日本一有名な俳優と言われている私
「櫻崎鈴子」の実の兄「櫻崎拓哉」は
自分の結婚式はなるべくささやかに挙げたいと主張した
そして西日本海自造船協会会長で
今年まで地元の市会議員を務めた
父も母も兄の意見に賛成した
いくら有名人だからといって
このご時世に派手な式をしなくてもよいだろうと
そして兄夫婦は結婚式は
ごく身内だけの参列にし
神戸の二人の思い出がある
オリエンタルホテルの海の見える教会で永遠の
愛を誓った
しかし披露宴は一転してまるでお祭り騒ぎだった
宴は櫻崎家や有名芸能人ご用達のおよそ千人は
入る宴会場で父の実家の熊本からも父関係の
沢山の政界の関係者が招かれた
その昔高校を卒業した兄はそんな父と大喧嘩し
単身一人東京で芸能人になり
数年後には日本一有名だと言われるまでの
俳優になった
私と6歳も歳の離れた兄が成功する数年間は
まったく父含め私や母とも疎遠だったが
兄が日本一有名な俳優になると父も兄の実力を
認め、応援するようになり家族関係は
友好なものとなった
それからは
兄もちょくちょく実家に帰って来ては
親戚や父の知人に頼まれたサインを
するようになった
いわゆる勘当された息子が立派になって
帰って来て頑固者の父と和解した
ありがちなストーリーだ
今思えば私もそれに憧れてたのかも
しれない
そして兄が結婚したい人がいると言って彼女を
連れてきたときは家族全員で温かく迎えた
しかし私は自分の兄が有名人だということは
実は隠したい事実だった
なぜなら必ず兄と比べられるからだ
兄は容姿端麗、妹は普通兄はたぐいまれなる
才能の持ち主で妹は学業も普通
歌も踊りも下手くそ
そして私は平凡な平均偏差値の金持ち私立女子大を
卒業して、父の経営する会社の一つの
市会議員事務所の事務係りで
毎日家と事務所の行き帰りのつまらない日々
このままでは母が進める見合いでも
させられそうな勢いだった
そんな時私は田村俊哉と運命的に出会った
出会いはある日私がスマートフォンを
ショッピングモールでなくしてしまって
とても困って近くにある交番所に駆けこんだ時
運よく私のスマホを拾って届けてくれたのが
彼だった
彼はすっきりとした体形で真っ黒の
キノコのようなマッシュルームカットで
グレー色のウレタンのマスクをしていた
そしてマスクの上から切れ長のすっきりとした
一重の瞳には優しさが輝いていた
私は交番の前で何度も彼にお礼を言って
頭を下げた、すると彼も委縮して
「いえいえ」と頭を下げた
しばらく二人でペコペコと
頭を下げあっていると、中にいる交番の
お巡りさんに笑われた、それを見た私達も
なんだかおかしくなって二人で笑った
私が何かお礼をさせてくださいと言うと彼は
「じゃぁ缶コーヒーでも買って
公園でお話しませんか?」
と言った
私は大賛成だった
そこから二人は公園のベンチに座って
なんと3時間もおしゃべりした
私は仕事の事など特に家族の事を彼に話した
まぁほとんど愚痴みたいなものだったけど
彼は優しく聞いてくれた
そして彼が母子家庭で育った事も話してくれた
両親が離婚して彼は実家のお母さんに
働いて仕送りしてることも話してくれた
私は母親思いの優しい人だと感動した
私は彼と離れがたかった
そして当たり前の流れのように
私達は電話番号を交換し
休みの日にはデートを重ねた
初めて彼の部屋にお泊りデートして
その夜彼に処女をささげた時は嬉しくて涙が出た
彼に抱かれながら重大な秘密を打ちあけた
実は自分はあの「櫻崎拓哉」の妹で
父はこれまた地元では知らない人がいない
市会議員の櫻崎一郎だという事を
彼は信じられなない様な顔で
しばらく目をまん丸にして驚いていたけど
「関係ないよ!
誰が身内にいようと鈴子は鈴子だよ
俺はありのままの君が好きだよ」
そう言って私を抱きしめてくれた
私は涙が出た
まさしく運命の人に出会えた
この人なら生まれた時から兄や家族に引け目を感じている役立たずでみじめな鈴子の運命を
断ち切ってくれるかもしれない
見つけわ!
