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本作品は、西尾維新著作『<物語>シリーズ』の二次創作作品です。
決して、原作小説の続編などではないので、お間違えのないようお願い致します。
本作品は、シリーズ二十四作目、宵物語以降のネタバレを含みます。
時系列は宵物語以降、19歳暦の話です。
〈1〉
「ビー玉拾い?」
「そうなんですよますよ。最近、クラスのみんなで拾い集めているんですます」
紅口孔雀(べにくち くじゃく)。通称紅孔雀ちゃん(べにくじゃく)。先日の『小学五年生女児誘拐事件』で一役買っていた、蝸牛に求めた少女。現役の小学五年生だ。
今日も今日とて半ドンらしく、国立曲直瀬大学(まなせ)内に設置されているカフェラウンジに足を運び「ここ、空いてますかですか?」と、カウンター席に座る僕に声をかけてきた。
相も変わらずのですます口調だ。
同席してきた紅孔雀ちゃんはブラックコーヒーのホットを注文したあと、脈略もなしに僕にこんなことを言ってきた。
ビー玉拾い。
「はい。一週間前から毎日、通学路に数えきれないほどの数のビー玉がパラパラ散らばっているんですます。実際、それに滑って怪我をしたなんて子もいますです」
だから、クラスのみんなで協力して拾い集めているんですます。と言う。
ふうむ、一見子供から見たらパラダイスのような話だが、先日の『直江津高校女子バスケットボール部員連続木乃伊化事件』や、形だけでも存在した『小学五年生女児誘拐事件』の当事者である僕としては、やはり犯罪の線を疑いざるをえない。
毎日毎日、大量にビー玉が散らばっているとか、明らかに人の手によるものだろう。
ただのイタズラでも許されることではないが、もし仮に大きな事件に繋がっているとしたら、未然に防がねば。紅孔雀ちゃんの通う小学校の評判にも直結するだろう。
事実、怪我人も出ていることだし。
「ーーちなみに、紅孔雀ちゃん。数えきれないほどって言っていたけど、具体的な数とかわかる?」
取り合えず、詳しい話を聞こう。ゴミ拾いならぬ玉拾いをする少年少女のためにも。(なんちゃって)
「えーっと、たしか昨日、竹囃子(たけばやし)くんが今日は三十個も拾ったって」
「三十個!? え、一人で!?」
何者なんだよ、竹囃子くんってのは。
「ちなみに、私は二十個拾いましたでした」
………お恐れ多い。恐るべし、小学校高学年の根気強さ。
だがしかし、わかることはあった。どこかの竹囃子くんが三十個、紅孔雀ちゃんが二十個。当然他のクラスメイトたちも拾っただろうから、少なくともビー玉は、五十個を裕に越える数が落ちているということだ。
たしかにそれは、数えきれない数だ。
「そんなに大量のビー玉が毎日散らばっているとなると、おもちゃ屋か何かの業者がビー玉の郵送中にうっかりして、大量にビー玉を落としてしまったって線も考えられなくはないよな」
「ビー玉って、毎日郵送するようなものなんでしょうかましょうか?」
わからん。
小学五年生からの健気な質問に満足に答えられない大学一年生だ。くそう、みっともない。
後で命日子(めにこ)辺りに聞いてみようか………と言うより、今の僕からこういった雑学関連の質問ができるほどの親密さを持つのは、もはや命日子一人としか言えないの通学路だ。(高校生の頃はもう少しいたのだが………羽川とか)
「何か他に、私から聞きたいことはありますかですか?」
なんでも答えますよですよ? と言う。
普段の僕なら、ここでいかがわしくてハレンチな発言をしていただろうが、相手が小学生なら話は別だろう。
八九寺?(はちくじ) 誰だそいつは。
ともかく。
「そうだな。じゃあ、通学路のコース、一通り案内してくれる?」
「承知しましたでした。でも、それだけでいいんですかますか?」
「ああ、大丈夫だ。あとは自分で調べてみるよーー何か進展があったら、お姉さんを通じてコンタクトを取るから」
まあ、紅孔雀ちゃんの義理の姉、紅口雲雀さん(べにくち ひばり)とは、いまだに正式な顔合わせはしていないのだが………。
紅孔雀ちゃんから、何か聞いてたりするのかな?
