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【五話】
…何だか分からないけど助かった…そう思って喜ぶ自分と先に延ばされた死に対する不安が合間って複雑な心境だった。
どうして彼は殺さなかったんだろう…私は死ぬ前にソレを知る事が出来るんだろうか…
そんな事を考えて彼に銃口を突きつけられたまま階段を上り、さっきの部屋へと戻った。再び柔らかいベッドに横になり、大人しく手足を拘束される
淡々とそんな作業をする彼を私はじっと見つめていた。
綺麗な人だな…家も大きいし…お金持ちなんだろうな…こんなに持つべきものを持っていても…人は幸せになるとは限らないんだな…
本人は…決して我が身を不幸と思ってる気配も無いけど…母親が殺人を犯してしまう…父親を殺してしまう…どんな事情があったのかは知らないけど…決して幸せな話では無いわよね…
それ以来ずっとここで…こんな大きな空間で一人で居たのかしら…
彼に連れられて階段を上がる時ふと手を触れた手すりは埃が積もり、ザラザラとしたその感触に驚いた。
ふと下を見ると高い天井に空いた窓から差し込む光に照らされ床にまるで獣道の様な埃の模様が出来ていた。
そして今、自分がそっと身を横たえているベッドも……
キラキラとベッドサイドに置かれた蝋燭に照らされて蠢く埃の多さに思わずむせ返った。
いつから手入れされなくなったんだろう…聞いてみたいけど…
それはきっと彼の母親の話に直結するような気がしてぐっと深呼吸をすると言葉を呑み込んだ。
いつか自分を傷つけると分かってる人なのに…傷つけたくないなんて…どうしてこんな事思うんだろう…私は…馬鹿なのかしら…
拘束作業が終り、私の顔をチラリと見た後「逃げたら…分かってるだろうな?」と私を冷たい瞳で見た彼に。「どうやったら逃げれるのか…逆に聞きたいくらいよ…」と苦笑すると「まぁ…無理だろうがね…」と彼も笑った。
ベッドの上下の柵に縛り付けられたままの体は手錠でしっかりと固定され、寝返り一つ打てなった。でもずっと倉庫の狭く、固い床で寝ていた自分はそれでも快適とさえ感じる事が出来た。只…
「すいません…あの…もう一つお願いが…」「…何?」「毛布か何か…上に掛けて貰えませんか?屋内とはいえ少し寒いんで…」
囚われの身なのに要求ばかりする私…いやみの一つくらい言われると覚悟していたが反応は軽く「分かった」とだけ言った彼はすっと部屋を出て行くとしばらくして沢山の毛布を持って帰って来て私の上にドサッと投げた。
辺りを包む埃の光が一瞬で慌しく舞い上がりそれにむせた私は咳き込みながら彼に苦情を言った。
「っけほ!っけほ!…何も…っ!こんなに持って来なくても!」「普通はどれ位使うものなんだ?」「貴方がいつも使ってる位よ」「俺はベッドなど使わないから…分からないな…」
そう言って困った顔をする彼を思わずじっと見た。
彼は寝ないのだろうか…寝ない人間なんて居るんだろうか…ひょっとして眠れない程彼は何かを抱えて居るんだろうか……こんなに素敵な家があるのに…きっと他にもベッドがあるだろうに…
どうして彼は横にならないんだろうか…そもそも最初から彼に…その全体に何だか分からない違和感を感じていた。
恐ろしい事を涼しい顔で言ったり…なんて事無い事を妙に気にしたり…表情が妙に乏しかったり……そうだ、感情を感じないのだ。
笑ったりもする。思考に耽ったりもする…でも何か…決定的な所で…何かが大きく欠けている…そんな感じがして怖かった。
彼は本当に…人間なのだろうか…眠らない…なんて…尚更、変よね…
「どうした?俺の顔に何か…?」「…どうして…ベッド…使わないの?」「ベッドは嫌いなんだ…」
「どうして嫌…」そう聞いて初めて彼のたまにしか動かない表情に少し浮かんだ何かに初めて気が付いた。
こんなに人が複雑な顔を出来るなんて…
私は驚いて言葉を不自然に切ってしまった事に焦り何とか言葉を紡ごうとするものの…何も浮かんでは来なかった。
しばらく見詰め合ったまま気まずく過ぎていく時間…
どうする事も出来ないまま只、じっと彼の顔を見ていると彼はふっと表情を緩ませ
「…良い思い出が無くてね…そこに寝るのが苦痛なんだよ…」そう言ってベッド脇に置いてあった椅子に深々と座ると目を閉じてしまった。
「…明日、私を殺す?」「…さぁ…分からない。」「明後日は…?」「…分からないな…」
「何故…分からないの…?邪魔なんでしょ?私が…」「邪魔だね。でも…その気にならないんだ…」「…ひょっとして明日も私…生きてるかも…?」「そうかも知れないね…」「だったら…だったら一つ提案があるの…」「何?」
「私に家の掃除をさせてくれない?」「………やっぱり…君は何処かオカシイんじゃないか?」「死ぬまでは出来るだけ快適に過ごしたいのよ…貴方の体にだって良くないに決まってるわ…こんな埃まみれで…どう?貴方にとっても決して悪い話じゃないでしょ?」
そう言ってベッドの脇に居る彼を見つめると「明日は…俺は解剖をして…それから研究室に行かないといけないから君を監視している時間は無いよ。」
「この部屋だけでも…外側から閉めれないの?鍵…窓だって鉄格子がはまってるから私は逃げる事が出来ないでしょ?それにずっとこのままだなんて…退屈で変になりそうよ…」
そうお願いすると彼は「良いよ、じゃぁそうしよう。」と軽く言い、そのまま沈黙した。
余りに我侭を言ったので怒ってしまったのかと心配して何度も声を掛けたが返事が返って来る事は無く、只…小さな寝息らしき音が聞えてきただけだった。
こんな状況で…寝るの早いわね…どういう神経してるのかしら…それにしても…解剖…?…研究室…?
彼は一体何をしてる人なんだろう…
そんな事を考えてるうちに蝋燭が燃え尽きたのかフッと暗くなる景色に引きずられる様に私は夢の世界へ落ちて行った。
【続く】