愛情表現にはそれにふさわしい
方法がいろいろあるはずだ
でも妻が苦痛のあまり悲鳴をあげるほどの
荒々しいセックスを強いたりするのは
愛情表現といえるのだろうか・・・・
「君はただ美人というだけだな」
ある日彼はベッドの中でこう言った
「処女だったからと今まで我慢してきたけど
君はベッドではまったくの役立たずじゃないか
男を喜ばす初歩的なテクニックも知らない
その手のビデオでも見て勉強したほうが
いいよ」
「ごめんなさい・・・・
でもどうしても濡れないのよ・・・」
「前の彼女はこうしてくれたよ
ほら・・・やってみて 」
すっかり自尊心を傷つけられた私は
彼にお尻をむけバックの体位で挿入させた
彼はクライマックスはいつもバックの体位だった
激しく彼が腰を打ち付ける
その度に私の体が人形のようにガクガク跳ねる
私は突かれるたび激痛が走り
冷汗をかいてシーツを握りしめ固く心を閉ざした
彼は性欲が強く
特に仕事が休みの週末は辛かった
私が昼食を用意している時に
突然彼が背後から忍び寄り
首筋に荒い息がかかる
私はぞわっと悪寒がはしり
恐怖で全身鳥肌が立つ
逃げようとしても力ではかなわない
彼はいきなりパンティをはぎ取り
一突きで入ってくる
あまりの痛さに叫び声が出る
「痛いのよ!お料理してるからやめて!」
「すぐ良くなるさ」
こうなったら早く終わってくれるのを待つしかない
一分でも早く終わってくれるのを願う
私はキッチンのシンクを両手でつかみ
ただひたすら突かれまくるのに耐えていた
射精をすると彼はすぐに離れて言った
「最後は君も楽しんでいたじゃないか」
・・・早く終わってほしいから
大人しくしているだけよ・・・・
これが夫婦の営みだろうか
まるでレイプではないか
彼とセックスをする度に言葉では
言い表せないほどの虚しさが
募り辱められていた
この頃から私は度々不正出血をする日が増えた
そしてそれは必ず彼と激しいセックスをした
翌日だった
婦人科で診てもらいたいけど
いくらかかるのかネットで調べたら
診察に薬を処方してもらって
内診料に初診料も取られるとなると・・・
お金がかかるので診察をしてもらうのを
伸ばし伸ばしにしていた幸い出血は
ナプキンを当てていると数日で止まった
私のパート先のお土産物屋は
京都の観光地なので連休が続くと
お店は大繁盛期でとても忙しく
私は超過勤務をせざるを得ない状況だった
彼の仕事はカレンダー通りだったので
しばらくすれ違いの日々が続いた
そして休日の彼に車で迎えに来てもらった時
彼のベンツの助手席に座った時
プンと女性物の香水の匂いがした
「誰か車に乗せた?」
私は聞いた
「誰も乗せていないよ」
彼の答えだった
彼は嘘をついたり焦った時には
鼻を触る癖がある
今では彼はしきりに鼻を触っていた
でもやたらに追及して彼がキレるのが怖かった
疑惑は残ったまま私たちは何事も
問題はないかのように夫婦生活をつづけた
超過密スケジュールのために
私は次第にストレスを抱えていった
仕事と家事の両立が出来なくて
心身ともに疲労していた
部屋はいつもちらかりっぱなし
買い物に行けないので冷蔵庫はからっぽ
洗濯物は積み上げて山が出来ていた
「おい!明日着ていくワイシャツが
一枚もないじゃないか!」
日曜日の夜俊哉が声を荒げて言った
「ごめんなさい
今から洗っても乾かないわ
あなた申し訳ないんだけど二日間同じ
シャツを着てくれないかしら」
その言葉に俊哉が切れた
この日は特に彼は機嫌が悪かった
「まったく一度ぐらいなにかを
きちんとやって見せろよ!」
彼は癇癪を起して新婚時代に私が買った
イタリア製の花瓶をベランダに投げて割った
グイッと手首をつかまれる
「甘やかされて育った
小娘をもらってやったのに
君は家事ひとつできないと来てる 」
「働いてるから仕方ないじゃない
それなのに花瓶を割るなんてひどいわ
ならあなたがシャツぐらい
洗ってくれたらいいのよ
洗剤を入れてボタンを押すだけでしょう?」
私はパニックになった
不安と言う名の液体を体に
かぶせられたかのようだった
「君の努力が足りないんだよ!