「わかりましたでした。では、そろそろ行きましょうかでしょうか」
「あれ? もう出発するの?」
気づけば、紅孔雀ちゃんの注文したブラックコーヒーはもう提供されており、そしてすでに飲み干されていたーー使われた小分けのポーションミルクが四つ、紅孔雀ちゃんのカウンターに置かれていたことには目をつむろう。
背伸びをしてこその子供らしさだ。
僕と紅孔雀ちゃんは、お会計のレジカウンターへと足を運んだ。
「お会計、四百四十円です」
と言う店員さん。
僕がポケットから財布を取り出そうとすると、紅孔雀ちゃんに引き留められた。
「ちょっと待ってください阿良々木暦さん(あららぎ こよみ)」
そう言い、紅孔雀ちゃんははにかんだ。失礼、はに噛みましただ。それは八九寺の十八番(おはこ)だろうーー
「今回は私の奢りですます」
〈2〉
「ここまで辿り着いたことは誉めてやろう。だが、お前はこれ以上一歩も進めん」
北白蛇神社(きたしらへび)で僕を待ち構えていたのは、本作のラスボス………ではなく。そう、皆さんご存知迷子の神様、八九寺真宵(はちくじ まよい)だった。
去年の母の日までは迷子の小学生だった八九寺も、今やこの町を統治する神様だ。全く、大きくなったものだぜ。
ていうか、なんでラスボスキャラだよ。確かに僕、お前とは出るとこ出て決着を付けなくちゃいけないって言ったことはあるけど、そのクエストは『勇気を付ける対決(偽物語(上)かれんビー参照)』で消化されただろうが。
「その燃えるような瞳………そうか、まだ諦めていないのか。いいだろう、私自らが相手をしてやるぞ、阿良ギラギラさん」
「八九寺、たしかに今お前は僕の目を燃えるような瞳と比喩したが、僕の名前は阿良々木だ」
「失礼、噛みましたーーともかく阿良々木さん。今日は何のご用で来たのですか? これでも私、結構忙しいので、出来る限りお早めに済ませてください」
「馬鹿言え、何が忙しいだ。お前がしょっちゅう北白蛇神社に不在なのは、散歩が理由だろうが」
「散歩じゃないです、パトロールと呼んでください………それに、忙しいのは本当です。この後、斧乃木さん(おののき)と千石さんと影縫さん(かげぬい)がおじゃましに来るのですから。身支度などの準備をする必要があります」
怖い怖い怖い。何なんだよそのトリオ。斧乃木ちゃんと千石が仲良い話は聞いていたけど、影縫!? え、影縫さん!?
いや、確かに、斧乃木ちゃんは千石と関わる以前に(というか僕と関わりを持つあの夏休み以前に)影縫さんの式神であり、縛り縛られているツーマンセルであるから、考えてみれば友達の友達みたいなニュアンスなのだけれど、それがあの人、暴力陰陽師となると話は違ってくるだろ………。
むしろそっちを心配したいよ。
「トリオの話は置いておいて、吸血鬼パワーを失った阿良々木さんが、ヒーヒー息を吐きながら山を登ってわざわざこの北白蛇神社に来たということは、私の力が必要な事態ってことでいいのですよね?」
いくつか蛇足が付いていたような気もしたが、(白蛇だけに)八九寺の力が必要なのは本当だ。
「ほら、この前の『小学五年生女児誘拐事件』に絡んでた、紅口孔雀ちゃんって、覚えてるか?」
「ああ、あのお嬢さんですね? もちろん、しっかりと覚えていますよーーもしかしてまた、紅口さんの身に何かあったのですか?」
「いや、紅孔雀ちゃん本人にってわけじゃないから。ほら、涙目にならないで」
ギラギラ燃える瞳ならぬ、うるうる湿る瞳だ。萌えるね。(あるいは燃えるね)
〈3〉
僕は八九寺に一通り、紅孔雀ちゃんの通学路に生じるビー玉の件を伝えた。
ふむ、と八九寺は頷き、言う。
「イタズラかどうかはともかくとして、怪我人が出ているところが問題ですね………まだ生徒間でのことだからいいものの、高齢者がつまずいたりしたら大問題に発展してしまいます」
理解が早くて助かるぜ。
「それでだけどさ八九寺。これ、お前的にはどう思う?」
「どうとは?」
「いや、ほら、紅孔雀ちゃんと同学年で、ほんの少し人生経験を積んでいるお前なら、何か僕たちには思い付かない、柔軟な答えを出してくれるかなって思って」
それで今回、八九寺を頼ったのだ。もっとも、八九寺は年齢的にはもう小学六年生で、実年齢は二十二歳なんだけど………。
「失礼ですよ、阿良々木さん。噛みましたでもなく、本当に失礼です」
おっと、僕としたことが。女性の年齢にとやかく口を挟むなんて、今まで僕が見せてきた紳士な振る舞いに、汚名を着せるようなことをしてしまった。
これでは怪盗紳士だ。
「ああ、すまない。八九寺は永遠の小学五年生だもんな。生涯現役なんだろう?」
「いや、生涯現役って。私もう死んでますけど」
そこを断るのかよ!