私の運命の人・・・・
私は付き合って数か月で俊哉と結婚することを夢見た
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
兄の披露宴は市内でも一番派手な芸能人
ご用達のホテルの宴会場で開かれた
すでに1000人の招待客は二度目の花嫁の
お色直し待ちで、楽団の演奏に聞き入って
中には中央のダンスホールでダンスをする
人達もいた
贅を尽くしたコース料理、高級な引き出物、
世界中から取り寄せたさまざまな
種類のワインや酒
父は芸能人櫻崎拓哉の新しい
門出だと言いながら、海自や政財界での
自分の力をここぞとばかりに見せつけた
櫻崎一郎は田舎の小さな造船所で漁船作りから始まり、最初の10年でほぼ日本中の
造船のパーツ製造を受け持つほどの
造船企業を創設した人物だ
そして去年市会議員選で当選し
昭和の成り上がりの見本のような人だ
私が幼い頃はめったに顔を合わせる機会もないくらい父は忙しく、日本のあちこちを飛び回っていたので
父と朝食をとるというのはサンドイッチを口に
ふくみ、市場ニュースを聞きながら
隅から隅まで読んでいる新聞を大きく
広げている姿をただ黙ってじっと見ていることだった
母はそんな父には一切逆らわず、ただ父を支え尽くしこれも昭和の女性の見本のような人だ
母は近所でも評判が良く私の学校行事などには
必ず参加してくれていたが、
いつも婦人会の集まりなどで忙しく
昼間は家を空け気味だった
そんな父の力の見せ場と化した兄の披露宴の
主賓の中には、櫻崎財閥を日本に
知らしめるべく前府知事、テレビでも
経済ニュースの顔で有名なニュースキャスター
兄の知人の大御所女優、俳優陣、
そして義理姉の知人の弁護士軍団
スーパーモデル、有名監督、
政財界のお偉方など有名人のフルコースだ
ここまでくると
ありがたみもへったくれもなかった
そして日本一有名な男優の幸せな姿を
一目残そうと数々のゴシップ記者も
この披露宴を取材に来ていた
エアコンのよく聞いた室内でも
晴れ着姿の私には熱いくらいだった
披露宴のテーブルには温かいロブスターや
スモークしたテンダーサーロインステーキ
キハダマグロのグリルやさまざまな魚介類
そしてどのテーブルにも中央に
チョコレートファウンテンが設置されていて
様々な食材をチョコレートに
つけて食べられるようにしてある
白い手袋をはめたウェイター達がよく冷えた
シャンパンを配り歩くのに忙しくしているのを
眺めながら
幼い頃から母に連れられて数々の
慈善事業のパーティーに行ったけど
これだけたくさんのご馳走を一度に目にするのは生まれて初めてだと思っていた
たまに父に恵まれない子供の話などをすると
大金持ちの家に生まれた苦労知らず娘のありがちな罪悪感だとすぐに一括されたものだ
どんな環境にいても懸命に働きさえすれば
ひと花咲かすことができると父は言った
そうした時代を生き抜いてきた父は地球上でもっとも頑固な人種に属し、夢破れてもなお根性でのし上がってきた
そしてその頑固者の血は・・・・
当然私にも受け継がれている
母は兄は母に似て私の性格は父にとてもよく似ていると言った
披露宴も中盤に差し掛かり
どこを見渡しても人、人、人で
目に映るのはみんなの口ばかりだった
あっちでもこっちでもワイワイにぎやかに
おしゃべりが飛んでいる
今や父は異様な雰囲気を醸し出している
テーブルの財政界のトップの人達に
酌をして話し込んでいる
今父と話している人は・・・・
見たことがる
元この国の首相だ
会話が一段落し父がテーブルから立った
タイミングを私は待ち構えていた
「パパ!」
「おお!鈴子か!
その晴れ着とても良く似合っているな」
父の声はしわがれていて
誰かのご機嫌取りなどする必要のない人生を歩んできた人間特有の気の短さを内面に持っている
「晴れ着の事なんかどうでもいいわ
とにかく私の話を聞いてほしいの!」
「カメラマンが来た、笑いなさい」
父がそう言うと数人のカメラマンが
近寄ってきた、父は私の肩を抱き私も父に寄り
添って笑顔を見せた
まばゆいフラッシュを浴びてからカメラマンが
去り、私達はまたもとの距離に戻った
「どうして俊哉と会ってくれないの?