少しぐらい頭を使ったらどうなんだ
誰のおかげで食っていけてると思っているんだ
悪かったな!
お手伝いさんを雇えるぐらい稼ぎが無くて!」
「そんな事一言も言ってないわ」
彼は怒ってベッドルームに行ってしまい
私は泣きながら割れた花瓶をかたずけた
そのまま涙は止まらず
私は深夜営業のコインランドリーに行って
彼のシャツを洗い乾燥機にかけた
シャツ一枚ごときで
口論しているのが信じられなかった
しかしここで考えた
問題の本質はシャツや私が家事が
出来ない事だけではなさそうだ
どんなに私が頑張って彼に尽くしても
彼は満足することはないような気がしていた
まるで私の愛情をザルに入れて
ザーザー底から流しているように
そこで以前に言われた父の言葉が頭によぎる
あいつはお前の財産目当てだ・・・・
私の実家からお金がもらえないから?
たしかに彼に兄から買ってもらえた車を与えたら
数ヶ月は夫婦仲はそれはよかった・・・・
いいえ!違うわ!
父の言う事なんか信じちゃダメ!
私は首を横に振った
彼は付き合う時にどんな家庭に生まれようと
私は私だと言ってくれた
彼は仕事のストレスにさらされているのよ
もっと私に愛情深く支えてほしいと
願っているだけなのよ
私は帰ってベットで寝ている彼に抱き着いた
「ごめんなさい・・・・
私・・・もっと頑張るから・・・」
彼は抱きしめ返してくれた
「俺のほうこそ悪かった
一度に多くを要求しすぎたよ
あんまり君が家の事が出来ないものだから
でもそういう風に育てられたのは
君のせいじゃない普通の家庭では
妻はみんな出来ることだから
これから俺が教えてやるから
少しでもまともな妻になれるように頑張ろう」
彼はそう言って温かい腕を私に回してくれた
許してもらえたことで私はポロポロ涙をこぼした
仲直りのセックスはいつもより彼は優しくしては
くれたものの相変わらず痛みは酷くて
それでも私は感じているフリをした
そして当たり前のように翌日不正出血をした
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
ある日俊哉が働いている会社の同僚夫婦と
一緒に飲みに行こうと誘ってくれた
久しぶりの俊哉以外の人と触れ合うことに
私はワクワクしていた
俊哉は地元育ちのくせに一向に昔の学生時代の
友人などに合わせてくれなかった
仲の良かった友達はみんな引っ越してしまって
残っているのはわざわざ会う価値もない
連中ばかりだと彼は言った
でも私はそろそろ俊哉の地元でも
気の合う友達がほしかった
だから第一印象が良くなるように上品な
グレーのワンピースを着て行った
俊哉の同僚夫婦は少し年上の
感じの良い人達だった
お酒も進み相手の奥さんとも
打ち解けてきた頃に、お世辞でも
私の事を綺麗で可愛らしいと
奥さんは褒めてくれた
でも俊哉は違った
「僕も最初は彼女の物静かな
所に惚れたんですけどね、でも女としては
全然駄目ですよ胸も小さいし」
彼は私の肉体的欠陥について
冗談まじりに文句を言っていた
同僚もそれを冗談だと捉え笑っていた
二人は私の肉体的欠陥をいじって盛り上がっていた
「豊胸手術を受けさせてやってもいいのだけど
彼女のような背も小さいやせっぽちは
胸だけ変えてもおかしいから・・・・ 」
男性陣は笑って盛り上がっていた
私はとても恥ずかしくなりずっとうつむいていた
