恋文を君へ。
今から死ぬってわかってるのに、なぜ僕は笑みを浮かべているのだろう。彼女に会えるからかな。
「待っててね。今すぐ行くよ。」僕は天国か地獄、どっちになるのかな。
君と同じところに行けたらいいな。
僕が恋に落ちたのは中2の春。霙混じりの冷たい雨が降っている日のことだった。一目惚れだった。雨が降っていてもあの子の周りだけ晴れるような気がして、あの子がニカッと笑うだけであたりが明るくなる。そんな気がした。僕はその日からその女の子を目で追いかけるようになってしまっていた。授業中もあの子のことばかり考えていて授業の内容が頭に入ってこない。
そんなある日のこと。彼女は僕に話しかけてきた。「ねぇねぇ響君、数学のプリント回収してもいいかな。」夏の風のような優しい声で僕の耳を包み込む。「うん。あ、、でも僕まだ半分しか解けてないや、。」僕は恥ずかしくなった。一番最初に話す内容がこんなことだなんて、顔がだんだん火照っていく。
「なら今からすればいいじゃない。まだ休み時間は20分あるよ。がんばろう。」
彼女は小さくガッツポーズをしながら笑いかけてくれる。その笑顔は僕に勇気を分け与えてくれた。
時間が過ぎていくにつれてどんどん好きになっていってしまう。一つのゴムに結ばれている黒色の長髪。焦茶色で澄んでいる瞳。整った顔立ち。その顔に浮かぶニカッとしてはにかんだ笑顔。全てが美しく可愛かった。その日から彼女と僕の物語が始まっていく、、ような気がした。
そして日は飛び、夏に差し掛かる梅雨の時期。この時期はジメジメしていて僕は嫌いだった。だが彼女は好きなんだと。僕はなぜ雨の日が好きなのか聞いてみる。
「だって雨の日は気分が下がってしまうでしょ?だから人一倍みんなに優しくできるチャンスかなって。気分が下がったまま話すより私のおかげで気分が上がる。そう思うと嬉しくなれるから。」彼女はまた梅雨には似つかない向日葵のような笑顔をこちらに向けた。あぁ、この子はやっぱり可愛い。その瞬間に、彼女が梅雨を好きな理由はいつしか僕の梅雨に対する思いを塗り替えてくれた。「僕も優しくできるかなぁ、、。」不安になって問いかける。「うん。響君なら絶対大丈夫。保証するよ。」僕は心がポカポカして、ものすごく嬉しくなった。そして彼女が勇気を与えてくれた瞬間、僕は彼女のことが好きなんだと自覚させられた。僕の初恋に気づいた梅雨の時期。僕はもっと雨の日が好きになった。
いつかこの気持ちを伝えられるようになったらいいな。けど言うのはいつになっちゃうんだろう。引っ込み思案な僕はなかなか言えないかも、、。けどまぁ頑張ってみるしかない。いつか、いつか自分に自信が持てる時が来ますように。
そして夏も過ぎ紅葉が舞う秋の時期。彼女との別れは突然来たのだった。その日も雨だった。雨の日は幸せを運ぶ日だと知ったはずだった。だが時に悲惨な気持ちにもさせるのだと僕は今では思ってしまう。好きな漫画の新刊の話をしようと彼女の家に行った時、彼女の母親から聞いた言葉。
「私の娘、雨宮 雫はこの世を去ってしまいました。」
死因:轢死。
彼女は大通りで軽トラックがスリップしたところに居合わせていて、轢かれてしまったらしい。彼女は友達の家に行こうとしていたのか□○の新刊を持っていたんだとか。僕は心がぽっかり穴が空いたように体の力が抜けた。それと同時に体の中から沸々と熱いものが込み上げ、煮え繰り返りそうな気持ちになった。彼女が死んだと知った時、僕は状況整理ができなかった。「雫さんが、死んだ、、?」彼女の母親に何度も何度も問いかける。何かの間違いなんじゃないか。ほんとは死んでいないんだろう。真実だとわかっていても信じたくない真実に嘘を重ねる。