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【第1話】あの日の香り
「はい、今日のスープは森茸とクルリ芋のポタージュだよ。熱いから気をつけて」
少女――レナは、温かな笑みと共に皿を差し出す。
ここは辺境の村の片隅にある小さなレストラン『ノルダ亭』。
元冒険者の母とともに、慎ましくも幸せな日々を送っていた。
狩人、旅商人、孤児の子供たち。
誰にでも等しく温かな料理を出すレナの店は、村で唯一の“心の寄り処”だった。
なにより、母親譲りの切れ長で美しい赤い瞳、透き通るような赤い髪、スラッとした体型、まるで人形のように白い肌。
村の女神と呼ばれている彼女。
「やっぱり、レナのスープは格別だわ……」
「腹の底から温まるな、まるで魔法だ」
それを聞くたび、レナは心の奥がぽっと温かくなる。
けれど、彼女は知らなかった。
――その料理が“本物の魔法”であることを。
◆
「やっぱこの世界、スキルでなんとかなるって話、マジだったのか」
銀髪の青年・ナオトが来店したのは、そんなある日の午後。
異国の金属製の靴、布よりも薄い不思議な服――村人とは明らかに異なる風貌。
「ナオトって言います!転生者っす!えーっと、なんか前の世界で事故ったらこの辺境にいたんすよね〜」
笑って話すその言葉に、店内の空気がぴたりと止まる。
“転生者”――この世界では珍しくないが、関わると面倒事を呼びがちだ。
レナも一歩引いた……はずだった。
「……なあ、これ作ったの君? これ、どう考えても“あの技術”あるだろ。再現できねぇよ普通の味覚じゃ」
一口スープを飲んだナオトが、目を見開いたその瞬間。
レナの中で“何か”が弾けた。
◆
(この香り……この手順……懐かしい)
視界に、白い厨房がよみがえる。
火の通し方、香草の使い方、包丁の重み――
(あたし、前の世界で……)
記憶の封印が解ける。
――名前は、蓮木玲奈。
世界中を飛び回った名を伏せた天才料理人。
「口にした瞬間、人生が変わる」とまで言われた孤高の職人だった。
なぜ死んだのかまでは思い出せない。けれど今、確かに蘇った。
◆
【スキル《食材鑑定》が開放されました】
【スキル《創作料理》が開放されました】
【???のスキルがロック解除待機中です】
「っ……!」
脳内に走る文字列と共に、レナの視界に客の皿が浮かび上がる。
その中のスープ――素材ひとつひとつの情報が“視える”。
《森茸:熟度94%、香気:高/保存:1日以内》
《クルリ芋:糖化進行中、仕上げ時適正》
そして、閃く。
手元の食材でさらに旨味を引き出す“新たなレシピ”。
これは、ただの料理じゃない。
世界を変える“味”の魔法だ。
「……君、まさか“元料理人”とか?」
ナオトの問いに、レナはそっと笑って答えた。
「さあ? ただの田舎娘よ。昔のことなんて、よく覚えてないの」
それでも、彼女は知っていた。
これはバレてはいけないこと、この能力は世界を変えれる力があること_。
――この手には、世界を変える味が宿っている。