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レノチダの森から街へ戻ってきた私はすれ違う人々に新たなスライムを2匹連れていることに驚かれながらも、依頼の達成処理をしてもらった。
その時に私の冒険者ランクがFからEに上がったため、ギルドの受付で処理してもらうように言われた。
こんなに早く上がっても良いのかと思ったがFランクからEランクは比較的上がりやすいことに加え、先日の特別依頼で力を示したことと今回の指名依頼が大きなプラス査定となったらしい。
ギルドの受付でジェシカさんにランクの更新処理をしてもらいながら、明日には街を発つ旨を告げる。
ジェシカさんは驚いていたがすぐに平常通りの顔になると「また、この街にも戻ってきてください」と送り出してくれた。
残念ながらギルド内にミーシャさんとアルマたちは居らず、別れの挨拶をすることはできずに宿へと戻ってきた。
宿で夕食を摂ることにして、コウカにいつも少しだけ用意するようにヒバナとシズクにも同じだけ用意してみた。
最初は見慣れない食べ物に警戒していたけど、安全であると確認できると今度は興味津々といった風にその体の中へと取り込んでいった。
そうして食事も終わり部屋へと戻ると、気になっていたことを不意に思い出し、確かめるためにひとり洗面所へと向かった。
「うーん……やっぱり、何か変わってる……?」
宿屋の洗面所にある鏡に映る自分とにらめっこをしながら呟く。
目の前に持ち上げた髪と鏡の中の自分を交互に見るがやはり、髪の毛は赤みがかかった茶色で目は暗い緑色をしているような気がする。
どうして私がここまで悩んでいるのかというと、この世界に来るまでの私は日本でよく見かける黒髪黒目だったからだ。だがいつの間にか今のような色へと変わっていた。
最初は光の加減かなとも思ったけれど、どうやら違うらしい。
これも魔力のようにこちらの世界に来た影響かなと自己完結した後、少しの寂しさを胸に抱きつつも私はコウカたちが待つ部屋へと戻った。
そうして部屋に戻ってきた私は寝る前にスライムたちと戯れることにした。
「ねえ、ヒバナ? シズク?」
おいで、と腰を屈めて腕を広げるが2匹とも動こうとしない。
契約はしてくれたものの、スキンシップを取ろうとするとずっとこの調子だ。
前に立つヒバナとそれに後ろからくっつくシズク、これが2匹の定位置なのだ。この子たちはこれを何があろうとも崩そうとはしない。
あと触れられるのも後ろに立たれるのも嫌なようで、レノチダの森から街へと帰ってくるときも持ち上げようとする私の腕を拒み、仕方なくコウカを抱きながら歩く私の後ろを一定の距離を保ちながら付いてきていた。
ちなみにその時のコウカは嬉しいのか不機嫌なのかよく分からない雰囲気を纏わせていた。
ヒバナとシズクの2匹は私に対するものほどではないにせよ、コウカにも警戒心を抱いている。この子たちはそもそも他の存在をあまり近づかせたがらない。
多分、2匹だけで生きてきた環境がこの強い警戒心を育てたのだと思う。
レノチダの森は進化したコウカにとっては脅威ではない魔物が多いが、この子たちにとってはそうではなかったのだろう。
しかし自分たち以外の存在は強く拒む分、ヒバナとシズクの2匹の距離はすごく近く、仲が良い。
今みたいに警戒しているとき以外は2匹で体を擦り付け合っている姿をよく見かけた。これがスライムの親愛表現であるのかもしれない。
ずっと腕を広げたままの体勢がつらくなってきたので、仕方なく腕を下す。こればかりは少しずつ慣れていってもらうしかないだろうか。
契約はしてくれたのになぁ、なんて心の中で軽く落ち込みながら手持ち無沙汰になった腕にコウカを抱いて、ベッドに腰掛ける。
「明日はミーシャさんとかにも会えるといいんだけど……」
明日の昼過ぎにこの街を出発したいと思っているが、ミーシャさんやアルマたちに会えなければどうなるか分からない。
彼らにはとてもお世話になったので、別れの挨拶はしっかりとしておきたい。
