テラーノベル
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銀行の正面玄関は、すでに閉じられていた。
正確には、内側から閉められている。ガラス扉の向こうには倒れた案内板があり、その奥で数人の人影が動いていた。入口脇の警報ランプは赤く点滅しているが、警報音は鳴っていない。
雪の積もった歩道に、三人の警察官が立っていた。
ロシア警察の制服を着たK-T――現在の名はトマ――は、銀行の正面を見つめている。隣ではルノーが無線を握り、ジャンが周囲の建物と道路を確認していた。
「人質は少なくとも十名。犯人は四人。銃器を所持している可能性あり」
ルノーが無線へ報告してから、K-Tを見る。
「中の監視カメラは?」
「三台が停止。正面ホールに二人、金庫前に一人、裏口に一人」
「ずいぶん正確だね」
「見える範囲を確認しただけだ」
「君の“見える範囲”は広すぎるんだよ」
K-Tは返事をしなかった。
銀行の二階には、まだ照明がついている。窓際に一瞬だけ人影が現れ、すぐに消えた。
「二階にもいる」
ジャンが短く言った。
「見えたのかい?」
「カーテンが動いた」
ルノーは肩をすくめた。
「僕には雪しか見えないけどね」
K-Tは建物の角へ視線を移した。
「裏口に車両が一台。逃走用だ」
「確認できるの?」
「タイヤが新しい。エンジンが動いている」
ルノーは一度だけ目を閉じた。
「それを見て車両だと判断する君を、一般の警察官として紹介していいのか迷うよ」
「今は紹介の話をしていない」
ジャンが道路の反対側へ移動した。大きな体が雪壁の影に消える。銃を構えてはいないが、そこに立っているだけで裏口へ向かう者を止められるような圧力があった。
K-Tは銀行内から聞こえる音に集中した。
怒鳴り声。
泣き声。
何かが床に落ちる音。
そして、短い銃声。
ルノーの表情から軽口が消えた。
「発砲した」
「威嚇だ」
「分かるのかい?」
「音が違う」
K-Tは銀行の入口へ進んだ。
ルノーが腕をつかむ。
「待って。突入班を待つべきだ」
「人質が危険だ」
「君一人で行くつもり?」
「一人ではない」
ジャンが戻ってきた。
「裏口、確保」
ルノーは二人を見比べた。
「二人とも、僕が止めると思っている?」
「止めない」
ジャンが言った。
「正解だよ」
ルノーはため息をつき、拳銃を確認した。
「昔からこうだ。君たちは先に行く。僕は後から説明する」
「説明できるのか?」
「できないから困っているんだ」
三人は正面玄関からではなく、銀行脇の搬入口へ回った。シャッターは半分だけ開いている。中から警備員の無線が聞こえた。
K-Tが指を三本立て、二本、一本と下げる。
ジャンが先に滑り込んだ。
直後、短い物音が二つ続く。
叫び声はなかった。
ルノーが中へ入ると、搬入口の床に二人の男が倒れていた。銃は遠くへ蹴り飛ばされ、両手は背中で拘束されている。
「相変わらず手際がいいね」
ジャンは答えず、奥を見ていた。
「右」
K-Tが言った。
壁の向こうから足音が近づく。
ルノーが柱の陰へ移動した。男が角を曲がった瞬間、ルノーは腕を取り、体勢を崩させた。男は床へ倒れたが、ルノーは銃口を向けたまま、冷静に手錠をかける。
「はい、三人目。銀行強盗としては、少し人数が足りないね」
「二階にいる」
K-Tは階段へ向かった。
二階の廊下には、銀行員が一人、壁際に座り込んでいた。その先で、犯人が女性を盾にしている。
「近づくな!」
犯人が銃を突きつける。
K-Tは足を止めた。
「銃を下ろせ」
「動くなと言った!」
「その位置では、彼女を撃つ前に君が倒れる」
犯人の目が揺れた。
K-Tは銃を構えていない。両手も見える位置に置いている。ただ、視線だけが犯人の肩、足、銃口、そして背後の窓へ移っていた。
ルノーが廊下の反対側へ回り込む。
犯人はそれに気づかなかった。
ジャンが階段の下から、短く言った。
「今」
K-Tが動いた。
犯人が銃口を向け直すより早く、K-Tは女性の肩を引いて横へ倒れ込む。同時にルノーが犯人の腕を撃ち、ジャンが階段を駆け上がってきた。
銃が床に落ちる。
犯人はなおも立ち上がろうとしたが、ジャンが背後から押さえ込んだ。
「動くな」
低い声だった。
犯人は完全に動きを止めた。
女性は震えていた。K-Tは彼女を起こし、怪我がないか確認する。
「大丈夫です。もう終わった」
ロシア語で声をかける。
女性が何かを尋ねた。
K-Tは短く答えた。
「警察です」
ルノーが周囲を確認しながら笑う。
「君、声まで別人になるね」
「必要なことだ」
「僕たちには、いつもの君に聞こえるけど」
ジャンが犯人の手錠を確認した。
「全員、確保」
一階から人質たちの安堵の声が聞こえた。外では増援のサイレンが近づいてくる。
K-Tは窓の外を見た。
雪はまだ降っている。
銀行強盗は解決した。人質は無事で、犯人は全員拘束された。
ルノーが隣に立つ。
「元プロの護衛が銀行強盗を解決して、フランス軍経験者が二人で犯人を片づけた。報告書にはどう書く?」
「事実を書く」
「事実が多すぎるんだよ」
ジャンが日誌を受け取り、淡々と記録した。
銀行強盗事件。犯人四名を拘束。人質全員を保護。負傷者一名。警察側の被害なし。
ルノーが覗き込む。
「僕たちの活躍が一行もない」
K-Tは銀行の外へ歩き出した。
「必要ない」
「君は昔からそうだね」
ルノーは言いかけて、口を閉じた。
ジャンだけが、K-Tの背中を見ていた。
そのとき、無線が鳴った。
別の警察官からの報告だった。
「市街地南側で、外国人観光客五名が交通規則を理解していない可能性あり。うち一台、速度超過」
三人は同時に無線を見る。
ルノーがゆっくり顔を上げた。
「……まさかね」
ジャンが答える。
「いる」
K-Tは黙った。
ルノーが深く息を吐く。
「またあいつらかよぉ……」
K-Tはパトカーへ向かった。
「追う」
「事件を解決した直後に?」
「保護する」
ルノーが後部座席のドアを開ける。
「分かったよ。今度は銀行強盗より手強そうだ」
三人を乗せたパトカーが、雪の街を走り出した。
コメント
1件
読み終わりました……すごく良かったです。K-Tの「音が違う」とか「その位置では倒れる」とか、一瞬の判断力が何よりかっこよかった。ルノーの軽口に隠れた信頼感と、ジャンの靜かな確実さも好きです。3人それぞれの役割がはっきりしてて、テンポよく読めました。最後の「またあいつらかよぉ……」で思わず笑っちゃいました。続き、すごく気になります🌙
K-Takasaka
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