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「ちょっとテレビ見てもいい?」
ソファで携帯をいじっていたスンヒョンに許可を得てリモコンを手に取る。設置されているテレビは1台だが、追加料金でサブスクも利用できた。
「なに見るんだ?」
「何ヶ月か前にやってたドキュメンタリー映画。観に行こうと思ってるうちに逃して、一昨日から配信開始したから」
「ああ、あのバンドの?」
「そうそう」
再生ボタンを押して見始める。本当は映画館で観たかったのがどうにも時間が合わず、ずっと気になっていたものだ。もうギタリストが亡くなってしまったアメリカのバンドの半生を描いている。まさに人生山あり谷ありという言葉がピッタリの物語だった。とてもノンフィクションとは思えない。早くに売れ名誉を手に入れた途端に、耐え難い苦痛に苛まれ一度どん底まで落ちる。そこから復活を遂げ栄光を手に入れた。
いつの間にか電気が消され、スンヒョンが隣に座り一緒に観ていた。夢中になっていたのもあり、2時間もがあっという間だった。
(……そういえば)
昔に一度だけ彼と映画を観に行ったなと、流れるエンドロールを眺めながら思い出していた。たしかあれも好きなアーティストの半生を描いた映画だった。そのあとカフェで時間を忘れるほど2人で語り合った。懐かしいな。
(そのときに、お互いの名前をつけたんだっけ)
なんだか胸のあたりが熱くなる。気付けば、俺は隣に座る彼を横からぎゅっと抱きしめていた。ビクッと小さくその身体が跳ねる。
「……なんだよ」
「……タプヒョン、」
「………………珍しいな、お前がその名前で呼ぶの」
そう言った言葉までに少しの間があった。どうかな、君も同じこと思ってくれてたらいい。
「昔、一緒に映画観に行ったの、覚えてる?」
「…ああ」
「そのあとさ、カフェでずっと語り合ったよね。そのとき、お互いの名前付け合った」
「…………ああ」
「……ありがとうね。今でもずっと大切だから」
「………」
「それ思い出したら、呼びたくなっちゃった」
スンヒョンは目を伏せたあと、ゆっくりと瞬きをした。
「……お前なら、知ってるかもしれないけど」
「うん?」
「俺って即決即断に見えて、意外と優柔不断なところが結構ある」
「…うん、そうだね」
「でも……………、」
彼がこちらを見る。宝石みたいな瞳が綺麗だった。
「T.O.Pって名前で活動することだけは…迷わなかった」
「!」
「1ミリも………迷わなかった」
「………ヒョン、」
鼻の奥が痛くなって目が熱くなる。自分でも制御の効かない感情が溢れ出して身体が浮いてしまいそうだった。泣いてしまいそう。この想いを、上手く言葉にして伝えることができない。どんな言葉を使っても足りない。
「……ありがとう、嬉しい」
結局出たのはそんな平凡な言葉だけ。震える声を誤魔化すように腕の力を込めて、しがみつくみたいに抱き締めた。
「……痛てーよ。離れろ」
「嫌だ」
「離せって」
「嫌だ。もう…離したくない」
いつの間にかエンドロールは終わっていて、静寂が部屋を支配していた。
「…………本当に嫌なら、思いきり振り解いて。じゃないと、離せない」
「………」
ただ1つ、小さく息をついただけで、彼はなにも答えなかった。
でも、結局俺の腕が振り解かれることはなかった。
お互いがお互いのノートパソコンに向かい黙々と楽曲制作に励む。俺はベッドに座りながら、スンヒョンはソファに座りながら。
あの頃みたいにベラベラ話すこともなくなったが、それでも共に生活をすれば話してる時間が長い。まあ大体が俺が話してそれにスンヒョンが相槌を打つパターンが多いんだけど。
それでもお互い仕事となれば別だ。時計の針の音とキーボードを打つ音が部屋に響く。
「……ねぇタプヒョン」
1つの線引きとして、仕事中はこの名前で呼ぶ。と、勝手に俺が決めた。数日前に一緒に映画を見た夜からそうしてる。彼は特にそのことについてなにも言ってこない。
「なんだ?」
ソファに移動してノートパソコンを見せる。彼は凝ったであろう首を揉みながら画面を覗き込んだ。
「ここの部分、どうかな」
「うーん……いいんじゃないか?」
思わずムッとする。グッと顔を近づければ彼は同じ距離後ろに離れた。
「なにそれ適当じゃない?ちゃんと考えてよ」
「考えてるって」
「本当に?2人の曲なんだよ?」
「わかってる…おい近い」
唇を突き出して睨むと、彼はしばらく黙ったあと、根負けしたようにため息をついた。
