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「イツキ。今日はここまでにしましょ」
「うん?」
「私、もう帰らないといけないの」
時間を見ると、16時30分。
大人からすればあまりに早すぎる時間だが、小学1年生の門限とすれば普通の時間だろう。
結局、俺は第二位相レベル2の魔力を動かして身体の外に出すことができなかった。
どうにも難しい。そういえば『絲術シジュツ』の時も俺は1ヶ月もの間ずっと練習してようやくできるようになったし、身体の外に魔力を出すのが苦手なのかも知れない。
逆に体内魔力操作を行う廻術カイジュツと魔力の精錬せいれんに関しては、どちらも1時間足らずで身につけてるから、そっちが得意分野なのかもって感じだ。
なるほど。
得意不得意見えてきたな。
「ニーナちゃん。今日は魔法を教えてくれてありがとね」
「良いわ。約束だし」
「あ、そうだ。僕のお願いを聞いてくれたし、ニーナちゃんのお願いも教えてよ」
俺がそういうと彼女は少しだけ考え込むようにして眉をひそめたのだが、
「ううん。今はやめる。イツキが『錬術エレメンス』をちゃんと覚えた時に、私のお願いを聞いてもらうことにするわ」
「そっか。分かった」
ニーナちゃんはランドセルを背負うと、少しだけ照れくさそうに続けた。
「イツキ」
「なに?」
「……また、明日ね」
「うん。また明日!」
もしかしてニーナちゃんから挨拶が返ってきたのは初めてじゃない?
おお、なんか距離が縮まった感じがして嬉しい。
まるで友達みたいだ。
俺はニーナちゃんが教室を後にするのを見ながら、そろそろ帰ろうかと自分のランドセルを手にとってから気がついた。
校門まで一緒に帰れば良いじゃん、と。
「あ、ニーナちゃん! ちょっと待って! 僕も帰るから!!」
そういう訳でランドセルを持つと、俺はニーナちゃんを追いかけた。
廊下に出ると、ニーナちゃんは端っこの方で『早くしなさいよ』と待っててくれた。やっぱり優しいよね、ニーナちゃん。
というわけで二人揃って階段を降りながら雑談に興じる。
靴箱で外履きの靴に履き替えて校庭に出てから、俺は聞いた。
「ニーナちゃんってどの辺に住んでるの?」
「あっち側。歩いて20分くらいよ」
そういってニーナちゃんが指差したのは俺の家とは、全く被りもしていない方向だった。うーん。その方向だと一緒に登下校とかは無理か……。
「イツキは?」
「僕はね、あっち」
そういって俺が指差した方向を見て、「逆ね」とニーナちゃんが呟いた。
俺もそう思う。
そんなことを考えながら校門から出ようとしたら、校門に1人の男が立・っ・て・い・た・。
何歳くらいだろう。
見たところは40歳くらいだろうか。
乱雑に散らばった脂ぎった髪の毛と、何が面白いのか薄っぺらい笑顔をじぃっと貼り付けて、男は小学校を見ていた。
あからさまな不審者。
けれど、それに誰かが気がつくことはない。
男は服を着ておらず、でっぷりとした腹を隠す気もなく外に出しており、人間が持っている2つの腕に加えて胸から脂肪ののった三本目の腕が伸びていて、その三本の腕がガッチリと校門を掴んでいる。
そして、男の瞳がじぃっと俺たちの方に向かって降りてきた。
モンスターだ。
見るのは1週間ぶりとかだろうか。
前も校門に立っていたから俺が祓っておいたのだ。
階位は見たところ『第二階位』か『第三階位』ってところだろうか?
そんな強そうには見えないのに、よくも逃げないものだ。
『ね、ね、一緒にさァ。遊ぼォ……』
普通に喋ってきたし、魔力量的には第三階位か。
『お、お名前をォ! 教えてよォ……』
ガチ、ミシ、と、モンスターが握っている金属製の校門が歪んでいく。
……分析してる場合じゃないな。祓おう。
そう思って俺が『導糸シルベイト』を練ろうとした瞬間、隣に立っていたニーナちゃんが浅く息を吐き出した。
「……ひゅう」
隣を見るとニーナちゃんは顔を真っ青にして、カタカタと震えている。
明らかに普通ではない。
「大丈夫? ニーナちゃん?」
「はっ、はっ……」
俺の問いかけにニーナちゃんは答えず、過呼吸気味になって浅い呼吸を何度も何度も繰り返していた。
もしかして、モンスターにトラウマを持ってるのか……?
