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第5話:「娘の沈黙」
配信画面が再び切り替わる。
映し出されたのは、しわの浮いた頬、目の下に深いクマを抱えた中年の男だった。スーツは古び、ネクタイは緩んでいる。その男――渡辺陸は、どこか壊れた機械のように無表情でカメラを見つめていた。
「……俺が何を話すか、知ってるやつは少ないだろうな」
かすれた声。まるで魂を擦り減らすような話しぶりだった。
「俺は、ただの会社員だったよ。夜中まで働いて、休日もろくに休まず、娘の凛を育てて……女房には逃げられて、それでも“この子のため”って、自分に言い聞かせてた」
画面には、数年前の映像が映る。笑顔でランドセルを背負う少女。運動会のビデオ。小さな誕生日ケーキ。
「でも、あの子が中学に上がった頃からだった。急に口をきかなくなった。スマホを手放さなくなって、帰りも遅くなって……“反抗期”だと思ってたよ。俺は、馬鹿だった」
チャット欄に反応が走る。
《これ……リアルに怖いやつか?》
《なんか空気が重すぎる……》
《渡辺凛って前の話で出てきたよな?》
陸は、静かに首を横に振る。
「ある日、娘の部屋から、妙な通知音が聞こえてきた。“配信”の通知だった。“その時”は終わってて内容は見れなかったが、チャンネル名だけは残ってた――【告白ノ間】」
一瞬、モニター越しの蓮が目を細める。
「その日から、俺は凛のスマホを盗み見た。LINE、DM、そして“もう一つのアカウント”。そこには……写真があった。俺の知らない凛。化粧をして、ブランド服を着て、知らない男と……」
震える声が配信を通して広がっていく。
「“パパ活”って言葉、初めて調べた。そのとき、娘がどんな目に遭ってたか、全部わかった」
「でも……凛は、何も言わなかった。“生活のため”だって言った。“大学行きたいから”だって言った。“あなたには頼れない”って、そう言われた」
陸の顔がゆっくりと歪んでいく。怒りでも、悲しみでもない。それは“絶望”の色だった。
「ある夜、俺は“その男”の一人を見つけた。港区の高級ホテル前で、凛を車に乗せようとしていたやつだ。凛の手を引っ張って、無理やり車に……」
「……そのとき、俺の中の何かが、壊れた」
画面がゆっくりとフェードする。暗い夜の映像。防犯カメラのような映像が、ぼやけた輪郭のまま再生される。
――車の側に立つスーツの男と、怯えるように肩をすくめた少女。
――次の瞬間、男が後ろから襲いかかる。
――“鉄パイプ”のようなものが男の頭に振り下ろされる。
――車のライトが点滅し、画面が暗転。
「……俺が、殺した」
沈黙。
「名前も知らない。顔も、今は思い出せない。でも……殺した。あのとき、俺は“正義”だと信じてた。俺の娘を救ったと、そう思ってた」
蓮が画面に映る。彼は静かに問いかけた。
「それをなぜ、今、話すのですか?」
陸は、うっすらと笑った。
「凛が、俺の前からいなくなったからだ。“これ以上、父親の罪を背負いたくない”って言って、姿を消した」
「全部俺のせいだった。娘の声も聞かなかった。生活だけがすべてだと信じて、愛を勘違いして……“正義”って言葉に逃げてた」
チャット欄に、奇妙な沈黙とともに、ポツリポツリとコメントが流れる。
《つらすぎる話だ……》
《正義って、何だよ……》
《これが“真相”か……》
《こんな番組、本当にやっていいのか……》
蓮が、視線をカメラに向ける。配信を通じて、全国の視聴者へ。
「――これが、“父親”としての真相です。そして次に語られるのは、“娘”自身の言葉です」
「渡辺凛。次のスピーカーは、あなたです」