この間電話で彼と話してくれた時も
パパはとても不愛想で可哀そうに俊哉は
パパに言いたいことの半分も言えなかったのよ!」
「相手の本性を探り出すのには
不愛想にするのが一番いいんだ
腹に何を考えているのかわかるからな」
私は今日ここにいる理由をいよいよ
父に話す時だと思った
「私・・・・彼と結婚するから!
パパやお兄ちゃんが反対しても
もう決めたんだから!絶対よ!」
「ヤツと一緒になったら幸せにはなれんぞ!
あの男は出世しない 」
「どうしてそんなことがわかるのよ!」
「親というものは
伊達に長年生きているわけではない」
私はハッとして言った
「さては!調べたわね!酷いわ!
もっと普通の親らしくしてよ!
私が結婚相手を連れてきたら
両親は気に入ったフリをして
あとは年に数回記念日に連絡を取り合う!
それでいいじゃない!!」
父はうんざりして席について
瓶ビールを自分でグラスについだ
「世間知らずのお前に何がわかる!
私には守らなければならぬものがある
あいつはお前の財産目当てだ!
血の滲むような思いで私が築いてきた
財産をあいつに食い潰されるわけにはいかない 」
私は泣きそうになって言った
「世の中にはうちのお金より私自身を
見て大切にしてくれる人がいるわ!」
「そういうことは
自分で電気代を払ってから言うんだな!」
父の中で
少し怒りのようなものがにじみ出てきた
「誰がなんと言おうと私は彼と結婚しますから!」
「それならばうちのクレジットカードを
置いていけ、お前がヤツと結婚したら
私は縁を切らせてもらう
お前にうちの財産をビタ一文
相続できなくしてやる
それをあの男に告げるんだな、離婚するのに
金が必要だと泣きついてきても知らんぞ」
「ええ!結構ですとも!」
私は泣いていた
式は終盤に入り義姉が自分の両親に涙ながらの手紙を読んでいた
兄がそばに寄り添い
そっと彼女の美しい涙を拭いてあげていた
誰もが感動して泣いていた
はたから見たらその二人に感動して
泣いているだろうと思われるかもしれないが
私はわからず屋の両親の元に生まれた不運と
また両親を説得できない自分自身に
腹が立って泣いていた
同じ涙でもスポットライトを浴びている
花嫁とは雲泥の差だ
なんとか涙をこらえながら母と
笑顔で兄の結婚式の客人を送り出すと
披露宴会場を後にして8階の親族控室に行った
大きな客間を開けると光沢のある
オーガンジーの海のようなドレスの
たっぷりとした生地の真ん中に
義姉の弘美さんが待っていた
シンデレラが履くような美しい
白のヒールは床に放りだされ
流れるように長いキラキラしたレースの
ベールもテーブルの上に投げ出されている
教会で彼女の花嫁姿を見た時
あまりの美しさで胸がキュンとなった
私を見た途端彼女はホッとするような笑顔で
言った
「ああっ!やっと来てくれた
早くこのドレスを脱ぐの手伝ってちょうだい
このパニエ一体何重になってるのかしら 」
「着る時はどうしていたの?」
「三人がかりよ!」
私はおかしくてクスクス笑いながら彼女の
着替えを手伝った
そして一通り彼女のドレスを脱がせた後
自分の着替えに入った
フローリングから一段上になっている和室の
和紙の上で私は着物の帯をほどきながら
彼女にお祝いの言葉を言った
「結婚おめでとうあんなに幸せそうな顔をしている兄は見たことないわ」
彼女が微笑んだ
「私の方こそとっても幸せにしてもらってるわ
あなたも今日はホスト役をしてくれてありがとう」
「結婚してうちの家族の一員になるって・・・
大変でしょ
うちは特別だから・・・ 」
「あら!私は櫻崎家の人みんな大好きよ
あなたの結婚式の時も俄然はりきっちゃうわ」
私は着物ハンガーに丁寧に振袖をかけた
この振袖は成人式の時に特注でこしらえた
200万はする振袖だった
父の知り合いの(こんなのばっかりだ)呉服屋は
歳を取ったら袖を切って訪問着にして
一生着れると言っていたがこんなド派手な
振袖は結婚式ぐらいしか着れないだろうと思っていた
花嫁の義姉はドレスを脱いで
白いジャケットとお揃いのパンツスーツに着替え
ベージュのヒールを履いていた
髪は式の時とは変わって
カールでおろしている
「さぁ・・・それはどうかしらね」
私も家から着てきたワンピースに着替え
楽屋にあるような両サイドに電球が埋め込まれている大きなドレッサーの前に行った
鏡を覗き込みにじんではみ出したアイライナーを
綿棒でふき取る
「これから二次会もあるのにもうくたくたよ」
弘美は笑った
「それでも綺麗よ義姉さん
これを塗って顔色が良く見えるわ」
私はボビーブラウンのリップを彼女に渡した
コスメオタクからしたら
彼女の色の唇にはコンシーラーをはたいて
口紅よりグロスだけの方が映えると意見を
言いたかったが我慢した
「二次会にいくなら
もうちょっと派手なアクセサリーでも
よかったわね、私の持ってるヴィトンの
ネックレス持ってくればよかった
貸してあげるのに」
「彼と私の友達でまだ騒ぎ足りない人達の
ための二次会だから着飾るのはもういいわ」
私は精いっぱいの明るい笑顔を見せていた
つもりでも心の中のもやもやを
見抜かれしまったようだ
義姉さんが気遣かわしげに言った
「披露宴ではあなたのボーイフレンドを
呼べなくてごめんね・・・」
「婚約者よ!結婚するの!」
私はすかさず訂正した
「ああ・・
そうね婚約者の彼を呼べなくてごめんなさいね」
「どうせ兄と父が反対したのでしょ?
