱり、祢音先生は神よなー』
私は気付けば走り出して、その場から逃げていた。あんなに楽しかった放課後の学校が今では変わって見える。各教室からする話し声の全てが敵のように思えた。
私が地面を蹴って進むたびに、その部分が崩れていくような。私の周りの地盤だけ歪んで、地球の中心に向かって落ちてゆくような、そういう感覚があった。
校舎を出たあたりで私の息が切れた。少し走っただけだというのに、私はもう動けないようだ。自分自身が運動が不得意だと言う事をすっかり忘れてしまっていた。
喉の奥まで痰が絡む、口の中もネバネバとしていて普段よりも息がしづらい。私が咳をすると、そのネバネバがいくつか飛んでいった。
その飛沫が飛んだ先を見ると、人の足があった。顔を上げるとその人は、何か忌々しい汚物を見るかのような目で私を見ていた。まだ一年生か二年生だろうか。背は私よりも一回りも二周りも小さかった。高さでは私の方が上にいるのに、その人は私を見下した。
私はこの時、人生で最も孤独を感じた。
私の今では何だったのだろう。現実で駄目なのは知っていた。だからその分、ネット上であればと強く思っていた。
でも、聞いてしまったクラスメイトの会話。私の容姿、リテラシー能力、そんな事よりも、私を見てくれていたファンがそもそも存在していなかったという事実が苦しかった。
「常闇さんは何の為に小説をつくっているの?」今日の朝、田中君に言われた問を思い出した。本当に、本当に何でだろう……?
チヤホヤされるためだとか、見てくれるファンのためだと思ってきた。でも、ただ冷やかしにされていただけでファンなどいないと知って、私は絶望したんだ。
私の頬を透明な液体が流れる。それは口のあたりで一度集まり、大きな塊になってから落ちた。アスファルトに黒い粒が一つできる。その粒は時間が立つほどに増えていった。
私には誰も何も無い、そう思った時だ。私の背中を誰かがさすった。
「何してんのさ。忘れ物して戻ってみたらコレだよ。何があったの?」
この声は田中君だ。彼とまともに話したのなんて今日が初めてと言っていいほどなのに、私は一人で無い気がしてきた。
「田中君……。田中は何の為に小説をつくっているの?」
凄い鼻声で、自分で思っていたよりも汚い声がして驚いた。でも、田中君はそんな事は特に気にしていないようだった。
「僕は……自分がつくりたいから、つくりたい物をつくってる」
私はそれを聞いて、世界が少し、ほんの少しだが、明るく輝いたように感じた。
つくりたい物をつくる。しばらく忘れていた感情だ。私も小説を書き始めたときは、その為につくっていた気がする。
私が田中君の作品を見て負けたというふうに感じたのは、作品の出来以上にそういう小説家としての精神的な部分に対してのものだったのかもしれない。
「それとさ、実はもう一つだけ、小説つくってる理由があってさ……。凄い好きだった作家さんがそのサイトにいてさ……、いつか僕の作品を見てくれたらなーって……」
田中君はどこか恥ずかしそうにそう言った。
アスファルトに黒点が増える。
「ええっとさ……、第一作品目『姫と薔薇』。第二作品目『孤独の黒兎』。第三作品目『生きる意味の後付け』」
「えっ……」
思わず、声が出てしまった。
彼が読み上げた作品。それは全て私が初期に書いた物だ。
「最近の読者に合わせた作品は、あんまり好みじゃ無かったんだけどさ。昔のは文もストーリーも汚かったけど、表現したいものを好きに表現してる感じがあって大好きだったんだ……」
私は何の為に小説をつくっているの?
何の為に小説をつくるの?
「太郎君……行こう! 書きたい小説を思いついたの」
私は彼の手を掴んで走った。涙はもう止まっていた。
「ちょ、ちょっと、僕は忘れ物を取りに来たんだけど……」
「そんなの明日、学校に来た時でも良いでしょ。私は今描きたいの!」
「どうしたのさ、いきなり……」
「私もね、自分が書きたい物を書きたい! そう思った。いや、思い出したの」
「そうか。それは確かに大変だ。今すぐ書かなきゃね。でも、僕が一緒に行く意味ある?」
「あるわよ。あなたがいなきゃ、意味が無いわ」
「……どういう事?」
「良いから行くわよ」
一度戻った道を再び進む。だが、その道は先程までよりも明るく思えた。
「ところでさ、どんな作品をつくる気なの? 同伴する僕にはそれを知る権利があると思うんだけど」
「ええっとね……、『私の創作理由』なんてタイトルはどう?」
「いいね。昔の輝先生がつくりそうな作品だ」
私は何の為に小説をつくるのか。
それはつくりたいから。
でも、それとは別に実はもう一つ。
これはまだ、太郎君にはいえないけど、私の作品を待ってくれているあなたの為に……
『何の為に創るのか。』
それは創作をしている者であれば一度は感じる疑問であり、その答えは人によって変化する。
それでも、初めは皆創りたいという思いを持っている。その思いが私たちにとっての根源だ。その事をどうか忘れないで欲しい。
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こちらはテルちゃんさん主催の「みんなおいでよコンテスト」の参加作品となります。