顔に触れた水滴で目を覚ます。
辺りは一面が水平線のみで構成されており、ステーファメルはすぐに、自分がまだ夢の中にいることに気付いた。
アグリエラ「こんなに早く目覚めちゃうなんて…面白いのはこれからだったのに。」
目の前の女は不敵な笑みを浮かべているが、その裏には確実にステーファメルがあまりに速く目覚めたことへの驚きが見えていた。
ステー「…アグリエラ、わたくしをあんなくだらない瞑想にふけさせたのは貴女のスキルかしら。」
アグリエラ「ええ、そうよ。私の影魔法を使って貴女の”記憶の影”に入り込んだ…中々面白いものが見れたわ。」
特殊属性である影魔法を体に纏うアグリエラは、よく見ると足や手が透けている。恐らくは、今ステーファメルの目の前にいる彼女は魔力でできた虚像なのだろう。
影魔法には2種類存在する。
1つ目は、ただ物の影を操る影魔法。影の中に入ったり影を刃の形に変形させたりできる。これも十分強力だが…
2つ目は、「あらゆる影を扱う」影魔法。これは圧倒的魔力技術を持つ者だけが到達できる領域。影、つまりそれは、物事の光の隅で忘れ去られ、「悪」と化した全てのもの。…もちろん、そんな万能な魔法は存在しない…いや、するけれども扱えない。
影魔法は大きな才能を秘めているが、その実力を術者の技術力に全て委ねてしまう魔法なのである。
しかし…
ステー(人間の記憶域、つまり脳みそまで干渉するほどの魔力制御技術…あり得ないわけじゃない、でも現実的じゃない。魔法使いとして卓越している…)
戦いの最中にステーファメルの脳に干渉し、アグリエラの価値観を埋め込んだり忘れていた記憶を無理やり再起させ脳の混乱を引き起こす。
自分至上主義のステーで無ければ致命的な脳のエラーを受け、目覚めるのはもっと後だったのだろう。それはもう、”手遅れ”を優に過ぎるほど。
アグリエラ「私の能力は人の不可侵の記憶…つまり、覚えていないことまで全て見通すことができるの。
けどなぜかしら、貴女のものは見れなかったわ。それどころか貴女の記憶には、何度も”改ざんされた”形跡があった。まあでも、だからこそ貴女の記憶にはたくさん影があったのだけど。」
ステー「…待って、わたくしの記憶が改ざんされた、ですって?わたくしにはちゃんと、エリアトス家の長女として生まれた記憶があるのに?」
アグリエラ「時間、空間ともにこの世界から切り離されているという、あの王国の公爵家のことかしら?」
「この国は時間と空間が他と断絶されている」
ステーファメルは、今になって、自分が国を去る前にエリカにそう言われたことを思い出した。
ステー「…そう、そうよ、エリカがそう言っていたわ、そういえば。」
ステー(あれ…?おかしい、なんで今までわたくしはこの事を忘れていたの?これは、明らかにおかしい事実でしょう…?)
アグリエラ「-理性的になって-」
アグリエラの声がステーファメルの脳をしんと落ち着かせる。妙に響くその声は、ステーファメルの記憶の影を掴んで離さない。
アグリエラ「あぁ…私は今、かつてないほど創世の女神様…リアリー様の真実に近付いている気がするの。貴女の記憶の影を解き放つことが、何か鍵になる気がするわ。」
だから、協力してあげるわ。そう言って微笑むアグリエラには、相変わらず狂気が宿っている。
アグリエラ「まず初めに、貴女はどうして創世の女神様に力を奪われたのかしら?それは本当なのかしら?あのエリカという女が嘘をついている可能性は?盲目的になっているのではないかしら?」
繰り出される質問は確実にステーの脳を抉っていく。
ステー「そうだわ…確かにわたくしは、どうして常にあの子を信じているの…?いや、でも…あの時は焦っていたの、仕方ないわ。」
アグリエラ「-言い訳をやめて-」
アグリエラ「自分の欺瞞を信じるのよ。…次、ステファニーは誰なのかしら?貴女の前世?全くの別人?彼女を殺したウェポンは誰?エリカは本当にウェポンを知らないの?」
ステー「そんなこと…分からない。ただ生まれた時からステファニーの記憶があって…ステ…ファニー…」
ステーの様子が変わる。記憶の影を通してステーと繋がっているアグリエラにも、その変化が直に伝わってくる。
アグリエラ「なにか掴めそうね、でも足りないわ。…待って、これは…ステファニーの記憶だわ。」
特異点。物語を急速に変化させる因子…今この一瞬に、2人に対して特異点が微笑んだ。
アグリエラはステファニーの記憶…幾千もの断罪を繰り返し、自らの前世を知覚した、”プロローグ”の瞬間を手に掴んだ…。その瞬間に、今までただフラットに黙りこくっていた水平線が揺れる。
その波紋がステーファメルの身体に触れたとき、その記憶がステーファメルにも流れ込んできた。
ステー「こ、これは…」
膨大な記憶の量に目眩がする…。
アグリエラ「…何度も何度も何度も、断罪劇を繰り返している…。まるで、暇を持て余した時に人形遊びをするように…」
ステファニーの断罪される苦しみが、希望が、絶望が、全て流れ込んでくる。でも、主人公は「ステファニー」じゃない。この物語は…悪役が裁かれる物語なのだから。
第98852634579137286731503464276791372494683451528689791573867915728389491583734942273791572734952864956036434658853864837689494573794273494673894867376464334646****************———回目の断罪の後