それは別に、珍しい話じゃない。
子供の頃にモンスターに襲われ、それが一生付きまとうPTSDになる例もあると父親が教えてくれたのだ。
ニーナちゃんがどんなトラウマを持っているのか分からないが、早々に決着を付けたほうが良いことは明らか。だから、祓う。
「『天穿アマウガチ』」
俺の1ミリ以下で細く展開された『導糸シルベイト』がモンスターの脳天を捉える。
そして、属性変化。
刹那、生み出された高圧水流がモンスターの脳天を貫かんばかりに放たれて、
『や、痩せまァす!』
モンスターはそういうと、三本目の腕を腹に突き刺した。
その瞬間、ぷしゅう、とまるで風船から空気が抜けるような音がして、身体が一気に細くなる。
無論、身体も小さくなり俺の『天穿アマウガチ』は空を切った。
「……は!?」
なにそれ!
そんな魔法見たことないけどッ!
『太りまァす!』
そういってモンスターが三本目の腕を胸に叩きつけると、身体が肥大化。
まるまると太って、元の姿になった。
な、何なんだよそのお手軽ダイエット!
腹の底で悪態を吐くが、それと同時に俺は今の『天穿アマウガチ』に今までにない違和感を覚えていた。
……今の『天穿アマウガチ』。
外に出るのがちょっと速かったような……?
『お、面白いでしょォ……? 楽しいね、楽しいでしょ、僕と一緒に遊ぼおよォ』
モンスターの言葉を聞き流しながら、俺はニーナちゃんを庇かばうように前に出る。
そして、魔力の精錬せいれんを行った。
その瞬間、重たい魔力が腹の底に軽い魔力が身体の先端に。
指先にやってきた軽い魔力を糸として練り上げると、刃として放つ。
――ひゅぱッ!!
空気を切り裂く鋭い音が鳴り響くと、モンスターの胸から飛び出していた三本目の腕を切り落とした。
『……痛ァい!!』
モンスターはどろりと鈍色の液体を腕の傷口から流すと、ひっくり返った。
やっぱりそうだ。
軽い魔力で生み出した魔法は、速・い・。
体感だが普通に魔法を使ったときよりも、1.3倍から1.5倍ほど速い気がする。
火力も薄くなるのかと思ったが、モンスターの身体を切り裂いたところを見るに『第三階位』を相手にするくらいなら申し分ない。
問題なのは『廻術カイジュツ』を挟んでいないことで魔法の威力が安定しないことだが、それだって今の一撃でちょっと新しいアイデアを思いついた。
やってみよう。
「ニーナちゃん。落ち着いて。大丈夫」
後ろにいるニーナちゃんの呼吸が「ひぅ」と深く吐き出される。
『あ、遊びたかっタだけなのにィ……!』
モンスターがそういった瞬間、でっぷりとした腹が、ガバリと開いて茶色く濁った無数の歯が並んでいる口が覗いた。
嘘つけ。
俺たちを喰うつもりだったろ。
俺の現世のモットーは、先手必勝。
やられる前にやれ、だ。
再びの精錬。
俺の手元に集まってきた魔力を、右手に留めると右・手・だ・け・で・『廻術カイジュツ』を試す。
「……うん。やっぱり」
その瞬間、俺の手の中で軽い魔力はな・ら・さ・れ・た・。
予測した通りだ。『廻術カイジュツ』は全身だけじゃない。
身体の部分パーツだけの一部分だけで出来るのだ。
魔力の精錬と『廻術カイジュツ』を組み合わせたそれは魔法の早撃ちクイックショット。
和洋折衷、極まれりって感じだな。
そんなことを思いながら軽い魔力で練り上げた『導糸シルベイト』が、モンスターを逃さぬように雁字搦がんじがらめに縛り上げる。そして、『形質変化:刃』によってモンスターがバラバラになって、地面に落ちた。
モンスターはものを言えずに絶命。
黒い霧になって、この世界から消えていく。
俺はそれを見届けると、後ろにいるニーナちゃんに振り返った。
「ニーナちゃん。大丈夫……? 保健室にいく……?」
「うぅん……。大丈夫。大丈夫、だから……」
そうはいうが、ニーナちゃんの顔色は悪いままだ。
このまま放っておくわけにも、1人で帰らせるわけにも行かないだろう。
……家まで、送っていくか。
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