いいのよ気を使ってくれなくて」
それから義姉は辛抱強く私の話を聞いてくれた
私は俊哉と出会い恋に落ちた事を話した
けれど家族は誰も彼を認めてくれないこと
私は聞かれてもいないことをあれこれ説明した
「彼は病気のお母さんを面倒見てるの」
とか
「私本当に幸せなのよ」など
二人の関係の過去の話など時々義姉は
「仕事は何してるの?」
とか
「社会保険?それとも国民健康保険?」
とか弁護士らしい事を聞いてきた
私は社会保険と答えたが
実は最近俊哉は仕事を辞めてしまって保険は無かった
でもそれは俊哉の勤める会社があまりにも
ブラックすぎたから私は話を聞いて
(もちろん彼側からだけの話だけど)
そんな会社は辞めて当たり前だと憤慨した
それを義姉に話しているときはなんだか
悪い事をした子供の言い訳みたいになっていた
それでも義姉は親身になって聞いてくれた
そして一通り話終えた後義姉はこう言った
「もしよかったら二次会にお呼びなさいよ!
今からなら気心知れた人ばかりだから
遠慮はいらないわ私も会ってあなたの
婚約者君と話してみたいし」
「それは無理だと思うわ・・・」
私は意味ありげに言った
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
兄の結婚式が終わって意気揚々と
俊哉のアパートに向かった
やっと気が進まない実家の行事が終わった
ドアを開けると部屋の隅で
荷造りしている彼がいた
ダンガリーのシャツを腕まくりして
腰までのジーンズからはロゴが入った
カルバンクラインのトランクスの
ゴムが見えている
私が誕生日にプレゼントしたトランクスだ
彼はブランド物のパンツなんか
初めて貰ったと喜んだ
私はその笑顔が大好きだ
私はそっと後ろから彼に抱き着いた
「あれ?・・・早かったね
もうお兄さんの結婚式は済んだのかい?」
優しく頭を撫でられた
「・・・・もう家には二度と戻らないわ
あなたと一緒に行く」
俊哉はじっと私を見つめた
彼の瞳がキラキラしている
「君は本当に・・・いいのかい?
こことは離れて僕の実家の近くの
京都にいくんだよ?
君はあっちに知り合いも誰もいないんだろ?」
「あなたがいればそれでいいの」
「リンリン・・・・
愛しているよ・・・・ 」
彼は頭を傾けて私の唇をとらえ
ゆったりと甘い口づけをしてくれた
私は彼があだ名で「リンリン」と
呼んでくれるのが大好きだった
私たちは笑いながら、手をつないで
最後の荷物を彼の軽自動車に乗せた
そしてその足で京都の市役所に婚姻届けを出し
焼き鳥屋でビールのジョッキを
ガコンと合わせてお祝いした
初めて行った居酒屋は煙くて
薄汚かったけど人々が醸し出すエネルギーに
興奮し美味しい焼き鳥を沢山食べた
「これからよろしく!奥さん」
彼が私に微笑んだ
私は素晴らしい人を見つけた
私は彼と新しい人生をスタートする
いつでも兄と比べられて一族の
落ちこぼれの櫻崎鈴子ではなく
素敵な旦那様の新妻(田村鈴子)として
そう
私は幸せになるんだ
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
私と俊哉の結婚にあくまでも反対していた父は
駆け落ちなどしたら一生勘当だと脅し
私のクレジットカードを文字通り止めた
そして私は喜んで
櫻崎財閥の財産を一切放棄した
この件で母と初めて口論になった
母は私が勝手に籍を入れたことに
激怒し非難した
彼女は私に今も父は私を愛しているし
私の事をとても心配していると言い含めた
「でしょうね」
私はぶっきらぼうに言った
「思い通りに動かせる駒程度にはね
パパは自分のお飾りとして
可愛い娘を愛してくれてるだけなのよ
実の父親に逆らう小生意気な娘じゃなくてね」
母は電話口で言った
「いつか―――」
「必要ないわ、ママも結局は私の気持ちより
パパに従うことを選ぶのよ!
