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ご本人様とは一切関係ありません。
登場するのは🧣さんと🌵さんだけです。
CP要素もありません。
軍(終わった後)パロです。
沢山インスピレーションを頂いた曲があるのであとがきに書きます、是非聞いてみてください✨
ハッピーエンドではないです。
⚠四肢欠損表現があります。
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俺は数年前に兵役軍人の座をおりた所謂この国の『英雄』だった。
だが俺は生憎そんな名誉なことを語れるほどの功績は残せていないし、何より戦時中の後遺症で全ての記憶を失ってしまったから、今の俺はただ自分の力で歩くことも生きることもままならない、云わば社会のお荷物であった。
本来自分は切磋琢磨し合った仲間達と戦場で天寿を全うするはずだったのだが、運がいいのか悪いのか俺だけ生き残って、手榴弾の引き金を引き抜く力もなく、自決すらままならず、満身創痍の状態で戦場から連れ戻された。
そして今は俺のボロボロの上着の懐に入っていた「らっだぁ」、という昔ながらの幼なじみらしい男の元に住まわせてもらっている。
住まわせてもらっている、と言っても実際はただの介護だ。俺は戦時中の怪我により左手が上手く動かせないし、右脚に至っては膝から下が無い、だからご飯から入浴、排泄まで殆どをらっだぁに手伝ってもらっている。
その度に申しわけない、あの時死ねていれば、という呪いが何度も脳裏を過ぎった。そんなことを繰り返す内に、当然俺は自殺願望を募らせていっていた。
冬の朝の寒さの中ベッドから身体を起こし、鳥のさえずりを聴きながらぼーっとしていると、らっだぁが歩く音が近づいてきた。ガチャ、と扉が開くと髪のかかった青色の瞳と目が合った。
「なあんだ、起きてんじゃん、おはよ」
開かれた扉からは安心をくれる心地いい声とともに美味しそうなバターとベーコンの匂いが漂ってくる。
「今日も穏やかな朝だねえ、はい、肩貸して。」
ここからはいつもの朝のルーティンだ。らっだぁの支えを借りてリビングに行き、一緒に朝食をとる。そして準備を済ませたかと思うと彼はすぐに仕事に行ってしまう。
らっだぁは仕事を幾つか掛け持っているようで朝から働きに出て、帰ってくるのはいつも日が沈み、辺りが真っ暗になった後だった。
理由は嫌でも分かってしまう。俺がいるからだ。
彼からすると俺がかつての友人、とは言っても自分のことは一切覚えていなく、手助けも必要で、ろくに手伝いもできなくただただ金のかかる俺は邪魔者としか思ってないだろう。
だがらっだぁに幾度謝罪や出ていく意思を伝えても、声、顔色一つ変えず「お互い様だから」と止められる。
彼が出ていったあとはあまり動かないように言われているが、いつも書斎まで行って本を読んだり、今まで自分が書き続けていたらしい日記を読んだりして日が暮れるのを待つ。
日記はもう何年も描き続けていたようで、
全部で5冊に渡る。そしてどれも色褪せて紙もボロボロになっている。
内容は俺が軍にいた時のもので、今日の訓練内容や、面白かったこと、友人のことなどがよく綴られていた。
その友人でよく出てくる名前は6人でその名前の中にもらっだぁの名前があった。
俺は昔の記憶を思い出せるようこの日記を読み返し続けているが、記憶に何も変化はなく、ずっと誰かの作った遠い物語を読んでいるような気分だった。
その物語達は軍という苛烈な環境下に置かれているのを全く感じさせないくらい愉しげに綴られていて、毎日読んでも退屈しないような内容だった。そして今の俺の惰性に繰り返す色の無い生活からすると酷く羨ましいものだった。
そしてそれと同時にこの物語たちの中で生きる人達は既にこの世に居なく、会うことは出来ないという事実は悲しいものだった。
この世にいない、という点では記憶の抜け落ちてしまった前の俺も例外では無い。つまりここにいた、戦場にいた仲間達で今もなお生きているのはらっだぁだけなのだ。
昔話をすることも出来ず独りで暮らした数年は彼にとって本当に寂しく、孤独な時間だったろう。
そんな彼にとって中身は違っているが外見だけは変わらない俺の存在は少しは寂しさを紛らわせるものなのか、とも思うがそうだとしても俺を家に置いておくことは圧倒的にデメリットの方が多いだろう。