「……強いて言うなら、ここはこうした方がいいと思う」
そう言って俺のキーボードを軽く叩いたあと画面をなぞる。思わず口角が上がった。
「……うん確かに」
「だろ?」
「そういうの!最初からちゃんと言ってよ」
「……」
彼の眉がピクッと動く。そして迷うように目をきょろきょろと動かしたあと、ゆっくりと自分のパソコンを閉じた。
「………昔から、ジヨンはよく自分で歌詞書いてたろ?」
「うん」
「俺はそれをずっと見てきたし、感心してきた。すごいなって思ってきたし、今も思ってる」
「……」
「だから、今更俺が口出さなくても…お前ならできるって知ってるから。だからあえて言わなかったんだよ」
最後の方はもごもごと小さい声になっていた。言いながら自分で恥ずかしくなったようだ。やばい、ますます顔がニヤける。
「つまり俺のこと信用してるってこと?」
「……お前すごいポジティブだな」
「だってタプヒョンがそう言ったんじゃん」
「仕事においては、な?」
本当に素直じゃないんだから。そんなところもスンヒョンの魅力なんだけどね。
「そう言ってくれるのはすっごい嬉しいけど、2人で作りたいんだもん。これからもどんどん聞いていい?」
そう言うと、彼はふっと微笑んだ。
「……ああ」
「やった〜ありがとう!」
「じゃあ俺からもいいか?」
彼はまたパソコンを開けると、今度は自分の作成中の画面を見せてきた。
「ここの部分、こういう感じのメロディーにしようと思ってるんだが」
スンヒョンが小さな声で歌い出す。心地よい低音がメロディーを奏でて、俺は思わず聴き入ってしまった。
「……おい、聞いてんのか?」
黙り込む俺に、今度は彼がムスッとした顔で言った。
「ふふ、ごめん。思わず君の歌声に聴き惚れちゃってた」
「!」
「相変わらず優しい歌声だね」
あの頃と変わらない。君の歌声は君のその優しい性格が滲む綺麗な声。
「…………うるさいな、そこは聞いてない」
「痛っ」
照れ隠しにべシッと額を叩かれた。
トイレから戻ると、スンヒョンはベランダでタバコに火をつけていた。彼の口から吐き出される煙を見ながら、俺もベランダに出て彼の隣に並ぶ。
「1本ちょうだい」
「ん」
差し出されたそれを抜き取って火をつけた。目一杯肺に入れて息を吐き出す。自分とは違う銘柄、当然ながらいつもと違う味がした。
そんなことを考えてると、隣で彼が小さく笑った。
「え?なに?」
「ん?いや別に…もう噎せないんだなって思って」
初めて俺が彼のタバコを奪い取って吸ったときを思い出したのだろう。可笑しそうに肩を揺らして笑っている。
「さすがにもう噎せないよ」
「あははっ」
馬鹿にされたようでちょっとムカつくけど、彼が楽しそうに笑ってるからどうでもよくなった。たまらず身体を擦り寄せる。
「…なんだよ」
「ん〜ヒョンのタバコの匂いだな〜って思っただけ」
「はあ?なんだそれ」
「でも君の匂いが消えちゃうからちょっと寂しいけどね」
そう言って腕をまわす。より密着した身体の、触れる体温があったかくて気持ちいい。
「干したての布団みたいな、お日様みたいな、落ち着く匂い」
「………またそれか」
またって、覚えてくれてたんだ。昔俺が君に言った言葉。なんか嬉しいな。
「おい擦り寄ってくるなよ」
「え〜いいじゃん」
「…………だから、そんなのしたら…」
「……?」
「………お前の匂いに、なっちゃうって」
「!」
『……なんだよそれ、それじゃあ俺の匂いもお前のになっちゃうけどいいの?』
いつか彼が言った言葉が蘇る。なんだか胸のあたりがぎゅうぎゅうする。ぽかぽかして、ふわふわした。
「………言ったでしょ?むしろそれがいいって」
彼はゆっくりと身体の力を抜いて、そっと俺に体重を預けた。なにも言わずに。
コメント
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みぅです🤍 3話…もう、胸がいっぱいになったよ。 映画を観て昔を思い出して「タプヒョン」って呼ぶ瞬間、スンヒョンが「T.O.Pって名前で活動することだけは迷わなかった」って言ったところ、本当にぐっときた。あの沈黙の間にどれだけの想いが詰まってたんだろう。 最後のベランダで「お前の匂いになっちゃう」って照れながら言うスンヒョン、最高に愛おしい…。 2人の関係性が少しずつほぐれて、あったかくなっていくのが伝わってきて、読んでてこっちまで幸せな気持ちになりました🌙 たぷさんのつむじさんの描く、静かだけど確かな感情の動き、すごく好きです。