同僚の奥さんは同情してくれて
「お酒の席だから・・・」
と慰めてくれた
あなただって最近はビールの飲み過ぎで
おなかが出て来てるじゃない
と私は言い返したかったけど
喧嘩になるのは目に見えていた
俊哉はちょっとでも批判めいたことを
言われると、それに過剰に反応する
どんなに優しく諭しても
いくら彼のためを思って言っても
他人に欠点を指摘されることに
慣れていないのだ
一方私は小さい頃から優秀な兄といつも比べられて生きてきたし
常日頃から家族に手厳しい批評に
さらされてきたのでそこら辺は免疫があった
特に母からはいつも自分の友人の娘たちを引き合いに出し、誰それはとてもお行儀が良いだの
お兄ちゃんはまた映画監督賞を受賞しただのと
私に聞かせた
しかし夫にこれだけ他人の前でこけ落とされて
恥をかいた後ではその人と友情関係が結べるかといえば私は恥ずかしくて無理だった
それ以来彼の同僚夫婦とは一度も会っていない
私は彼の良き妻になるように必死だった
生活が苦しくなるのを承知でパートを辞め
彼が望む専業主婦になった
「食事はまともに作れない
部屋だっていつも散らかっている
君が働きながら家事をするのは無理なんだよ」
と彼は言った
たしかにそうかもしれない働きに行かなければ
時間は沢山あるし彼の世話ができる
彼は小さい頃、いつも仕事に出て家を
開けていた自分の母親に恨みを持っていて
自分が稼いでくるからなるべく私に家に
いてほしいと言った
専業主婦になって初めはとてもよかった
私の時間は彼のためにすべて使えるし
私は日常生活において彼の要求に
従うように躾けられ
些細なことまで俊哉の要求に応え
彼の好みを自分の好みに作り変えた
家でいつも彼が穏やかに過ごせるように心を配った
彼を仕事に送り出してから掃除は隅々まで
掃除機をかけて雑巾で床を水拭きした
浴槽を磨き、便器を磨き、彼の靴を磨き
シーツは毎日変えて洗った
午後からは激安スーパーを何件もめぐって
安くて良い食材を買い込み
レシピサイトとにらめっこして何時間もかけて
手の込んだ手料理で彼をもてなした
彼が会社から戻ってくる前に着替えて
化粧までしてわざわざ出迎えた
夫をつかまえた後は身だしなみすら
かまわないようなだらしない妻には
なってほしくないと言われて
以来ずっとそうしている
彼が帰宅して私は笑顔で迎える
そうすると彼は一つ一つキッチンや
家事を点検していって笑顔を見せる
しかし最近は必ず晩酌に缶ビールを
三本も飲む彼に、少し嫌気がさしていた
彼はテレビを見ながら二本目に入ると
酔っ払ってうつろな目になる
「ねぇ・・・・その辺でお酒やめとけば?」
「何本飲もうと俺の稼ぎで飲んでいるんだからいいだろ」
「私は別に・・・・体に悪いから・・・
明日も早いしもう寝たらと思っただけで・・・」
「君は実家にいた頃
こずかいいくらもらってたんだ?」
またその話?
最初の頃はバカ正直に金額を聞かれるままに
言ってたけど今は私も知恵がついてきている
彼は私の実家のお金の話が大好きで
そして最後には必ず不機嫌になる
「・・・・もう随分前のことだから忘れたわ
あなたと会う頃は働いていたし」
「でもそれもあのクソ親父さんの
会社なんだから重役手当を
もらっていたんだろう」
ぐびぐびビールを飲む
「君もこんな貧乏暮らしをするなんて思って
みなかっただろう?