主人公は「ステファニー」へと変わる。
いや…ちがう
その次、「ステファニー」という器の死
確かに存在した1人の悪役令嬢…いや、少女が、”それ”を降臨させる為の踏み台にされ、
真の「特異点」
「ステーファメル」が降臨する
*「ねえ、何時まで私の箱庭を見ているの?」*
ステー「っはぁっ!!!はぁ…はぁ…」
全身が汗によって冷やされていく。最後に自分に話しかけたのは…いや、思考が追いつかない。考えるのは辞めるべきだ。今はまだその時ではない。
アグリエラ「あ…あ…あぁ…そうだったのね…リアリー様…私たちは選ばれた民だったのね!!!!!!」
ステー「ア…アグリエラ…?」
アグリエラ「あははははは!!!!!特異点!!!!特異点んんんんん!!!!!」
ステー「ちょっと貴女、どうしっ」
ドッ
アグリエラの腹に、太い槍が刺さる。血は出ない。だがその虚像は、けたたましい奇声を発したまま消滅する。
「いやー、危ないところだったね!」
ステー「…エリカ」
エリカ「ね、ステちゃん。間一髪だったよね。」
突然現れたその存在、明らかに異質な金糸の髪。影の世界が、水平線が、2人の金糸で彩られている。
しかし、ステーファメルは全く動揺しない。目の前の出来事は、運命だったかのように。
エリカ「びっくりしたよ、ステちゃん急にいなくなるから。」
エリカ「能力世界に連れ込まれてたんだね〜、本当に危なかった。」
エリカ「外ではラカトスくんが本物のアグリエラと戦ってるよ。まあ、それももう終わるだろうけど。」
エリカ「ステちゃん?」
ステー「…アグリエラはどうなったの?」
エリカ「え?あれはただの虚像だよ。私が倒してあげたの。」
ステー「聞きたいのはそうじゃない。」
エリカ「何言ってるの?ステちゃん、影に影響されちゃった?」
ステー「エリカ。」
ステーファメルの鋭い瞳。その虹彩は、今、久しぶりにギラギラと黄金に輝いている。
ステー「曖昧は嫌いなの、分かるでしょう。」
エリカ「…あ、そう。そうなんだ。…いいよ、教えてあげる。」
エリカの貼り付けた笑顔は、瞬時に消える。そしてそれがもう一度笑顔に変わるとき、エリカは別人のように微笑みかけた。
エリカ「簡単な話だよ。彼女は”矯正”された。」
エリカは水平線を少しずつ歩きながら話を続ける。
エリカ「出過ぎた杭は打たれる。彼女は踏み込みすぎた。本来は、この物語に何の影響ももたらさないはずだった、彼女が。」
エリカ「ステーファメル、貴女はこの物語の主人公なの、今までもこれからも…私には貴女が必要なの。」
ステー「…だからステファニーを殺して、その体に別世界から召喚したわたくしを降臨させた?ふざけた悪役令嬢劇を辞めて。」
エリカ「ステファニーを殺したのはウェポン。貴女をこの世界に導いたのも、ウェポン。断罪劇をして遊んでいたのもウェポンだし…この偽りの世界を作ったのも、人々をこの箱庭に閉じ込めているのもウェポン。」
ステー「…清々しいわね、貴女、ウェポンのことは知らないんじゃなかったの?」
エリカはステーファメルを無視して話を続ける。
エリカ「ウェポンは、全ての世界に絶望したの。住民たちに、絶望したの。だから貴女達…いや、彼らは箱庭に閉じ込められている。」
エリカ「閉じ込めているのはウェポン。でも、それを促したのはあいつら、創世の三女神。」
エリカ「そして、貴女があいつらに力を奪われているのは…貴女もまた、この世界の人々と同じ罪人だから。」
その瞬間、ステーファメルの頭が急激に痛くなる。激しい頭痛に、立っていられない。エリカの声が聞き取りづらい…。
エリカ「貴女達はみんな罪を背負ってるの。でもその話をするべきなのは私じゃない。」
エリカ「来るべき時が来たら…あの特異点が、”ラカトス”が、貴女達に話してくれるわ。」
頭痛がほんの少し軽くなり、目を開ける。そこにエリカはいない。代わりに、後ろから大きな気配がする。
強大なのに、何処か懐かしくて安心する。
頭痛と眠気で全く頭が働かない……
ウェポン「運命は決まっている。そして、私は貴女にそのレールに従ってもらわないといけない。今までも、これからも。 」
ウェポン「記憶や意識を改ざんしたのは無理やり過ぎたかな。でもそうでもしないと…貴女はすぐに全て思い出してしまうでしょ? 」
ウェポン「ね、”お姉ちゃん”。私が、傲慢な三女神に裁かれて力を失った貴女をこの世界に連れて来てあげたように、次は貴女が私に手を貸してね?」
ウェポン「いつか来る、世界の終焉のために……」
Next____
この偽りの世界はウェポンによって作られた、ウェポンの箱庭。
重罪人である人々(罪状:■■■■)は創世の女神たちによってこの箱庭に入れられた。そして、ウェポンはそんな彼らを箱庭の中に閉じ込め、管理している。いわばここは、監獄だ。
ウェポンは箱庭の中に小さな人形劇を作った。ウェポンだけの遊び場。お気に入りの罪人たちをそこに集めて遊ぶ為の小さな小さな国。
ウェポンは箱庭から出られない。
ウェポンは無力だった。
特異点がウェポンに微笑むこの日までは…
コメント
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今回かなり大事ですね。私、獣のマリア見返してて結構分かりづらい文章だな…って思ったのでなるべく分かりやすく努力したつもりです。分からない所あったら聞いてください。答えられないかもしれないけど。 遅くなってすみませんでした。