だから俺はずっとこの家を出る準備を進めていた。らっだぁにはここまで沢山お世話になったが、このまま居続けてもなんの恩返しもしてやれない。だから行動するなら早い内にしたい。
計画を実行するのは明日の夕方だ、もう準備は整った。ただ1つ済んでないことがあるとすれば、らっだぁへの感謝の手紙を書いていないことだ。
ここ数年らっだぁは俺の前で弱いところも見せずに朝から晩まで馬車馬のように働き続けていた。そのためか、彼の目の下にはいつも深く刻まれた隈があり、笑っていても目の奥には光が灯っていないように見えた。そんな彼の姿を見るのは、過去の記憶が無かろうと辛いものだった。それにその原因の多くは俺ということもわかっていたから。
今までの感謝、俺が居なくなっても今まで通り睡眠をとって、ご飯も食べてほしい、切実な願いを手紙に書き綴っていく。きっと俺の人生で最初で最後の誰かに宛てた手紙だろうから、なるべく丁寧に、筆を立て綺麗に書く。
没頭しているとあっという間に窓の外から聞こえる賑やかな声も無くなり、しん、と静かになって街は墨を零したような暗さに包まれていた。
そろそろ夜ご飯の支度をしに1階へ向かう。
この身体も普通の人に比べればとても不便なものだろうが今ではもう補助の杖があれば転ぶことも少なくなったし、少しの家事くらいは出来るようになった。
簡単なものだが家事を終え、水を待つ鉢植えのようにぼーっと靴箱を眺める。
俺はこの時間が嫌いだ。無論玄関は冷え末端が悴むのもそうだが、もしかしたららっだぁは帰ってこないのではないか、と考えてしまうからだ。
今も戦争は終わったと言っても数年しか経っていなく、この地にも大切な人を殺され、軍人に対し殺意のとぐろを巻く者はいるのだ。
彼の意思で俺が捨てられるのはしょうがないし、むしろ嬉しいものだと思える。
だが彼が彼自身の為に人生を過ごせないまま亡くなってしまうのは困る。
…いらない考え事をして不安を募らせていると、木の軋む音と共に扉が開く。
「らっだぁ、おかえり」
「うん……ただいま」
最近は酷くやつれ、気のない声で返事する様は俺の早く出ていかなければ、という気持ちを後押しする。
「ご飯作ったから食べようぜ」
「いつもありがとね」
夕食時に彼とテーブルを囲むのは俺の好きな時間だった。らっだぁは疲れているだろうに今日の仕事内容や、出来事について話してくれる。
この時間だけはらっだぁが少し楽しそうに見えて、俺はいてもいいのかと思える唯一の時間だった。
そんな楽しい時間も束の間、いつもより噛み締めながら就寝前のルーティーンを終え、寝具につく。
横たわって窓を見ると、このどす黒い街でもどこか懐かしさを感じさせながら煌々と輝く星々が目に入る。
皮膚をめくれば希死念慮がとめどなく溢れ出してくるような俺の心を少し照らしてくれる星を見れるのもこれで最後だと思うと、妙に清々しいような、けれど少し寂しい不思議な気持ちだった。
勝手な妄想の声も姿も知らないかつての仲間たちから、一人でのうのうと生きていることへの罵倒に耳を塞ぎながら逃げるように目を閉じたが、一睡もできないまま朝を迎えた。
太陽が顔を出し始めた朝に小鳥たちのさえずりがこだまする気持ちのいい朝だった。
さらに冬らしく空も雲ひとつなくからっと透き通って、出発に適した日だ。
外を眺めていると間もなくらっだぁがきた。
いつも通り挨拶を交わし、介抱を受けながら朝ごはんを咀嚼する。
出る支度を始めるらっだぁを目に焼き付けておこうといつもより注意深く見る。
仕事場の過酷さを表す少し汚れた手。
まとまった睡眠も取れていなく濃く刻まれた隈。
細く長い手足。不健康そうな色の肌。
朝空のように澄んだ青く柔らかな瞳。
いつも通りに明日からも続くはずだった日々を変えた時、らっだぁはどう思うだろうか。決断するには遅かったかもしれないが、 喜んでくれるといいな、なんて淡い期待を抱きながら手を振り最後の別れを告げる。
それからはゆっくり時間をかけ、最後にらっだぁとの思い出を噛み締めるように家中を目に焼き付け、陽の落ちかけた頃、 俺は荷物と日記を手に取り家を出た。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
今日も一日が終わった。いつも通りスーツを整え、汚れを払い、咳払いをしてぎこちない笑顔を作る。
