テラーノベル
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暫くの間、理解は一向に進まなかった。
何もないはずの空間から、赤黒い斧が産み出た。
そのサイズからして、包帯男が暗器のように隠し持っていたとも思えない。兎に角、まるで手品のようにそれは出現した。
それは男の話していた通り、異能――――、超常の類の芸当であると考えるしか、説明ができなかった。
「槍斧、っていうんだ。 切断、殴打、刺突、様々な手段を備えた西洋の武具だ。 美しいだろ?」
男はその長い柄を野球バットのように握り、近くの絵画に向かって振り殴った。
勢いのある刃先は額縁に叩き刺さり、補強具が音を立てて四散する。
「かッ、かか、か。 こいつらのせいでッ! 多くの人が、人生の筆をへし折られたんだッ!」
刺さり込んだ斧を引き抜くと、次は刃が縦に振り下ろされる。
パーカーの上からでもわかるほど細い腕なのに、彼の振るった斧は力強く、絵画に大きな裂傷を与えていく。
「これだ、これでいい! こんな絵は台無しくらいが美しい!! ねえ、学生君、見ててくれたよね? 見ててくれたよな? さあ、どう思った? どう思った!」
「どう、って…………」
「すぐに言語化できる感情ではないかな、そりゃあそうだ。 じゃあ、言葉になるまで待っていてあげるよ!」
突如として、天井のスピーカーから音割れしたクラシックが流れ始めた。
男は悲壮感をバックグラウンドに、明滅する照明の下で斧を振るい舞う。オレに向けられた銃口なんて、ほんのちょっぴりすらも気に止めていない様子で。
「どうだ? なあ、どうだ? こいつでも駄目かッ!? く、くかかかかかかかかッ!! 最高の気分だよ! 学生君、君はッ! 君はどうだッ! 君だってこんな世の中に嫌気がさしていたんだろ? 誰かが勝手に決めた普通を押し付けられ、流行を押し付けられ、現実は酷く暗く、明るい将来なんてどこへ行ったって見つからない。 夢は必ず叶うと、人々から夢を取り上げた奴らが宣うもんだから、私たちの居場所が無くなったんだ! 少数派にさせられたんだッ! こんなことになるくらいなら、個性は認められるべきではなかった! 俗人どもの餌になるくらいならなァ! この芸術もどきはその象徴だ!! 私達の将来の光を喰い潰す、私欲の権化だ!! ぶった斬られて当然だ。 ぶっ壊されて当然だ!! 多少強引な手を使ってでも、ゴミ屑どもから真の美しさを取り戻すべきだろうッ! なあ、どうなんだ、どう思った!?」
「一緒にするなよ」
男は途端に動きを止めた。
「……ハア? 今、なんて言ったか、もう一度聞かせてくれ」
「一緒にすんなって言ったんだよサイコ野郎。 テメェがそこまで歪んじまったのはそれなりの理由があるからなんだろうが、それが社会のせいだろうと、何のせいであろうと、他の奴に押し付けていい理由にはなんねえだろ! どう思っただと? つまんねえ奴だなって思ったぜ!」
「…………く、くくッ、くかかかかかかッ! いいねえ、いいぞッ! よくぞ言ってくれた本心を! よくも言ったな雑言をッ!」
彼はこちらに斧の先を向けて、
「相当な勇気がなくちゃあ、そんなことは出来ない。 名乗るよ、名乗らせてくれ。 私のことを知ってくれ。 私の名は野崎海舟。 この権能の仮面を与えてくれた男からは、ロビンソンという名前を賜っている。 ……君のことが気に入った。 だから最後に聞かせてくれ、君はこの世の中に不満を持ってないのか? 笑われてはいないか? 搾取されてはいないか? 苦悶してはいないか? 本当に君は君らしく生きれているか?」
――――オレには、世の中なんてもんを気にする余裕がない。
いや、それは言い訳だ。
実際は、政治の動きや世間の流行といったものに、あまり興味がない。
失った自分の欠片探しは、空っぽなオレにとって命題みたいなものだ。
自身を理解出来ていないのに、体外のことなんて興味を持てるわけがなかった。
学生とはいえ、社会不適合なんだオレは。
どうしようもねえ。
本当にどうしようもねえ奴なんだよ。
だからこそ、失うもんなんて何もないからこそ、身勝手にこんなことが言えてしまうんだ。
「ロビンソンとか言ったか? テメェの苦悶なんて、知ったことか!! 世の中に対しての不満? あぁ、あるぜ、どうしてあいつらが理不尽な不幸に巻き込まれなきゃなんねえんだ!! さっきからお前の言い分を聞いていりゃあ、若者たちの為だのなんだのとそれらしい理由ばかり並べてはいるが、結局はテメェの思想を押し通すためのダシに利用してるだけじゃねえか! 何が世界を描写し直すだ! そのワケの分からねえ手品を使って物事を描き直したところで、筆を取るのがテメェじゃ同じことの繰り返しだろうが! 世界中のグレーゾーンを白黒ハッキリさせる? 世の中を正義か悪かに完全に振り分けるだと? ふざけんな、そりゃつまりテメェの勝手で善し悪しを決めてやるっつうことだろうが! 神様にでもなったつもりか。 オレの不満の矛先はお前みてえな、自分のために人を傷つける私欲に溺れたクズ野郎なんだよ!」
オレは、逃げる予定だったんだ。
仁たちが部屋を出たのを確認したら、どうにかこうにか逃げるつもりだったんだ。
それなのに、どうしてかまだここに立ってる。