当時は二階級特進とか、洒落にならない駄洒落を言っていたくせに!
「どうやらまた死んでしまったらしい」
「それはデストピア・ヴィルトオーゾ・スーサイドマスターの決め台詞だろうが」
僕はキメ顔でそう言った、だ。
「阿良々木さん、キャラが渋滞してますよ。いくら二次創作だからって、好き勝手にキャラクターを登場させては、ストーリー展開が難しくなってしまいます」
閑話休題。
「でさ、八九寺。結局のところ、何かわかることはあったのか? 周りよりほんの少しだけ、人生経験を積んでいる小学五年生として」
「ええ、ありましたよ。ですが、それに限っては別に、私の力を借りずとも、阿良々木さん一人で解決できるものでしたよ?」
なんてことだ。僕は北白蛇神社までの道中、しのぎを削ってまで山を登ってきたというのに。
「いえ、これまでが無駄だった訳ではありません。むしろ、ウォーミングアップと言うか、予習のようなものですからね」
ひとまず、と言う八九寺。
「紅口さんの通学路を、もう一度一人で歩いてみてくださいーーくれぐれも、落石にご注意を」
なあ八九寺、お前の言う落石ってのは、まさか宝石玉なんかじゃないだろうな?
〈4〉
八九寺に言われて、ようやくのこと気がついた。なんと、紅孔雀ちゃんの通学路、丘の下にある。
紅孔雀ちゃん本人と歩いたたときは、ビー玉が落ちていないかと、地面ばかりを見ていたからかな。
だが、確かにこれは落石注意だ。ビー玉の問題より先に、通学路の変更を求めたほうが吉なのかもしれない。紅孔雀ちゃんのクラスメートたちも、僕のようにビー玉を血眼(ちまなこ)になって探していたら、うっかり落石に気付かずに………なんてことも、なきにしもあらずだし。
まあ一応、丘の上は竹やぶになっていて、それらが壁となり落石を防いでいるのだと考えれば、学校側がこの道を通学路にしているのも、いくつか納得するところもあったが………。
僕は昼に紅孔雀ちゃんに案内してもらった『一番ビー玉が落ちている場所』に着いた。どうやら少年少女たちは僕が思っている以上に清掃に力を入れているらしく、ここに来る道中はおろか、この一番と称される場所にすら、ビー玉は一つも転がっていなかった。
「………紅孔雀ちゃんに、現物を見せてもらうべきだったかな」
僕みたいなやつがただ突っ立っていても仕方がないので、僕は近くの茂みで待ち伏せをすることにした。
もちろん、犯人を捕まえるためだーーただ、この立地上件(丘の下)を見ると『地面にビー玉を散らばしている人』よりかは『丘の上からビー玉を転がしている人』のほうが、少しの信憑性と現実味が出てくる………なら、丘の上で待ち伏せをしたほうがよかったとも思うだろうが、僕が現物を見れていない以上、落ちてくる、または散らばされている最中のビー玉を目撃しなければいけない。
毎日ビー玉が散らばっているとなると、二日に分担しての作業というのも難しい。
「ーー早い内から、神原(かんばる)に連絡を取るべきだったかな」
何故か、僕の金髪ロリ奴隷よりも忠義を誓ってくれる女子高校生だ。
心強いことこの上ないのだが、残念ながらついさっき、僕はこの丘を螺旋状(らせんじょう)に駆け抜けていく、カマイタチのような少女を目撃したのだ。あれは神原で間違いないだろう。
あいつはランニングをする時に携帯電話を持たないタイプだから、追い付くことはおろか、連絡を取ることすらもできない。
「一人で頑張るしかないか………」
まあ、僕の影には鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼に当たる、金髪金銀のロリ奴隷こと、忍野忍(おしの しのぶ)が潜んでいるのだが、僕たちは表裏一体でこそないものの(それこそ、扇くんじゃないものの)、鎖のごとく互いをガチガチに縛りあっている間柄なので、分担作業なんてとてもできそうにない。