私が今までどんな気持ちだったのか知ってた?」
もう涙声は止められなかった
「私はあの大きな家でずっと寂しかった!
誰も私の意見など聞いてくれなかったわ
ママもパパも娘の幸せよりもお兄ちゃんや
世間体ばかり気にして、もう沢山なの!
仮面家族なんて!
私のことは放っておいて
ママとパパにはお兄ちゃんと
素敵なお嫁さんがいればそれでいいでしょ」
すべて吐き出した頃には
心臓がドキドキしていた
それからしばらくママとの連絡は途絶えた
俊哉の実家の京都の街は
混雑した大阪市内と比べたら整然としていて
都会的な所に昔ながらの茶屋町や寺があって
不思議だった
道路も冷たいコンクリートの区間もあれば
歴史がある石畳を敷き詰められた場所もあった
上品なのだが
一見裏に回ると雑踏など表通りとは
ガラリと変わって雰囲気が一変する印象があった
まるで上品で気取って
見くびられることを極端に恐れて
外見だけを気にする事に頭を悩ます女性のようだ
俊哉の母親は痴呆症で24時間完全介護の
特別養護施設に移った
彼の母親は俊哉の顔がわからず
彼は施設の入居料を他の異母妹達と分け合って
少しだけ払うだけの面倒を見ているようだった
彼の両親は離婚してお互い再婚していたが
ほとんどの身内が京都周辺で暮らしていた
両親は彼が幼い頃に離婚し
それぞれが再婚している
なので彼にはそれぞれの
親の再婚相手の連れ子や半分だけ血の繋がった
弟妹などが大勢いた
そして私は何度彼に説明してもらっても
複雑すぎて、顔と名前を覚えきれなかった
といっても親戚付き合いはまったくといって
いい程密ではなかったのでさほど困らなかった
私たちは清水寺の近くの小さな
2LDKのハイツを賃貸で借りた
最もその頭金は私のなけなしの貯金の
50万円を使った
彼には貯金がまったくなかったが
私はそんなこと気にしなかった
俊哉は小さな旅行会社の営業に就職し
私は百貨店のおみやげ物売り場で働き始めた
俊哉の仕事はお給料はあんまり良くないものの
旅行会社だけあって色んな所へ
社員割引で旅行できるのが特典だった
私たちは日本中を旅行しようねと笑いながら話し合った
実際彼が勤め出してすぐ私を兵庫県の
温泉宿に一泊で連れて行ってくれた
もちろん社員割引だった
割引で泊まれたものの二人ともお金がなかったので私はお土産に良さそうな温泉パックが
欲しかったけど我慢した
彼は
「ケチケチ旅行もなかなか良いものだろ」
と笑った
その通りだと思った
私は彼と一緒ならどこでも何でも楽しめた
私達の新居の家具は全部(ニトリ)で揃えた
実家のイタリア製の家具やカーテンに比べれば
あまりにも安っぽくて驚いたけど
それでも家具は家具だ
良いところは値段だけだ
私は真っ白で無地のタンスやソファーに
古着屋の布などをかぶせて
なるべく部屋を快適にしようと知恵を絞った
ある日行きつけのリサイクルショップで
フランス製の素敵なアンティークの花瓶を見つけた
私は一目で気に入った
昔母と父と言ったパリの裏道をあてもなく
歩いた時に母が骨董品屋で衝動買いをした
花瓶に似ていた、大きさは10分の一だったけど
私は嬉々として買って帰って飾った
あまりにも無地で安っぽい家具にこのツボは
花が咲いたみたいにそこだけ空間に色が付いた
しかし疲れて帰ってきた俊哉はそれがお気に召さない様だった
「無地のすっきりした部屋にこの花瓶は
ゴージャス過ぎないかい?」
と彼は言った
「安っぽい家具にこの派手な花瓶が
これから流行ると思うわ
本当ならこの花瓶に合わせたカーテンも
欲しいんだけどあんまり
贅沢を言える身分じゃないし・・・・ 」
私は答えた
「なぁ・・・・
君が少しお義父さんの機嫌を
取ったらいいんじゃないかな?