本当は実家に帰りたいんじゃないのか?」
「そんな!私はあなたの傍で幸せよ!」
彼はこれまでに私が話して聞かせた家族の話は
逐一覚えているのだが彼の中で
勝手に脚色してしまっている所があった
君の家は金はあっただろうが本当の愛情は
誰一人かけてもらっていないなど
「君は本当はこういう人間なんだ」
と決めつける言い方をする
あまりにもきっぱり断言されるので
本当に私自身はそんな人間だと繰り返されると
自分の認識は間違っているかもと疑いはじめて
自信をなくしてしまう
彼が癇癪を起すのが何より恐ろしかった
時には私を壁側に追い詰め
面と向かって激しくなじられた
俊哉に怒鳴られると頭の中が真っ白になって
心臓が恐怖で早鐘を打つ、体が硬直し
ショートするような感覚に陥り
いつか手をあげられるのじゃないかと
ビクビクする
やがて私は俊哉の機嫌をとって
小さな嘘をつくことを覚えた
次第におべっかまで使い始め
あなたは誰よりも頭が良い、
上司よりも優秀なエリートよりも
私の家族よりもなどと彼をおだてたりした
あきらかに彼が間違っている時でさえ
あなたが正しいと言い続けた
そこまでやっても彼は決して
満足する様子はなかった
ある日彼が小さな小冊子を持って帰ってきた
珍しく穏やかでニコニコしている彼を見ると
私もとても嬉しくなった
「職場の同僚からもらった小冊子なんだけど
とても良い事が書いてあってね
君も読むといいよ 」
読んでみると神様がどうとか
輪廻転生がどうとか書いてあった
難しくてわからない所もあったけど
何か一種の自己啓発本のような感じもあった
でも私にはこの小冊子の良さがわからなかった
そして彼が言った
「ほら!一度一緒に夫婦で飲んだ同僚が
いたじゃないか、彼が毎週日曜日に
参加してる集いがあるんだけど
君も一緒にいってみないか?」
「なにかの宗教なの?」
彼は笑って言った
「そんなんじゃないよ
リバティ・トラストという自己啓発の団体なんだ
主にスピリチュアルを専門としていて・・・・」
驚いたことに彼はずいぶん
(リバティ・トラスト)を勉強していた
そしてその団体の教祖と言われている
「一山大善」のユーチューブの法話を二人で見た
「俺が仕事に行ってる間
この本を読んで色々勉強していてくれ」
と次の日俊哉からまた新しい小冊子を渡された
そこには「妻の心得」と書かれた章があった
読んでは見たもののあまり内容が入ってこず
私はリバティ・トラストのHPを覗いてみた
リバティ・トラストには美しい
公式サイトがありウィキペディアの
項目にもなっていた
主催者の一山大善は50代の肌の艶が良い
男性で、結婚していて6人の子供がいた
妻の貞子夫人の顔写真も載っていた
真っ青なアイシャドーを塗った
中年のおばさんがこちらを見て微笑んでいた
ユーチューブの彼の法話の動画が何本が
掲載されていたので何本か視聴してみた
一山は言葉巧みに時にはユーモアを挟んだ
話で人生の苦しみを説いていた
私はぼんやりしながら父の言っていた言葉を
思い出した
父は財産がある家特有の家訓であるように
私も例に漏れず宗教団体には
一線を置き、気を付けるように教育されていた
私の女学校時代の友人関係も
宗教がらみの友人を作らないように
父に厳しく監視されていたものだ
うちは先祖代々の日本神道で新年などは
必ず家族や会社行事で伊勢神宮へ祈願旅行が
あるぐらいの日本神道への信仰が厚い
毎年伊勢神宮へ多額の寄付をしているし
祈祷もしてもらっている
櫻崎の財産目当てで寄付を要求してくる
団体は星の数ほどいるが
とくに新興宗教には父は厳しく距離を置いていた
彼らに寄付をするということは
神社にさい銭を投げるのと同じで
非課税になるのでビジネス的な側面で言うと
寄付金はまるまる彼らの物になり
