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【すれちがいの温度】
凛は、昔からずっと冴の背中をよく見て、追いかけていた
いつも先を歩いて、ついてこいって顔をして、誰よりも強くて、誰よりも遠かった
兄弟で、好きになっちゃいけないって分かってる
でも――それでも、目で追ってしまう
冴は俺の兄で、俺の初恋の人だった
「バカかお前は またこんなとこで寝てんのか」
「……うるさいな くそ兄貴には関係ないだろ」
いつも通りの会話
優しくなんてしてくれないのに、声をかけてくれるたび、心のどっかがあたたかくなる
あれはたぶん、冬の帰り道だった
冴の手が、ポケットの中でそっと俺の手をにぎった
けど冴は何も言わず、まるで何もなかったみたいに前を歩いていった
「…なんで触ったんだよ」
「さみしそうな顔してたから それだけだ」
たったそれだけのことなのに
胸が苦しくなって、また期待してしまって
次の瞬間には、あの人は俺の兄だって現実に突き落とされる
**
「凛、お前あの女と歩いてたの誰だよ」
「は?クラスのやつだよ そんなのお前には関係ないだろ」
「そうやってすぐフラフラするのやめろよ 見ててムカつく」
「は?なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだよ」
「……っは、知らねえよ 勝手にしろ」
その日、俺たちはいつもより強くぶつかった
冴の言葉が突き刺さって、でも冴の気持ちは見えなくて
なんで怒るのかも、なんでそんな目をするのかも、分からなかった
悔しかった
泣きたくなった
でも、冴のことが嫌いになんてなれなかった
**
しばらく口をきかなかったある夜、台所に降りたら冴がいた
背を向けて、味噌汁をかき混ぜてた
「……腹減ったろ」
「…別に」
「黙って座ってろ 今だけでいいから」
渡されたお椀の中は、俺の好きな豆腐とわかめがやけに多くて
冴のくせに、こんなときだけ優しくて
ずるいって思った
「俺、あ…兄貴こと 好きだよ」
言葉が出た瞬間、もう戻れないって思った
でも、止まらなかった
「兄貴としてじゃない ずっとずっと前から そういう目で見てる」
「……ばかだな お前」
「……知ってる でも、止められないんだよ」
冴は何も言わなかった
箸を置いて、ため息をついて、でもそのあと――俺の頭をぐしゃってなでた
「……俺だって そうだよ」
はじめて聞いた、冴の素直な声だった
「兄貴としてじゃなく お前のことが好きなんだ ずっと我慢してきた」
「…じゃあなんで今まで、言ってくれなかった」
「言えるわけねぇだろ 兄貴が弟好きになったなんて 気持ち悪いって思われるかもしれねぇのに」
「俺がそんなこと言うわけないのに」
気持ちはずっとあったのに
それでも怖くて、踏み出せなかったのは お互いだった
伝えたいことが届かなくて
すれ違って 傷つけて 傷ついて
でもこうして、手を伸ばせばちゃんと触れられる場所にいる
「……なあ凛 お前 俺のことだけ見てろ」
「……うん」
たったそれだけで
世界は少しだけ優しくなった気がした
俺たちの関係は、たぶん誰にも言えないし
これからも迷いながら進んでいくんだと思う
でも、それでもいい
冴の手が温かいから
それだけでいいと思えた