君のお義父さんは京都の駅前にもマンションを
持ってるって言ってたじゃないか
それか新築を建ててもらうか」
私は憤慨して言った
「絶対いやよ!
父に頼るなんて!この部屋が気に入ってるの」
俊哉は私がこの家を快適にしようと
すればするほど気に入らないみたいだった
中流階級の生活も悪くはないといくら私が思っていても、彼の方はそれで私が本当に幸せになれるのかどうか心配なようだ
「絶対私は幸せになれるわよ、あなたがいるもの」
私は微笑んで言った
私の生活環境が変わったことに
大きな影響を受けているのは私ではなく
俊哉の方なのではないかと思うことが
たびたびあった
「君に贅沢をさせてやれないのが悔しい」
と彼はよく口に出した
「私は本当に満足してるから」と
いくら彼をなだめても彼は終始不機嫌で
自分がこんなに気にしてるんだから
君も気にするべきだと言って怒りを募らせた
しかし彼の機嫌が収まると
二人のとても幸せな甘い時間が訪れる
初めて彼に処女をささげた時の事をよく覚えている
彼は私の事をとても美しいと崇めてくれた
この日のためにヴィクトリアシークレットの
可愛らしいレースのチュニックを着ていた
彼もとても喜んでくれた
「触れてもかないませんか?お嬢様」
からかうような口調だったが
触れた手は熱く本気だった
私は終始ドキドキして
呼吸が荒く言葉も出ない
彼は優しくキスしてくれた
最初は短いキス、それからもう少し長く
彼はチュニックのリボンをほどき肩から
滑り下ろすと片腕で私を抱き寄せ胸を愛撫した
ベッドに寝かされ私は飾られた陶器のように
息を荒くしてただ横たわっているだけだった
脚の間を優しく撫でられ…そこに指を侵入された
「痛っ!」
「大丈夫?」
心配そうな彼の顔
途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになった
「う・・・うん・・・」
「じっとして・・愛しい人・・・」
言葉の響きが安心を与えた
彼は私の上に乗り体を重ねて
自分の脚で私の脚を開かせた
覆いかぶさる彼の体の熱にびっくりした
そして彼のその物で私のそこに触れられると
またその熱さに驚いた
彼は私がずり上がらないように
肩をがっしりつかみ、私は固定された
「好きだよ・・・・」
「あ・・・あの・・ちょっと待って・・・」
彼はほんの1センチずつ入ってきた
「ああああ!」
私はあまりの痛さに叫んだ
目をぱっと見開く
「ううっ」
彼がもう少し押し込む
「やめて!大きすぎる!出して!」
私はパニックに陥り彼の下で
手足をばたつかせた
胸で押さえられていた乳房も暴れた
「リンリン・・力抜いて」
「無理!抜いて!!」
「駄目だっ!」
きっぱりと言い、彼は私の口を塞ぎつつ
ぐいっと勢いよく根本までねじ込んだ
ひきつる激痛が体を走った
最初は悲鳴だったのだろうけど
塞がれた指の間から私は息を漏らしその声は
「う~!う~!」
と言ううめき声しか聞こえなかった
彼は獣のように酷く切迫した感じで
私を激しく突き出した
ほんの数回突いただけで彼は体を震わせ
そして荒い息をしながら私から
離れ横にドサリと倒れた
もう口は塞がれていなかったが
声をあげなくても先ほどのショックで
涙はとめどなく流れていた
彼はコンドームを処理し
私を腕枕して私の顔を覗き込んでこう言った
「よかった?」
あまりの彼の言葉に私は頭が真っ白になった
これがセックスなの?
これが気持ちよくなることがあるの?
