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ゆらゆらと揺れる細波の音と、波が引き顕わになる、まるで日焼けした黒砂のようなもの。
足の裏に残るべったりとした砂の感覚が、少し煩わしかった。
夏休みも終盤に差し掛かり、8月前半まで全く手を付けていなかった宿題の空欄も、なんとなく埋まってきている。
宿題を片付けている最中も、「司くんは「早くやりなさい」って怒るかな」とか「意外と忘れていた課題が大量にあったりして一気に終わらせそうだな」とか、彼の事ばかり考えてしまって、どうも内容が頭に入っている気がしなかった。
「司くん、遅いなあ」
暇つぶし代わりに、海岸沿いに海の浅いところを足で泡立てる。すると、舞い上がった砂が気泡と一緒にパチパチと音を立てながら消えていく。
その様子が、やけに目が離せなかった。
「(司くんは、僕の事を振ってくれるかな)」
なんてことをぼんやりと考えていると、背後で水面が跳ねる音が鳴っていることに気づく。
「おーーい!!るいー!」
それと同時に大きな声で自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、彼が来たのだと自覚する。
ああ、司くんだ。
「おや、司くん。遅かったね。走ってきたのかい?」
僕がそう言うと司くんは少し驚いた顔をしてから、呆れたように言葉を吐き出した。
「いや、遅かったも何も……お前が待ち合わせの場所にいないから探していたんだ!」
僕は思わず「えっ」と情けない声を出してしまう。
僕はどうしてか、待ち合わせの場所から知らぬ間に離れていたみたいだ。
「『えっ』じゃない!全く……」
「何か面白いものでもあったのか?」と司くんが訊いたので、僕はそのまま曖昧に「ああ、うん」と返してしまった。
嘘をついた。
「……そうか」
これは、
「(…バレてるなーー…)」
流石鋭い司くん、なんて僕が勝手に誇らしげに思うのも、今まで築かれてきた友情関係があったからだ、なんて思えば、少し頬が緩んでしまった。だというのに、これからそれを自ら壊そうとしているのは、僕の司くんに対する期待と切望と、欲。それらの感情が溢れてやまないからだ。
「まあ、そんなことはいいんだ」
司くんは一度息を吸って吐く動作をし、話を切り出す。
「──話とは、一体なんだ?」
・ ・ ・
「………」
「類から『話したいことがある』だなんて、珍しいなと思ってな。…それも、前に4人で来た海で、なんて。」
司くんは僕になるべく緊張させないようにと気を使ってくれているのか、あまり目線を合わせずに少しずつ本題に話を近づけていく。
「そうだね、たしかに…珍しいかもしれないな」
そんな彼の優しい気遣いに対しても、僕はぎこちない返事しかできずにいた。
「(…情けないな)」
ずっと諦めようと思っていたのに、君が「悩みがあるなら教えてくれ」なんて言うから、僕もそれに甘えてしまったんだ。
君が聞こうとしなければ、僕は君の事を諦められた。
君が僕に、光を見せたから。君が、君が──。
「……すまないね。僕は、僕が思うよりもずっと臆病みたいだ。」
「だから……少し、独り言だと思って話すから、聞いてくれないかな」
逃げた。
顔を見て話すのが怖くて、逃げてしまった。
それでも司くんは、僕の目を見て言った。
「ああ、勿論だ」
・ ・ ・
司くんに背を向ける。
「……昨日、言っただろう。本人に明日、相談してみる……って」
「ああ」
「気づいてるだろうけど、その本人っていうの、…君なんだ」
「…ああ」
自分でもびっくりするくらい、うまく話すことができなかった。息が詰まって、言葉が途切れる。
司くんは今までずっと、こんな苦しい思いをしていたんだ。…なら、尚更、話したい。
なのに──。
「…その、…それで」
怖い。
もどかしい。
君がこんなに苦しんでまで僕達に話してくれたのに、僕が期待に応えられないなんて──、演出家としても、友達としても失格じゃないか。
「……それで、類はオレに、……どうしたんだ?」
「…!」
司くんの声は、冷たかった。
頬に缶コーヒーが触れるような、夏の冷たさ。
けど、それでいて……あたたかかった。
「……あのね、僕──」
「司くんの事が、好きなんだ」
言ってしまった。
言ってしまったから、もう戻れない。
彼は、男性から性的な目で見られることに恐怖を覚えているだろう。それは彼の記憶から一生消えることのない、トラウマで。
僕が彼に抱く感情も、そういうものではないと言えば、嘘になる。
でも──僕は
「君を守りたいんだ。君が大事だから、大切だから。君の隣に立つのは、いつだって僕がいい。君の隣で生きていたい。僕の隣で、笑っていてほしい。これからも君を、君の一番近くで守っていたい。だって君は、僕達の──」
「──僕の、一番星だから。」
───
ずっと、手が震えている。
好意を向けられるのが、怖い。
また、あんな思いをしなければならないのかと、思ってしまって。
もう、あんな思いをするくらいなら──、その好意を捨ててしまっても構わなかった。
──類の、目を見るまでは
ふと目を向けたそこには、オレと同じく緊張でか手が震えている類が、立っていた。
先程まで背を向けていた、類が。オレに想いを伝えるために、自分の弱さと臆病さに立ち向かって。
「……かっこいい、な」
不意に言葉が溢れる。
まぶしかった。一生懸命に想いを叫ぶ、類が。
──ずっと、このまぶしさを、見ていたい。こいつの隣で、見てたい。
「……司くん」
「僕と…付き合って、ください」
類は真剣な目で、オレを見つめる。
まだ、少し怖い。もしかしたら、なんて思っていない。けど、時々思い出してしまうだろう。そうしたら、類に迷惑をかけてしまうかもしれない。最初だけじゃない。これからも、ずっと。
──それでも、オレは
「……類!!」
「これからよろしく頼むぞ、オレの演出家!」
類の手を握って、類の目を見て、そう言える。