でも今日のいつもと違う”これ”をぐちつぼが見たら、変化をもたらしたら、どんな反応をするかな
憂いを帯びた彼の紅の瞳にも光が溢れたら、淡い期待を抱きながら扉を開ける。
だが、放った言葉は誰にも届くことは無く地に落ちた。
帰ってきた時は決まって玄関で待っていてくれるぐちつぼがいない。
どこかで寝てしまっているのか、と思いリビングを探すも居ない。
名前を呼んでも返事はなく嫌な考えが脳裏をよぎり油っこい汗が首筋を伝う。
「ぐちつぼ」
彼の部屋を開けても薄暗いだけで彼の姿はどこにもいない。
彼の居ない部屋は酷く寂しくて、ぐちつぼが帰ってきてくれる前の一人きりの空っぽで生きていた嫌な思い出を彷彿とさせる。
だがひとつ、いつもと変わっていたことがあった。
風に遊ばれカーテンがなびく窓から差し込む月の光が、ある一枚の紙を照らしていた。
唾を飲み込みそれに近づく。
よく知る彼には全く似つかわない畏まった文章、万年筆で書かれた丁寧な筆致は内容を読まずともいやでもわかってしまうものだった。
彼の笑顔が脳裏を過ぎる。
内容を理解する前にもう体は疾うに動き始めていた。そして”それ”を握りしめ勢いよく扉を開ける。
行くあてもないのに無我夢中で走り出した。
それからは体と地面が平行になるほど前のめりになって、疲労困憊した心身を鞭打って息が切れるのも忘れるほど彼を探し回った。
毎日日中家を空けて不安にさせたよな。
寂しい思いをさせてしまったよな。
だがそんなことを思っても彼への贖罪の言葉はもう届くことは無い。
最近よく家を空けてしまっていたことにも理由があるんだよ、
意味の無い言い訳を考えながら手にあるものに目を向ける。
柔らかい色合いの中でも芯があって彼の深紅の瞳を思い起こさせる赤の差し色が入った花束。
今日でぐちつぼが帰ってきて3ヶ月になるから、と記念に花束を渡そうと思ってたんだよ。
帰ってきてからのぐちつぼは、以前とは見違えるほど変わってしまっていた。
勿論記憶を失ってしまっているが、威勢がなく、 何かにおびえているような、自分だけ生き残ってしまったことを後ろめたく思っているような様子だった。
俺を庇って記憶を無くしてしまったぐちつぼ、世間の目なんか気にしないで、ずっと 俺だけの英雄でよかったのに。
俺はもう捨てられてしまってもいいから感謝だけでも伝えたい。家で待ってくれる唯一の友人がどれだけ俺の心を支えてくれたことか。ありがとうと一言でいいから伝えたい。
だがそんな願いも虚しく彼は街中どこを探してもいなかった。
ここまで探して見つからないとなると最後に残ったのはあの場所だ。
橋を渡り階段を駆け下りて転びかけながらも走る、
着いたのは河川敷
彼はもう覚えていないだろうけど、昔の彼とは芝生に寝転がり、不満や、将来の期待を語り合い煌めく星を眺めながら夜を過ごすこともあった思い出の場所だった。
枯れた草を踏み越えて下まで降りて探しても彼らしい人影は一つも見当たらない。
呼吸を整えながらわらにも縋るような思いで不揃いな石の上を走る。
もう随分走り続けて、耳はつんざけるように痛み、手はかじかみきって感覚もなく、鼻はもう殆ど匂いを感じなくなっていた。
ようやく呼吸も落ち着いてきた頃、なにかの肉が焼けたような、酷い匂いが鼻を掠めた。
それは時間が経つにつれだんだん濃くなっていった。
匂いの元を探すと、川の向かい側の遠くに冬の低い彩度の中で乖離して見える赤黒い大きな炎が上がっていて、まわりに人が集まっているのが見えた。
何かの肉を焼いて食べているのかと思ったが、様子が違かった。
冬の乾燥した空気も相まって、あたりに燃え移らんとするそれに、みな慌てた様子で水をかけたりして火を鎮火しようとしている。
だが油が混ざっているのか、かえって炎は火花を上げ勢いを強めるばかりだった。
…こんなことをしている場合ではない。
あんなものとぐちつぼは関係ない。
…いつもと違った家のオイル臭さも、突拍子もなくねだってきたマッチも関係ない。
早くぐちつぼを見つけなければ、
散歩に出かけていたのかもしれない。
夜ご飯の買い出しにでも行ってくれたのかもしれない。
だったらもう家に帰っている頃だろう、と
自分に言い聞かせ帰路を急いだ。
見慣れた扉を開ける
ぐちつぼはいなかった。
日を跨ぐまで待ったが彼は帰らなかった。
後悔するには遅すぎた。
重い足を引き摺ってまた河川敷へ戻る。
もうそこには
灰燼しか残っていなかった。