いったい何に使っているかは不明で
調べる権利はないそうだ
これが父は大いに気に入らなかった
なので一山大善の感動的な法話を
いくら聞いても私の中では
どこか冷めた部分があった
しかしリバティ・トラストについて俊哉が
話すのを素直に聞いていると
彼はとても機嫌がよかったので
私は熱心に聞いているフリをした
そしてある日の早朝駆け落ちしてから
すごく久しぶりに母から電話があった
親戚の父の姉の藤美おばさんが脳梗塞で
亡くなったという連絡だった
「そんな・・・・・
藤美おばさんが・・・・
あんなに素晴らしい人はいなかったのに
突然すぎるわ・・・ 」
私は電話口で大泣きした
数多い親戚の中でおばさんは本当に
私を可愛がってくれた
父とは性格は正反対の人でいつも明るく
優しくて初めて兄と私を幼い頃ディスニーランドへ連れて行ってくれたのも藤美おばさんだった
「おばさん・・・・
最後まであなたの事を心配してたのよ
鈴子はいくつになったのか・・・って
言って・・」
私は溢れる涙を止められなかった
できるなら花嫁姿をおばさんに見せてあげたかった
「お葬式はいつ?」
「明後日よ・・・
今からお兄ちゃん達もこっちへ来るって
おばさんの実家の広島でお葬式はするみたいで」
「そうなの・・・パパの様子は?」
私達の今の関係がどうであれ
父の心情が気になった
父は自分の姉である叔母が大好きだったから・・・
「少し気落ちはしているわ・・・
今日は仕事も休んでいるし
ねぇ・・こっちに来てお葬式に出てくれない?
みんなあなたに会いたがっているわ 」
母は鼻をかみ
喉を締め付け蹴られたような泣き声で言った
「わかった・・・・
車で行くか新幹線で行くかわかんないけど
とにかくそっちへ行くわ 」
「ああ・・・・鈴子
早く会いたいわ・・・・」
一気に涙があふれる
こんな我儘な娘でごめんさいママ・・・・
泣きながらでも母と今後の話をして
何とか電話を切った
そうすると俊哉がベッドルームから起きてきた
「どうした?話し声が聞こえたけど」
「あなた大変!私のおばさんが脳梗塞で・・・」
私はしばらく泣きながらそのおばさんとの
思い出を彼に語って聞かせた
彼はしばらく同情して抱きしめながら
背中を撫でてくれた
いつになく優しい態度に
とても幸せな気持ちになった
そして一通り涙も枯れた頃に
彼が冷蔵庫からアイスコーヒーをグラスに継ぎ
リビングに座りテレビをつけた
「残念だったな
とても辛いだろうけどお葬式に行けないのは
かえって良かったんじゃないか?」
私は驚いて目を丸くした
「え?・・・・
一緒にお葬式に行ってくれないの?
新幹線は高いから車で――― 」
「本当に忘れっぽいんだな?
アルツハイマーじゃないのか?
今週末はリバティ・トラストの法話セミナーに
夫婦で参加するって言ってたじゃないか」
彼に睨まれ私はまごついた声で見返した
「そうね・・・・
たしかに聞いていたわ・・・・
でも家族の不幸があったのだから
そのセミナーはまた次の機会に・・・」
「お前の家族は俺だろ!」
彼の投げつけたアイスコーヒーが
私の腕に当たり、服にコーヒーが
ドボドボかかる
「私は実家の不幸にも立ち会ったらダメなの?」
思わずカッとなって珍しく反抗的な声が出た
ぐいっと髪の毛をつかまれる
「痛いっっやめて 」
「本当に頭が悪いな!
誰がお前の生活費を払ってやってるんだ!
え?リンリン!俺だろ?
お前の家族がいったい
何してくれたっていうんだ!
一円も俺らに恵んでくれたことないのに!」
顔の間近で唾を飛ばされる
「行ったって無駄だ!お前は家族の
厄介者なんだよ!だってそうだろ!
お前が少しでも大切にされてたら
援助するはずなのに、車で行くって
いったってガソリン代はどうするんだよ?
香典代は?