そのため明日は朝から冒険者ギルドで張り込んでおこうと思っている。彼らは皆、冒険者なので冒険者ギルドに顔を出すはずだろう。
――ナザリガルドっていう街には2、3時間で着くんだったよね。夜に着いても仕方ないし……。
次に行く予定のナザリガルドという街も夜には中に入ることができないという情報はすでに掴んでいる。午前中に別れの挨拶は済ませておきたいと思う。
「コウカ、もう寝ちゃおっか。ヒバナとシズクももし眠たくなったらもう1つのベッドを使ったら良いからね」
私が泊まっている部屋には2つのベッドがある。
いつも寝るときにコウカを抱いているが、未だにスライムが眠るのかどうかは分からない。念のためにヒバナとシズクに私が眠る方とは別のベッドを使っても良いという旨を伝える。
体を擦り付け合っていた2匹、特にシズクは私が声を掛けた瞬間にビクッと大きく震える。……何だか無性に申し訳なくなった。
ヒバナとシズクはまだ起きているので照明をつけたまま横になる。
私は明かりがついていようとも気にせず、眠ることができる人間である。
「おやすみ、みんな。また明日」
こうして私は眠りにつくのであった。
◇
「うぅん。あぁ……おはよ、コウカ」
目が覚める。窓のカーテンの隙間から部屋の中に太陽の光が入り込んでいるので、もう朝なのだろう。
まだ完全には覚醒せず夢見心地のまま、腕に抱いているコウカへと挨拶をする。
いつも私が起きるときには既にコウカは起きている。そのため、私はスライムが眠るのかどうか分からないのだ。
もう少しベッドの中にいたいが生憎今日は朝から予定がある。このままミーシャさんたちとすれ違ってしまってもいけないので、そろそろ起きようと気合を入れた。
まず上半身を起こしてベッドから床に足を下ろそうとしたとき、新たな同居人の姿が見えないことに気付く。
「あれ……ヒバナ、シズク?」
床にも、テーブルにも、隣のベッドにもいない。
まさか一緒にいるのが嫌になって逃げだしたとかじゃないよね、と不安に思っていると私が被っていた布団がごそごそと動いた。
だがコウカは私の腕の中にいる。
まさかと思って布団を捲るとやはりいた。赤と青のスライムが引っ付き合いながら私と同じベッドの上にいたのだ。
シズクは私を見た途端に驚くくらいのスピードで部屋の反対側まで逃げ出す。ヒバナもゆっくりとではあるが、それを追いかけていった。
――歩み寄ろうとしてくれているみたいだ。まだ少し時間はかかりそうだけど。
そこで私はいつもの癖でヒバナとシズクに大切な言葉を伝えることを忘れていた。
やっぱり、朝はこの言葉から始まるものだろう。
「おはよう、ヒバナ、シズク」
それから朝食を済ませ、宿の主人に部屋を引き払うとともにお礼を言って出てきた。
そして冒険者ギルドまで歩いていき、入口から中を覗く。まだ朝早い時間だけあってギルドの中にはほとんど人が居なかった。
これならまだミーシャさんたちも来ていないだろうと思い、ギルドの入口が見える場所に備え付けられていたベンチに座って、期待しながら待つことにする。
中で待っても良いのだがあまり人が集まる場所でヒバナとシズクの負担になってもいけないと考え、やめておいた。
そうしてしばらくコウカたちと遊んでいると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「いたいたぁ! おーい、ユウヒさーん、スライムさーん……って3匹に増えてる!?」
待ち人来たる。
こちらに亜麻色の三つ編みをぶんぶん揺らしながらやってきたかと思えば、大きな声を出して目を見開いたカリーノとその後ろから歩いてくるアルマ、ヴァレリアンの姿が見えた。
「おはよう、ユウヒ。3日ぶりだね」
「おはよう、アルマ。2人も……カリーノ?」
アルマに挨拶を返した私はカリーノとヴァレリアンにも挨拶をしようとして、カリーノの様子がおかしいことに気付く。
彼女は目をキラキラとさせて、ヒバナとシズクに釘付けになっていた。
「すごい……すごいすごーい! ユウヒさん、この子たちどうしたの!? 前まではいなかったよね!? 新しく仲間にしたの!? どうやって!? というか触っていい? いい?」
