テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
お題『ドレス』
あらすじに注意や説明書いてありますので確認してください。
それではどうぞ!
――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――
「か、可愛い……!」
熱心にテレビを見つめる彼はさながら恋する乙女のようであった。
――――――――――――――――――――――――
糸師凛は兄である糸師冴に恋をして いる。
実の兄に恋情を抱くなんて、許されないことだ。それでも――抱いてしまった想いは、もうどうにもならなかった。
もちろん、何もしなかったわけじゃない。 兄への気持ちを消すために、テレビに映る女優に目を向けてみたり、出会いの場に足を運んでみたり。できる限りのことは試した。それでも、この恋情は少しも薄れることはなかった。
この想いを、誰かに告げるつもりはない。 本人はもちろん、誰にも知られてはいけないことだから。
――――――――――――――――――――――――
あれはいつだったか、少なくとも兄への想いを自覚したばかりの頃。外では春風が吹き、窓から見える景色は桜混じりになった。練習が終わって帰宅する。家政婦が作ったのであろう机に置かれた飯を食う。そんないつもと変わらない毎日だった。そしてひとりの時間をかき消すようにいつもの流れで近くにあったリモコンを手に取ってなんとなくテレビをつけた。そのとき流れたのは結婚式場のコマーシャルだった。真っ赤なチャペルを歩く新郎新婦―――タキシードを着た男と純白なドレスを着た女。
お似合いだと思った。きっと全世界の人々が称賛するであろう光景。男同士で兄弟の兄ちゃんと俺なんかよりずっとずっと綺麗だ。その中でも特に目を惹かれたのは新婦が纏うドレスだった。
画面いっぱいに広がる純白の布。
光を受けて淡く輝くレース。
滑らかに流れる布が歩くたびにふわりと揺れて、まるで風そのものを纏っているようだった。
綺麗で可愛くてどこか神秘的な雰囲気をもっているそれを俺は羨ましいと思った。きっと俺が女だったらあんなにも美しいドレスを着て堂々と兄ちゃんの隣に立てただろう。想いを消す努力なんてしなくても、素直に想いを打ち明けられたかもしれない。それを許さないこの身体が憎くて、それでもサッカーが有利になるこの身体を変える勇気はなくて。だからこそ俺は女であることを象徴するかのようなドレスというものに惹かれたのかもしれない。
――――――――――――――――――――――――
「いい感じ」
この家にはもうたくさんのドレスがある。今回買ったので何着目だろうか、全てを数えるのは骨が折れるだろう。この時ばかりは一人暮らしでよかったと思う。
――最初は一着だけだった。
さらに一着。
またもう一着。
誰にも見せられない、バレてしまえばもう兄ちゃんの隣には立てない。それはわかっているのに恐怖よりも罪悪感よりも自分は兄ちゃんと釣り合うんだという安心感の方が勝った。
クローゼットの奥に押し込まれたそれは、俺の中でほかのどの服よりも存在感を放っていた。新しいドレスが届くたび必ず鏡の前に立った。慎重に袖を通し、裾を整える。肩にかかる重み、腰に落ちる布の感触。全てがもうすっかり慣れてしまった感覚だ。
ドレスを纏った俺は、サッカー選手でも、兄ちゃんの弟でもなくて、ただ純粋に糸師冴に恋している自分だった。
似合っているはずがないのに綺麗だと思った。それぐらいドレスに憧れていた。布が揺れるたび、胸の中の何かが満たされていく。サッカー選手糸師凛として許されることでは無いのはわかっている。
でも――誰にも知られなければ大丈夫。
兄ちゃんに悟られなければそれでいい。
そうやって自分に言い聞かせて俺は、今日も鏡の前に立っている。
――――――――――――――――――――――――
その日は、いつもと何も変わらないはずだった。
練習が終わって、家には俺だけ。