今でも私の股間は外科手術をした後のように
ズキズキ痛んでいた
でも彼を傷つけたくなかった
「う・・・うん・・・
ちょっと痛かったけど・・・」
彼は優しく髪を撫でて言ってくれた
「君は処女だから最初は痛いけど
大丈夫すぐに良くなるよ 」
彼が言うんだからきっとそうなんだろう
私は彼に微笑んだ
「愛しているよ」
彼の言葉に心が温かくなった
そして何より髪を撫でられて
裸で一緒にこうやって彼のぬくもりに
包まれていることに幸せを感じた
しばらくすると彼がいびきをかいて寝だした
ヌルヌルする股間を洗いたくて
バスルームに向かった
太ももには乾いた血液がこびりついていた
私はゾっとした
股間の滑りはこの血液だったのか
どうすればいいのだろう・・・・
塗り薬とか売ってるのだろうか・・・・
私は洗面器にお湯をはり、そこにまたいで
股間をお湯に浸した
温かいお湯が膣内にしみ込んで
痛みは少し和らいだ
太ももと股間を綺麗に洗い流した時には
出血は止まっていた
私は安堵のため息を漏らした
ナプキンを持ってきていたので
ショーツに当てチュニックを着て
再び彼のベッドにもぐりこんだ
彼は寝返りをうったけど
私をみつけるとすぐに抱きしめてくれた
最初のショックが和らぎ
試しに脚を動かす
今はそれほど痛くなかった
・・・たしかにすごく痛かったけど
きっと彼の言う通り次からは
気持ちよくなるわよね・・・
彼にすりよって彼の寝顔を見る
初めてのセックスは
想像を絶する激痛だったけど
彼は気持ちよさそうにしてくれていた
そう思った途端
私はとても心が温かくなった
これが幸福ってことなんだと私は悟った
小さい頃から両親に抱きしめられた
記憶はなかった、変わりに女性らしさとは
何かという厳しい躾といつも隣り合わせだった
小、中、高と通った女子高も
校則はバレリーナの様なお団子髪に
水色のセーラー服
そして膝下丈のスカート
どんなに寒くてもスカートに素足で白ソックス
個性などまったくなくみんな同じ風貌で
誰が誰か見分けがつかなかった
合コンなどもしたことがなく
俊哉が本当に初めて付き合った人
その人にこれからはこうやって
毎晩抱きしめられて眠る・・・・
もう私は寂しくない・・・・・
私は運が良い
きっと幸せになれる
ズキズキする股関を無視して
私はそう胸に希望を抱いた
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
結婚して最初のクリスマスと新年は
二人で静かに過ごした
彼の親戚にも挨拶にもいかず
俊哉が話して聞かせてくれた内容は驚きだった
彼の地元の友人はみんなそれぞれ家庭の事情で
忙しいから普通の家は正月などは
友人達ではなく家族で過ごすものだと教わった
なるほどと思った
櫻崎の家は毎年クリスマスや新年はいつも
どこかしらパーティーが開かれていて
美味しいご馳走と、人々の間で
名刺が飛び交っていた
普通の一般家庭ではそんなことはしない様だ
「君が悪いんじゃないさ、君をそんな風に
育てた金の亡者の親父が悪いんだよ
君の世間知らずの常識外れな所は
僕が直してあげるから心配しなくていいよ」
俊哉はそう言った
たしかに私は世間を知らない
きっと俊哉の言う通りなんだろう
でも心なしかこの時期ぐらいから
俊哉は私の実家を、悪様に愚痴る事に
遠慮は無くなってきていた
彼が年末休暇の間
私は家事に一生懸命頑張った
朝は俊哉より一時間早く起きて
朝食の支度、かたずけ、洗濯物干し、身支度、
そして午後からは俊哉と出かけ
ショッピングモールをウロウロしたりした
夕食を食べて帰ろうと言っても
贅沢だと却下され
私は帰宅してそのまま夕食の準備
その間俊哉はビールを片手にスマホでゲーム
私が洗濯物を抱えて彼の前をバタバタしても
まったく関心を寄せず
彼が就寝してからも後かたずけ
お風呂と私は睡眠不足になった
やっと連休が明けて
彼が仕事に出かけてくれた時は
心底ホッとしたものだ
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
ある日二人でテレビを見ていると
兄が画面に飛び込んできた
新作映画の発表プレミアムステージを
中継していた
私は画面に食い入るように
結婚式依頼の兄の顔を見つめた
よかった・・・・・
元気そうだ・・・・・・
じわりと涙が出てきた
駆け落ちして以来櫻崎の人達とは
一切連絡を取っていなかった
みんな元気だろうか・・・・・
そんな事を考えていると
高級車のCMに切り替わった
すると俊哉が言った
「なぁ・・・・
君のお兄さんに車を買う金を少し融通きかせてもらうことできないかな?」
私はきょとんとした
「どうして?まだうちの車乗れると思うけど?」
私は聞くと
途端に彼が不機嫌になって言った
「あんな古い車乗ってるの会社で俺だけだぜ?