口早にまくしたてるカリーノの勢いに私が押されていると、アルマがカリーノを宥めた。
「こらこら、カリーノ。そんなに捲し立ててもわかんないって。確かに僕も気にはなるけど……ところで本当にどうやったんだい?」
「どうやったって聞かれても……レノチダの森に居たから、契約してもらったとしか。あ、カリーノ。そっちの子たちは触られるの嫌がるから、触るならコウカでお願い」
アルマの質問に答えつつ、気が立っているヒバナに今にも飛び掛かりそうなカリーノを止めて、代わりにコウカを差し出す。
コウカはギョッとしていたが、これもヒバナとシズクを守るためなのだ。
「レアなスライムを追加で2匹もテイムするなんてどんな豪運だい? いや、オーガと戦った時にも君たちの規格外っぷりを見せつけられていたね……」
「あはは……」
呆れるアルマに私も乾いた笑いを返すことしかできない。
私にもどうして珍しいらしいスライムと連続で会うことができたのか分かっていないのだ。
多分、スキルとかじゃなくて本当に運がよかっただけな気もするけど。
「それにしても、よくここに座っているって分かったね。ギルドに入ろうとしてもここに私が居るって気づかないと思うけど」
「いや、スライムを連れているだけですごく目立っているから……。まあ本当はそれだけじゃなくて、僕たちが君を探していたからなんだけどね」
「え、どうして?」
「昨日、ジェシカさんに君が僕たちを探しているって聞いてね」
アルマたちとジェシカさんが知り合いなのは、彼女たちと一緒に行動していた時に少しだけ聞いていた気がする。
なるほど、昨日私が宿に帰った後でジェシカさんがアルマたちに話してくれたのか。それで探してくれていたと。
ありがとうジェシカさん、と心の中でお礼を言った。
「君のことだから、新しいスライムを自慢したいってわけでもないんだろう?」
「ああ、うん。実はね、今日この街からを出ようと思っているからお世話になったアルマたちにお別れを言おうと思って探していたの」
「えぇ~!? ユウヒさん、どこかへ行っちゃうの!?」
コウカで遊んでいたカリーノが驚きの声を上げる。
アルマも声には出さないものの驚いているようだ。
「それはまた、急な話だね」
「急ってわけでもないんだよね。この街に来た時からすぐに旅立たないと行けないとは考えていたし、今日出ようってちゃんと決めたのは4日前だし」
「そっか……いや、君も冒険者なんだ。ここが冒険者の街とはいえ、1つの街からすぐに出ていくというのも冒険者にとっては珍しいことじゃないさ。……どこに行くのかはもう決めているのかい?」
「うん、ラモード王国って国を経由して、ミンネ聖教国に行くつもり」
このまま、いつまでもずるずると話していられそうではある。
だが――。
「改めて、特別依頼の時は本当にお世話になりました。ありがとう」
「ううん、お世話になったのは僕たちの方だ。君たちがいなければ、オーガに殺されていたかも。だからこちらこそありがとう」
「……それじゃあ、バイバイ」
アルマたちとはここで別れる。一緒に行くことはないのだ。
「うん、また会おうね。ユウヒ、スライムちゃんたちも」
そう言ってこちらに手を差し出すアルマ。
握手する習慣がなかった私がそんな突然の行動に戸惑ってしまったために、彼女自身がその行動の理由を説明してくれた。
「仲良くなった冒険者とはこうやって握手をして別れるんだ。世界中を旅する冒険者同士、危険な目に合うこともあるけど、それでもきっとまたどこかで会いましょうという願いを込めてね。僕たちもずっとこの街に居るわけじゃないけど、きっとどこかで会うことができるさ」
生きていればまた会うこともできる。そういうことなのだろう。
私とアルマたちの関係はここで終わるものでもない。そう理解した私は彼女の手を取ることにした。
「うん、またね。きっとまたどこかで……」
「またね~ユウヒさん。また、スライムさんを触らせてね」
「またな」
続いてカリーノ、ヴァレリアンとも握手を交わす。
……ああ、私は今、どんな顔をしているのだろうか。
またね、か。