…………一応、影に縛られたまま分担作業ができ、なおかつ、あの元締めの臥煙(がえん)さんにお叱りを受けない作(逆に、一本取られたと言わせられるような)を思いつかなかったわけでもないのだが、それをやってしまうと、縛りの作法に反すると言うか、ひょっとしたら今頃北白蛇神社に着いているであろう、影縫さんから正義の拳こと正拳突きを、一、二発貰う羽目になりそうだったので、今回は喉の奥にしまっておくことにした。
羽目を外せば、最悪僕たちの無害認定が解かれてしまう。
それに、この作をいざ実行するとなれば、いずれにしよ、この丘を登らなければならないわけだし。持ち場を離れるなんてのは、待ち伏せのタブーだろう。
ーー〈物語〉シリーズお馴染み、語り部が自身のモノローグを地の文で語る行為をした僕はうっかり、それにつられて、ふと丘の上に目をやった。
否、うっかりもとい、時来たりだ。
光の反射で輝く”それ”は、丘の上からパラパラと音を立てながら転がり、例の『一番ビー玉が落ちている場所』へと宙を舞って落ちていった。
文字通りで、見た通りの、落石注意だった。
〈5〉
「それで、どうなったんです? 落石ではありませんが、今回の落ち。もとい、今回のオチは」
僕は今回の出来事を、扇くんに話していた。最初の結果報告が当人の紅孔雀ちゃんでもなく、助言をしてくれた八九寺でもなく、全く関係のない扇くんだというのは、なんとも奇妙なことではあるが………、僕が現場をあとにした後、待ち伏せしていたかの如く登場してきたのが扇くんだったので、帰り道の話題として、二人で盛り上がっていたのだ。(扇くんて盛り上がるとは、これいかに)
茂みからもぐらのように出てきた扇くんには、こいつが犯人ではないかと疑念を持たなかったと言えば嘘になるが、それを口に出す必要はなかった。
「自然現象だったよ。それも、かなり貴重な」
この”かなり貴重”と言うのは、人の手が完全に加えられていないことーーでもあるが、今回は明らかにそれ以上のことだった。
「へえ」
薄っ。反応薄っ。薄いのはそのひきつった笑顔だけにしてくれ。
「………まあ、現物を見てくれ」
そう言い、僕は扇くんに、現場からいくつか採集した『天然のビー玉』を渡した。
扇くんはそれをじっくりと眺め、街灯に重ね、片目をつむり、もう一方の目にビー玉を当てた顔面で僕を凝視し「逆さ暦ですね」と一笑した後、はいはい、と言う。
時間にして二秒ジャストの出来事だった。
突っ込む暇もない二秒だ。悪口なんて軽く聞き流してしまいそうになる………、いや、いかんいかん。
こうして彼の口車(それもアクセル全開の)に乗せられて、僕は今まで失敗を繰り返してきたんじゃないか。
こよみアンドゥだ。
「同じですね。孔雀ちゃんから見せてもらったビー玉と同じです」
「なあ、扇くん。頼むから、紅孔雀………孔雀ちゃんにだけは、近づかないでくれるかな?」
「ああ、いえ、孔雀ちゃんとの面識は今だありませんよ。少し、雲雀さんのお家にお邪魔して適量を拝借してきただけです」
マンションのオートロックをどうやって回避したのかや、他にも倫理的にいろいろ聞きたいことはあったが、それに関しては僕も前科二犯のプロフェッショナルと言うことで、目をつむっておいた。なんなら僕は、その雲雀さんのベランダの窓を割って侵入したことがあることだし………まあ、厳密に言うとそれは、斧乃木ちゃんの手、もとい指によるものなのだがーーそこは死体人形を頼った(使った?)僕の罪に数えられるだろう。
いや、いやいや、違う違う。話が大きくそれている。余罪を告白して何になるんだよ。
このままでは余物語になってしまう。この作品は創物語だろうに。
閑話休題。
「不法侵入者の話はさておき、阿良々木先輩。このビー玉ですが、正体はもうわかっているんです?」
この後輩今、僕のことを不法侵入者って言ったか?