届いたばかりのドレスをダンボールから取り出して、鏡の前でゆっくりと身につける。このときばかりは毎日ストレッチをしていてよかったと思う。ストレッチをしていなければ一人で背中のファスナーを閉めることはできなかっただろうから。隣に兄ちゃんがいる妄想をしながらくるりと回って一度、二度と姿を確認する。三度目と確認しようとして鏡の奥に映る人影に気がついた。妄想が現実になってしまったのだろうか。……いや俺が兄ちゃんを見間違えるはずがない。あれは正真正銘の……
「何してんだ」
やっぱり兄ちゃんだ。
気持ち悪い姿を見られてしまった。引かれただろうか。当たり前だろう、だって俺だったら間違いなく引く。百八十を超えた身長で筋骨隆々な男が可愛らしいドレスなんか身に纏った姿は見るに堪えないことだろうから。
……心臓がうるさい。頭の中が真っ白になって何か言わなければ、誤魔化さなければと思うのに言葉が上手く出てこない。
「……っ……ち、違う」
ようやく出てきたのはこんな下手くそな言葉。……違うって何が違うんだ。自分でもわからないまま口だけが動き続ける。
「これはその……次の撮影で使う衣装だ」
そんな予定あるわけがないのにこんな雑な嘘。自分で言っておいて馬鹿みたいだと思う。家の中で、練習後で、誰に見せるわけでもないのに。
兄ちゃんは何も言わずに俺を見ている。その視線があまりにも痛くて、思わずドレスの裾を握りしめた。
「ほら……撮影のためにサイズとか確認してて……」
そんなことあるわけないのに。言葉を重ねれば重ねるほど嘘がわかりやすくなっている。それでも言葉は止められなかった。止めてしまったら、兄ちゃんに言葉を紡がせる時間ができてしまう。だから傷つかないように口をまわし続ける。
「もう確認できたしすぐ脱ぐから!」
半ば叫ぶように言って、背中に手を回す。
ファスナーに指がかかっているのに、震えてうまく動かない。焦れば焦るほど、布の感触がやけに生々しく意識に入り込んでくる。
やっとファスナーが下がったと思ったら兄ちゃんが無言で近づいてきてせっかく下げたファスナーを上げられた。
「なにすんだよ」
「脱ぐな」
短く、低い声だった。命令みたいでいてそれでいて怒気は含んでいない。
「は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「今のままでいい」
頭が追いつかない。兄ちゃんの言葉は感情を悟らせない声色だった。否定されると思っていた。気持ち悪いって言われるか、見なかったことにされるかそのどちらかだとばかり思っていた。
「……意味、わかんねぇよ」
ほぼ聞こえないような掠れた声と声量だった。
兄ちゃんは何も言わない。しばらくお互いに無言の時間が続いた。ただ一度、俺を上から下まで見て、視点を止めた。
「似合ってる」
それだけだった。説明も照れも、冗談めいた響きもない。事実をそのまま伝えるかのような口調。
「……っふざけんなよ」
胸の奥がざわついて、頭も心もぐちゃぐちゃだ。嬉しいとか恥ずかしいとかそんな単純な感情じゃない。見限られると思っていたのに、肯定されたのかもしれないという錯覚がぐちゃぐちゃに絡まって言葉に表すことができない感情を生む。
「俺……似合ってる?」
確認するような甘えるような声が気持ち悪い。それでも許せるぐらいには兄ちゃんに否定されなかったのが俺の中で甘く響いていた。
ずっと許されないものだと思っていた。だから隠していた。でも兄ちゃんが許してくれた今、世間の声はもう気にならない。だからもう一度兄ちゃんに確認する。俺の最愛の人からの答えが俺は何よりもほしかったから。
兄ちゃんは少し顔を緩めて俺を見つめる。
「……凄く似合ってる」
それが聞けたから俺はもう満足だった。
――――――――――――――――――――――――
それから月日が経った。季節が巡って、生活が変わった。一人暮らしだった家は兄ちゃんと一緒に住むことになって引っ越した。その家のリビングの棚の上。そこにある写真立てには一枚の写真が飾られている。
―――タキシード姿の兄ちゃんと純白のドレスを纏った俺。並んで映る俺達は自分で見ても幸せそうだと思う。不思議なほど自然体な俺達の写真は誰かに見せるわけじゃない。
それでも撮ってよかったと思う。だって今、憧れだったドレスを着て、兄ちゃんの隣に立っている俺を見ると、世界の誰よりも満たされていると思えるから。
――――――――――――――――――――――――
以上です。
閲覧ありがとうございました!