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青年兵士と少年
〜ドロップス缶🥫
1945年 6月
終戦を迎える2ヶ月前、すでに沖縄が落ち閃光は本土に迫り来る。戦況は著しく厳しい…
村まで行かないと民家が無い田園を開拓し造られた飛行場、1機づつの発着しか出来ない滑走路を出来るだけ細長く伸ばし、周りの農道や農作物に溶け込ませている。上空の敵機からは目立たぬ何気ない風情を醸し出していた。
飛行機の近くには、小高い丘状の土豪が、幾つも掘られて有り、これも又飛行場の滑走路の存在の目隠しをしている。
そこの一つの土豪の上に登り、低学年か若しくは就学前のあどけない少年が、壊れたオモチャの双眼鏡を覗きながら飛行機を観ていた。
東山春樹 十九歳、明大二年の春、学徒出陣し、陸軍航空隊所属となる。
ト号 ” 特攻 “要員として志願し訓練を受ける。昨日、硫黄島に向け敵国軍艦撃沈の指示を受けた。よって一両日中に軍の確かな任務と命が下される。
春樹自身,暫し現実逃避の時間は残されていると見込み、前より気になっていた歳周りと面立ちが、何処か弟に似通っている少年、一人で戦闘機『最後の零戦』の行く末を知ってか知らずか、愛しむ様に眺めている孤独な幼い少年に、春樹は声を掛けてみたかったのだ。基地の仲間達と酒を酌み交わすのは、その後に合流すれば良いと思った。
「君は 昨日も一昨日もここに居たね、飛行機好きなのかい?」
「 うん すごく好きカッコいいもん! お兄ちゃんも 乗るんでしょ? 飛ぶ為に来たんでしょ❗️」
「あのネ、この間ネ そこの飛行機がね 僕のところに飛んできてビックリ❗️僕にぶつかりそうだったんだ!! もの凄い大きな音で、僕の頭の直ぐ上を 何回も 何回も越えて海へ飛んで行ったんだ……たくさんだヨ! 幾つかな? イッパイ イッパイダヨ 僕、飛行機達が 小さく小さく蟻さんになるまで、ズズ~と見てたんだ」
少年は、レンズも無いヒビが入ったオモチャの双眼鏡、{その頃 経済的に裕福な家庭の子の玩具である}を、持ち上げ得意そうに話す。
「お兄ちゃんもそうだ、飛ぶよ! 多分 2、3日中にね。偉い人が飛べって言ったら直ぐだ…… 」
「いいかい ホラ あそこ! 橙色の灯台が見えるだろう! そのずっと先の海の向こうに
” 硫黄島 “という島があるんだよ、兵隊さんは皆そこまで飛んでいく。すごく遠いんだ!! お兄ちゃんは、途中で故障しないよう、あの兵隊さんみたいに毎日飛行機を点検しているんだよ」
「あの島までは遠いから燃料 、アッ 分かる?飛行機が飛ぶための力の元、ご飯を食べられなかったら元気がなくなるでしょ、飛行機も同じなんだ。 帰ってくるご飯が足らないから、みんな帰れないのかもな…きっとナ」
少年の名は、『本郷 ヒロキ』と言った。
どうやら、近くの村に住む祖父母と暮らしていて、この近くの農地で野菜などを作り、自給自足の生活をしている。両親が迎えに来るまでの一時的な疎開のようである。少年のお父上は、公的立場の方らしく、なんとなくだがヒロキ少年の話から想像できた。
遠くから、ヒロキの祖父母だろうか?手を振り孫を呼んでいる。籠いっぱいに採れた野菜を入れ、荷車に積んでいる。
孫と一緒に居る春樹に、老夫婦は、帽子を取り深々一礼する、、、、春樹もすかさず礼を返す。
「ヒロキ君 ドロップス好きかな?…この缶🥫知ってるだろ! 島に行くお兄ちゃんたちに分けちゃったからさぁ、少ししか残ってないんだけど、、、、なんだなんだ 4個しかないなぁ〜ごめんよ!! この缶🥫ドロップ、今はもう作ってないから大事に持ち歩いてたんだけど、サヨナラする兵隊さん達に配ったんだヨ、そう 力が出るようにってね。
そうだ! ヒロキ君 明日も来るかい? ならお詫びに、お兄ちゃんが珍しくて、凄くおいしい缶詰を持ってくるよ、 約束だ!! 」と話し、春樹は布肩バックからノートを出し、1枚きれいに破りとると、急いで自分の名前と1飛曹の階級と、所属を簡単に記しヒロキ少年に渡した。 少年の祖父母が、自分を何処の誰か気になられたら申し訳ないと、気遣ったのだ。
嬉しそうな顔のヒロキは、もらったドロップスの中身を出し、3粒だけズボンのポケットに入れ、残った1粒を缶🥫に戻し、春樹に返した。
「あのネ おじいちゃんとおばあちゃんと僕の分、残りはお兄ちゃんの分だよ❗️ 飛んでいったお兄ちゃんたちも、みんな食べたんでしょ!!お仕事終わったらちゃんと帰れるようにって、だから、これはお兄ちゃんの分、力が出るなら絶対食べてね…… でも、このドロップスの空き缶🥫は明日 僕にください! 」
「飛行機乗りの兄ちゃんと お話ししたよって、迎えに来たら お父さんとお母さんに話すの、これもらったんだって…… 」
顔を赤らめ、嬉しそうに話していた筈のヒロキの顔が、一瞬雲ったのを、春樹は見逃さなかった。春樹は少年の手を握り、肩を軽く叩き、
「明日、遅刻するなよ!約束な。 じゃあ、おじいちゃん、おばあちゃんによろしく言ってくれ! 」
小さなお客の少年は、出会った時の元気と笑顔を取り戻し祖父母のいる方向に走って行った。