お前みたいな役立たずのタダ飯食らいは
俺が養ってやる他ないんだよ! 」
彼の顔が真っ赤になっていた
魂までズタズタに切り裂かれそうな
鋭い軽蔑のまなざしが帰ってきた
私はそれでも懇願した
「香典なんかいらないわ!
お願い!お葬式に行かせて!」
突然目の前に火花が散った
私は頬を張り倒され
頭がぐらりと横に一回転して
後頭部をリビングのテレビボードにぶつけた
右半分顔面から火が着いたみたいに
熱くなっている
手で頬を押さえていても感覚がない
キーンと耳鳴りがしている
脳みそがずれてしまったのかと思った
自分が俊哉から殴られたのだと理解するのに
しばらく時間がかかった
ぐらつきながらも、どうにか立ち上がった
視界は完全にぼやけてしまって良く見えない
私はむせび泣くのを必死にこらえた
しばらくして怒りに満ちた
俊哉の声が聞こえた
「お前が聞き分けない事言って
俺を怒らせるから悪いんだ
とにかく週末はセミナーに行くんだ
わかったな!」
そして彼はまたベッドルームへ行った
私は身動きできないまま
一体自分の身に何が起きたのか理解しようと
懸命に努力した
しばらくしてスーツに着替えた俊哉が
下駄箱のベンツのキーを握りしめる音がした
「そこ!かたずけとけよ!」
バタンとドアが閉まった音はまるで
牢獄のにいるかのようだった
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
いったいどれぐらいその場に
座り込んでいたのだろう
最初頬の痛みは熱い程度だったが
時間が経つにつれ目を動かしただけでも
激痛が走るようになった
私は恐る恐る
洗面台に行き鏡を覗き込んだ
「・・・・何?これ? 」
右頬がコミック漫画の虫歯患者のように
ありえないぐらいに腫れあがっている
頬骨の所は赤紫色で内出血してた
私は老婆のようなノロノロした動きで
冷凍庫から保冷剤を持ってきて
頬に当てしばらくソファーに横になった
涙が後から後から溢れる
睨んでいる天井が歪んで見える
こんな事は誰にも相談できない
家族も・・・・友人もすべて捨てて俊哉の元へ
やってきたのだから
普通の夫婦で良くあることだとは到底思えなかった
殴られた自分が情けなくて恥ずかしい思いが
骨のずいから漏れ出してくる
こうなって当然なのかも・・・・
勘当された娘が今更
のこのこ親戚のお葬式に出ても恥をかくだけかも・・・・
ましてや香典も持っていないなんて・・・
母や父に恥をかかすだけかもしれない・・
恥の感覚が広がっていくのをどうしても止められなかった
それはおそらくずっと前からいつかそれは
表に出る機会をうかがっていたのだろうか
この結婚はうまくいかないかもしれない・・・・
その思いが噴き出して来て
ゾッとした
小さい頃から私はサービス精神が旺盛で
人を喜ばせたいという思いが病的なまでに強すぎた
中学の頃大好きな親友の
バースディープレゼントに、任天堂スイッチ
をプレゼントして友人に
「こんな高価なプレゼントは
親が受け取れないって」
と言って返された
私はただその子と一緒にスイッチで
遊びたかっただけなのに
そう・・・
昔から人に対して適度な距離感がつかめず
度を越してしまうことがあった・・
それでも俊哉が四六時中嫌な男だったら
私だってここまで我慢はしなかっただろう
彼はこれまで生きてきた中で
初めて私を必要としてくれた人でもあった
機嫌の良い時の彼は本当に優しくて
ユーモア溢れて魅力的だった
好きな音楽やテレビを一緒に観て
肩を抱き寄せてくれた
そういう時の彼はとても愛情深く天使の様だった
私は彼の聞き役で、鏡であり、慰め役でもあって
私のサポート無しでは彼は完璧な社会人になれないとさえ言った
要するに彼は私の最大の弱点に付け入っているわけだ
私は誰かに必要とされたかった
誰かに尽くし必要とされることで