恥ずかしくて仕方がないよ
それにこんな駅も遠い田舎で車を1台しか
持っていないのってうちだけじゃないか
隣もみんな2台持ちなのに君も、もう一台
あった方が買い物や通勤に便利だろ?」
たしかに毎日の通勤にはうちの車は俊哉が
乗って行ってるので
私は買い物や
通勤など日ごろの足はすべて自転車だった
特に二駅向こうの職場に行くときは
1時間かけていたし雨の日などは傘をさして
最悪だった
数日後・・・・・・
私は駆け落ちしてから初めて兄に連絡をとった
「鈴子じゃないか!
いったいお前は何をしてるんだ!
いきなり出て行って!
一年間も連絡をしないで父が言ってたけど
俊哉君と籍を入れたそうじゃないか! 」
私を責めるような第一声に少しムッとした
でもここは下手に出ることに決めた
「その調子だと私が彼とどこに住んでるのかも
調べて知ってるんでしょうね」
しばらく兄が沈黙した
父は全然変わっていないらしい
本当に俊哉の言う通り金の亡者の支配者なのだろうか
受話器の向こうでは心配そうな兄の声が響く
「いったいどんな生活をしてるんだ?
お前は幸せなのか? 」
私は精いっぱい俊哉の良い所を並べ立て
自分は何不自由なく幸せに暮らしている事を
誇張した
そして幸せに暮らしている人間が
言う言葉ではないことを打ち明けた
「その・・・・・・
少し・・・・
お金を貸してもらえないかと思って・・・」
「・・・・・金に困ってるのか?
俊哉君の稼ぎは十分じゃないのか?」
「いえ!そうじゃないのよ
俊哉はすごく頑張り屋で仕事を
ごく頑張っているわ、ただ・・・
私がうちにもう一台車があったらいいなって
思って・・・今の車は彼が通勤で
乗って行ってるから
私は普段は徒歩か自転車なのよ 」
「車が一台しかないのか?」
兄は驚いて聞いてきた
私はㇺッとして言った
「普通の一般家庭は車は一台しか
持ってないものよ
ミニカーを集めるんじゃないんだから」
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
「うわぁ~!
すごいよ!
来てみなよリンリン! 」
一か月後・・・・・
私達の家の前に
新品のメタルブラックのメルセデスベンツ
Sクラスが届いた
俊哉は興奮してとても喜んでいた
兄は「結婚祝いを何もしてやれなかった」
と言って私の欲しい車を買ってくれると言った
そのことを俊哉に話すと
彼はすかさずこの車を選んだ
こんな大きな車はあたしには扱えない
この車は男性が乗る車だ
たぶん兄も気づいているはずだが
文句の代わりに税金は自分で払いなさいと言われた
俊哉は毎日の通勤にこの車を使い
私は彼のお古の軽自動車を使った
しばらく俊哉はご機嫌で夫婦仲もこれ以上ないぐらいよかった
彼は「良い車には良い女だ」と休日には着飾った
私を横に乗せ二人で何時間もドライブした
こんなに嬉しそうな彼を見れて
私も嬉しくなり兄に頼んでよかったと心から思った
しかし高級車を乗りまわすには
それなりのお金がかかる事は知らなかった
櫻崎家の駐車場には高級車が
ゴロゴロ停まっているのに、私は今まで
まったくの関心を持たなかった
あの車たちは金食い虫で
あそこに止まっているだけでどれほどのお金が
かかってるのか身をもって知ることになった
俊哉はこんな高級車はガソリンはハイオクしか
駄目だと言い
毎月のガソリン代、駐車場代、自動車保険代
何十万もする税金と
一気に家計は火の車になった
所有しているだけでこんなにメンテナンス代や
税金がかかるなんて・・・・・
兄が言ってたのはこのことだったんだ
この頃の私は郵便ポストに入ってる
毎月の請求書を見るのが怖くて仕方がなかった
就職して一年目の彼の所得は低く
この事を俊哉に話すと
「俺よりもっと低い所得で子供持ちの
人も立派に生活しているよ
君のやりくりが下手なんだもっと頭を使えよ」
とたしなめられた
毎月の家賃、光熱費、携帯や通信費・・・・
税金、生活費・・・・
金、金、金
私はいつもお金に悩まされていた
私はもっとパートを頑張ろうと思った