それどころか、怒りに任せてサイコ野郎と対峙しちまってる。
銃を握ってるから強気になってるワケじゃねえ。純粋な正義心が、愚かにもオレを奮い立たせている。
オレの短歌を聞いた途端、ロビンソンは槍斧を構え、タイルを蹴り出した。
「私の芸術を馬鹿にしたなッ! 君も作品になれば、素晴らしさがわかるだろうよッ!!」
オレは驚いて、一直線に突っ込んでくる男に対して反射的に体を後ろに仰け反ろうとした。
構えていた銃を撃つなんてことなんて、出来るわけがなかったからだ。
人間なら当然の反応だ。物が飛んでくれば、退く。
そうさ、そうだとも。
そのはずなのに。
そのはずなのに、気付いた時には、オレもタイルを蹴って距離を詰めていた。
捨て身とはいえ、自分から死にに向かうほど自暴自棄にはなっていなかったつもりだった。
意識は完全に後退のスイッチを押そうとしていたのに、まるで誰かに遠隔で体を操作されているみたいだ。
これじゃあ、自分からあいつの斧の脅威範囲内に入りにいくようなもんじゃないか。
死ぬ、殺される。
しかし、そんな恐怖は、次に起きたことに一蹴されることとなった。
互いに距離を詰めあった結果、槍斧の柄の長さが幸いし、刃がオレの身に振り降りるよりも先に、ロビンソンの懐に潜り込んでいた。
そのまま反射的に右手の銃を腹部に押し当て、左手で柄を掴んで槍斧の動きを止めた。
思考の追いつかない瞬発的動作の数々に、自分でも驚きが隠せなかった。
「…………かッ、かかッ! 驚いた、普通なら逃げようとするところを、逆に前に進んでくるなんてな。 武術の経験でもあったか? だけどね、そんな銃で私を止められるとでも? くくくッ、きき、きッ! 君に撃てるかよ、撃ってみせろよ!!」
銃を握る右手に、いっそうの緊張が走る。
撃てるかよ、撃てるもんか。
この距離じゃあ確実に当たっちまう。
オレはこの拳銃を抑止力にしたかっただけなんだ。
「オレに撃たせないでくれ、ここから逃げられれば、それでいいんだ。 あんたがやってることは間違ってると思う。 だが、それを止められるほどの力はオレにはない。 オレと、友人と、他の人質たちを解放してくれ、頼むから」
「……それが君の限界ってわけだよ。 でも流石は僕が気に入っただけはある。 君は最後まで自分の人生をかなぐり捨てることはしなかった。 偉いねえ、でも、君が引き金を引けないなら、先に私が引かせてもらうよ。 槍斧は美しい武器なんだ。 取り付けられた刃の用途は、殴打や打撃だけじゃない。 鎌のように範囲内に入った相手を引き裂くことだって出来るッ!」
「――――っ」
状況を理解した時には既に、彼は勢いよく腕を引いていた。
背中に、確かな衝撃があった。
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『……………………』
白黒の空間の先に、
仮面の男が立っている。
いつも見る、夢の世界。
そこに立ち尽くす彼はどこか寂しげで、
そして、理由のわからない懐かしさを感じる。
「…………なあ、あんた、名前は?」
声をかけると、
微かに辺りの空気のざわめくのを感じた。
「どうして、いつも夢に出てくるんだ」
『……………………』
男は沈黙を続けているが、話しかける度に空気が蠢くのがはっきりわかる。
彼は、何かを伝えようとしている。
「あんたを、知ってるはずなんだ」
『……………………』
「あんたが、オレの記憶を取り戻すための、鍵になる気がするんだよ」
『……………………』
「なあ、教えてくれ」
『――――貴様は、呪われ。
全部を恨み、全部を妬み、
全部を壊した、運命の呪われ』
「……どういう意味だ?」
『 呪われ、貴様は如何なる者より強大で、何時においても恐れられ、幾もの逆境を跳ね除けてきた。 忘却の魔手に翻弄され、信じるべきものを見紛うな』
これまで微動だにしなかった男が、こちらをゆっくりと指さす。
『貴様は、王となるべき存在なのだ』
直後、仮面の隙間から宇宙にも似た光景が時速数京キロで飛び出し、辺りを木端微塵に吹き飛ばした。
更に加速を重ねていく世界は一切を彼方へと流し、オレの身体も例外なく、大きく後ろへ放り出される。
どれほど飛んだかわからなくなった頃に、
何かが割れる音が頭の中で聞こえてすぐ、
視界は、元の展示室へと戻っていた。
「…………なん、だ?」
足元に金属の転がる音が響いた。
ゆっくり視線を落とすと、床には赤黒く煌めく欠片が散乱していた。
「学生君……、君は、今、何をした」
数歩下がる彼の手には、ぽっきりと中腹で折れてしまった赤黒い棒きれが握られている。
折れた先はどこへいったのか。
ふと先程まで斧槍の柄を握っていたはずの左手から違和感を感じ、握り拳を開いてみると、手の中には粉々となった細かな宝石の数々が煌めいていた。
「何をしたと聞いているんだッ!!」
自分自身、何をしたかわかっちゃいない。
この状況からひとつだけわかる事実は、オレがこの手で破壊したということだけだ。
疑問が膨らむと共に、食器や花瓶を誤って割ってしまった時のような、罪悪感を全身に感じる。
しかし、罪悪感と言えど、決してネガティブな情緒ではない。
それは快感にも似た……、歪な幸福感だった。
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