その日の夜、少年の祖父が基地に訪ねて来た。春樹に対し出撃前の貴重な時間を、1人寂しい孫に割いてくれた事への礼を述べたいと言い、野菜を籠いっぱい持参してきた。
ヒロキの両親は、3ヶ月前、3月10日の東京大空襲で亡くなったことを知る。兄弟も無くひたすら親を待ち続ける孫には酷で辛く、未だ何も知らせていないと話した。ヒロキの父親は、代議士だったそうだ。最後まで秘書官の母親とともに、火の海と化した街中で、民の誘導と救出に尽力され、力尽きるまで役職を全うされたと……
春樹は、ヒロキ少年の曇り顔を思い出し、幼い少年の小さな胸の奥に、何の連絡もしてくれない両親の不穏を、少年の湧き上がる不安を、春樹が確実に感じていた。
たとえ通りすがりの縁であっても、これからの小さな少年の喩えようもない悲しみを鑑み、春樹は自分の事の様に、胸を痛め涙した。
その夜は,中々寝付かれなかった。自分の死が家族にどれだけの代償を払わすのか、初めて真剣に考える。
(自分は "ト号 ー特攻 ” に志願した時から、覚悟の上の事であるから、怖く悲しく足が震えようが、土壇場で負け犬のように逃げたくなったとしても、皆、自分自身の問題だけだ。
最後に、自分は如何したいのか?どう在るべきか?…矢張り無駄死にはしたくはない❗️
万が一に、自分の砲撃により、本土の家族が生き延びることが叶うならば、迷わず戦い散る…)
(しかし、家族は如何か?大好きな兄の尊厳死を、7歳の弟が讃えられる筈も無い……もし今、願い叶うならば、幼い弟にいろんな話をしてやりたい!戦死した父の代わりに……)
☆〜
カズオ、心して聞きなさい
第1 これから先、食べていくことも大変になる。でも何とかして生き抜け!生きてくれ!
第2 父が死に、兄も居なくなる。妹とお前を抱えて母がとても大変になるから、母さんを手伝い助けろ!我儘は少しだ。妹はお前が守れ。
第3 立派な大人を目指すのではなく、自分軸を持ち、他人の痛みや悲しみが分かる本物の男になれ!
最後、これは皆、生前の父親の言葉であり、自分に絶えず投げかけている人生訓です。参考まで。
其れから、私の死を必要以上に、悲しまなくてもよい。 褒め称えることも要らない。
( ただ 言える事、言わせてもらうなら、何人が死を持って貴しとするならば 最後に 我 家族を守る為にぞと思いし散ることぞ、私の本懐であり本望である。
いつか戦いの無い平和な日本国に、と祈る!!)
『 追記、カズオが小遣いで買ってくれたドロップスの缶🥫、ずっと大事にしまっていましたが、飛び立つことが決まり、思い切って全部食べました。美味しく頂きました。何故か?カズオの味がしましたよハハハ。兄は本当に嬉しかった!ありがとう!!』
早朝、出撃命令が発せられる。春樹の機は12時間後、【 明朝、〇〇時 方位〇〇度 編隊機7機 飛行隊結集 】編隊長、東山春樹。
春樹は、この時こそ、自分の死が現実化したことを思い知る。得体の知れない恐怖が、全身に駆け登り足の震えが止まらない。残り少ない時間を無駄にしないよう飛び立つ準備で、自分を鼓舞するしかない。
忘れてはならないヒロキ少年との約束、春樹は、軍からの特別支給品の魚缶、九州の工場で念入りに作られた上質の赤飯の缶詰を持ち、土豪の前で少年を待つ。
ヒロキ少年は来なかった。 少し気にはなったが、何か急な用事ができたのだろうと考え、暫く待ち、諦めて、魚缶と赤飯の缶詰、そして、空になったドロップス缶を土豪の側に、袋に入れ、簡単な手紙を添えて置いてきた。
春樹は、残念な気持ちもあるが、毎夜毎夜の空襲が気掛かりだった為、少年に会えなかったことより、祖父母様と少年の現在が健やかであることを祈り、ヒロキの住む村の方向を見やり、思いを込めて敬礼する………
特攻隊の火蓋が放たれた。
旧型機の戦闘機[零戦]に、片道だけの燃料を積み、1機又1機と続けて続けて離陸し、騒音と煙の中をワサワサと飛んで行く、、、、、全部で7機、春樹は編隊長として、すべての零戦を確認し、最後に飛び立った、、、、、、、
田園の手前の土豪の上に子供の姿、発見⁉️ ドロップスの空き缶の口に細長い枝を差し込み、小躍りしながら、大きく左右に缶を振っているヒロキと、その後ろには、杖をつく祖父と手を添えて介助する祖母が、日の丸を振っていた。
春樹は、目頭が熱くなり、そして少し安堵した。お祖父様の腰痛らしき姿が、痛々しくもあり、早くに完治されたしと願う。
又、缶詰が、ご家族にお渡し出来たことを知り,自分はもう!チリ1つ、思い残す事無く、本懐を遂げられると、何やら、清々しい気持ちになっていた。
春樹は、通り過ぎて行く、ヒロキを見下ろし、’” ありがとう❗️’” と、叫び、万感の想いを込め、少年達が見えなくなるまで、敬礼、し続ける………
完
重いお話を読んでいただき、ありがとうございました。
人物名、エピソードは創作です。しかし、数有るお話の1つとして存在したと想像します。
英霊達の想いや心根は真実であろうと思い、書かせていただきました。79年目の終戦日を迎えた今の日本、そして日本人は? 暫し考えるキッカケになれば幸いです。 🙇♀️