僕が怒鳴りつけるように言い放った後、彼女の母親は一言。「雫は亡くなってしまったの。何から何までごめんね。今まで本当にありがとうね。」と告げた。段々と息が重くなっていく。僕は押し潰されるような思いになった。嗚咽が止まらない。僕は彼女の家の前で無様に泣き崩れた。そして彼女の母親は優しい手で僕の背中をさすってくれていた。まだ彼女がなくなったと信じられなくて、僕は自分の部屋に戻るなり、夜が明けるまで泣いた。ベッドが涙でぐちゃぐちゃになるぐらい泣いた。生きた心地がしなかった。
僕の初恋はこの瞬間終わったのだ。
次の日、彼女の葬式に足を運んだ。遺影は僕が大好きな向日葵のような笑顔だった。皆泣いている。「あんな元気な女の子がこんなに若くに亡くなってしまうなんて、。」「苦しかっただろうにねぇ、安らかに、。」聞いた時はあんなに泣いたのに、今は涙のひとつも出ない。僕が彼女の白色の棺桶の前に立ち尽くしている時、彼女の母親が声をかけてきた。「響君。コレ、。」僕は彼女の母親から日記のようなものを受け取った。「響君のことが書かれてあるの。大事に持っていてあげて。」母親は向日葵の刺繍が施されているハンカチで滲み出る涙を抑えていた。
僕は家に持ち帰るなり日記を開けてみた。
『⚪︎月×日 雨
今日私は一人の男の子に興味を持ってしまった。制服をピシッと着ていて真面目っぽくて一匹狼みたいな男の子。けどよく観察してみると少しドジっぽくて頑張り屋さんみたいだった。いつか話してみたいなぁ(*^^*)。』
『⚪︎月◻︎日 晴れ
今日は真面目君の名前を教えてもらった!天野 響君って言うんだって。響君は数学のプリントを半分しか解いてなくて休み時間に一緒に解いたの。真面目に数学してたのに私邪魔じゃなかったかなぁ。また明日も話したいな。』
『◻︎月◇日 雨
今日は□○の最新刊の発売日!一緒に読もうと思って今から買ってきて響君のお家で読んできます。響君喜んでくれるかなぁ。そして今日、私は響君に告白しようと思う。響君のことが好きになっちゃったから。振られちゃったらどうしよう。怖い〜。けど頑張れ私!今から行ってきますᕦ(*ò_ó*)ᕤ』
日記は◻︎月◇日、彼女の命日で終わっていた。
「あの時僕の家に向かおうとしていたんだ。僕があの本が好きだなんて言わなければ、彼女は死ぬことはなかったんじゃないか、?」僕がいるから彼女は死んだ。僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせい僕のせい僕のせい僕のせい
僕が死ねばもう人は死なない____
僕は家を出た。雨の中びしょ濡れになって不恰好な部屋着で学校に向かう。彼女を一番最初に見た歩道だ。学校は校門が開きっぱなしだった。先生たちがまだいるのか、職員室から少し灯りが漏れているのを確認する。雨だったあの日。彼女は一際輝いていたことを思い出す。段々と仲良くなっていった彼女との日々を頭に巡らせながら淡々と死に近づく階段を上がっていく。屋上に着いた。見慣れない風景。「こんなふうに屋上に入るのは初めてだな、。まぁ僕は真面目だったらしいし。」自分の言動を思い返して少し笑う。僕は酔いに浸りながら周りにかけてあるフェンスを軽々しく飛び越えた。
「僕は君みたいに雨の日でも優しくできなかったや。」
雨宮さん。今から会いにいくね。
僕は彼女のことだけを考えて脚を前に踏み出した。前に体重がかかって上から下に、また、急に移動して地面との距離が近くなる。
「待っててね。今すぐ行くよ。」
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