自分の存在意義を見出していたのだ
俊哉といて対処が難しいのが心のバランスが
取れない状況に常にさらされていることだ
私の人生に影響を与えた男性は父や兄だ
彼らはある程度反応の読める人達だった
でも俊哉は同じ行動に対しても
時と場合によって違う反応をしめす
俊哉はとても気分屋で機嫌の浮き沈みが激しい
だから私は何をしてもはたして彼に褒められるのか
けなされるのか自身が持てなかった
そのせいで最近はいつも不安を覚え
自分は家庭の中でどう振舞うべきなのかと
彼の顔色ばかりをうかがってしまう
今朝みたいにいきなり癇癪を爆発させるのは
よくあることだったけど
殴られたのは初めてだった・・・・
思い出しても怖くて怖くて仕方がない・・・・
私は泣きながら割れたグラスをかたずけ
床に散らばっているアイスコーヒーをかたずけた
とにかくこれ以上殴られないように
彼の機嫌をそこねないように
今はそれしか考えられなかった
私は母にラインメッセージを打った
「ごめんさい用事が出来て
お葬式には出られません 」
送信を押すとき
胸が引き裂かれるような気がした
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
その日の晩、俊哉が帰宅した頃には
室内は掃除が行き届き
大鍋にはビーフシチューが焚かれ
室内にはおいしそうな夕食の匂いが充満していた
驚いた事に
彼は色とりどりの花束を抱えて帰ってきた
私は無表情で彼の顔色を伺っていたが
彼の方から頬笑みかけて来てくれた
綺麗なセロファン紙でラッピングされた
花束を突き出して言う
「今朝は・・・・本当にごめん
かわいいリンリン・・・ 」
私に花束を持たせるときつく私を抱きしめ
彼は私の頬にキスをし髪を撫でた
「仕事中もずっと反省してたんだ
あんなことするべきじゃなかったよ・・・
ほんとにごめんね・・・ 」
私はじっとしていた
本当は彼をはねのけたかった
殴り返してやりたかった
でも一番泣きたかった
無言のままポロポロ涙が溢れてくる
ぐすんと鼻をすすって
花束のラッピングをとき花瓶に飾った
「君がお葬式に行くと言われた途端
ブチッと切れちゃてさ 」
「お葬式に行くのはやめたわ」
俊哉はあからさまに嬉しそうだった
「本当に?やぁー絶対そうした方がいいよ
交通費に香典代とかも高くつくし」
「俊哉―――私は・・・・ 」
「葬式に行かなくて浮いた金で
週末デートしようよ!セミナーに行った
帰りでもうまいもんでも食おうよ」
俊哉は頬に手を当てた
「ああ・・・ひどいな・・・
可哀そうに・・・
君が聞き分けないことを言ったから
いいかい?
これからは僕を怒らせちゃいけないよ」
「もう二度と殴らないで」
「もちろんさ!約束するよ」
彼は壊れ物でも扱うみたいに
もう一度私をきつく抱きしめた
「俺以上に君を愛してやれる人間は
この世界にはいないんだ俺にとっては
君がすべてなんだよかわいいリンリン
これからもお互いいたわってやっていこう
わぁ!いい匂いだ!
俺の好物を作ってくれたのかい? 」
「あなた・・・・
夕べ食べたいって言ってたから・・・」
声がかすれてつまる
彼に抱きしめてもらいたい気持ちと
殴り返したい気持ち
出て行きたい気持ちととどまりたい気持ち
彼を愛する気持ちと恐れる気持ち・・・・
こんなにも二つに心が引き裂かれる感情は
生まれて初めてだった
私は囁いた
「本当に痛かったのよ・・・・
怖かったし・・・
二度としないでね・・・ 」
彼は頭のてっぺんにキスをした
「二度としないと誓う!」
俊哉の顔が下がってきた
私は顔をあげて彼のキスに応えた
でもこの出来事が・・・・・・
これから始まる悪夢の序章であることを
私はまだ知らなかった
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