新たなレッテルを張られるのはごめんだぜ。ただでさえ『児童虐待の専門家』なんて、ものすごい誤解と偏見を招きかねないレッテルを張られているんだから。
「ーーいいや、まだだ。この後、命日子に調べて貰おうと思って」
「はあ、感心しませんね。阿良々木先輩は。もとい、不法侵入者は。大人になった今でも他人の力を借りるなんて。そう言ったことは高校生までだと割りきって、裏面である僕の十八番にしたってところなのに」
「そこを付かれるとぐうの音も出ないのだが………だがな扇くん。君ってそんな、人を頼るようなキャラだったっけ?」
どちらかと言えば、長々と話をした後、遠回しに助言をするようなキャラだ。
扇ちゃんの頃は、推理小説やコメンテーターを嫌い、単刀直入や簡潔明瞭を好む性格だったのに…………。
僕と事実上の決別をしてから、こんなにも価値観が変わっているのか、この子は。
いや、違うなーー神原の裏面となったからか。
「扇くん。君は一体、何を知っているんだい?」
「僕は何も知りませんよ。あなたが知っているんです、阿良々木先輩。強いて言えば、あなたの知らないことくらいです」
はっはー、あなたの知らない世界ですね。
と言う。
………世界どころか、僕はまだ、まともに県外すら出たことがない。
世界の知識なんて、歴史の授業レベルだぜ。
ともかく。
「僕の知らないことって、一体なんなんだ?」
「このビー玉、もとい、宝石の正体です。あ、いけない。いっちゃった」
てへ、と可愛い子ぶってみる扇くんだったが、宝石? このガラス玉がか? それはいくらなんでも話が飛躍しすぎているーーいや、扇くんが言うなら、それは正しいんだろうけど。
「正確には、オパール状のシリカです。阿良々木先輩、あなたも見ましたよね? 岩の隙間に、ぎっしりとつまっている、ガラスのような石英を」
「ああーー」
丘の上からビー玉が落ちてきた直後、僕は犯人を捕まえようと、その近辺をくまなく捜索したのだ。
隙間なく、捜索した。
そこで見つけた。苔むした岩に挟まる、ガラス玉の石英を。
それはまさしく、ビー玉のようだった。
「このビー玉は、その石英のーーつまり、鉱石の粒だったってわけだ」
「ですです」
最後にーーと、扇くんは聞き残したことを聞くように口を開いた。
「阿良々木先輩の言う、あの元締めを唸らせる作って、結局なんだったんですか? ほら、忍ちゃんを影に縛ったまま、別行動をしてみせるってやつ」
「ああ、あれね………、僕が丘の上まで登って、後ろから証明のように、携帯電話のライトで僕を照らすんだ。そしたら、長く伸びた僕の影が、丘の下の『一番ビー玉が落ちている場所』に重なるかなってーー」
隣をみると、僕と並列に歩いていた扇くんは、影も形も消えてなくなっていた。
いや、紛れたのだろう。
『暗闇』の中に。
次の日、僕は国立曲直瀬大学の講義室にて、命日子に先日の一部始終を話した。
これが自然現象である以上、今回に限っては、数学科である僕の専門分野ではないからな。命日子の知恵を借りるとしよう。
「■■■■■■(専門用語などが大変多く使用された、僕みたいなやつじゃ理解のしよつがないような説明文)」
ーー命日子の解説をやさしく翻訳すると、どうやらこの現象は、地面の下の粘土層で生成された天然のガラス(扇くんの言っていた、オパール状シリカだ)が、長年の風化で砕け、雨水とともに斜面から流れ落ちるという、非常に珍しい自然現象らしい。
「非常に珍しい、自然現象ねえ………」
この町にキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが飛来してから、約一年と半年が過ぎようとしているが、この現象そのものがその影響を受けているものだと考えても、何も不思議ではないだろう。
否、違うな。
風化というのがどれほどの年月をかけるかなんて、僕には知りようもないのだが………だが、もしそれが、五百年前、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが初めて日本に訪れた時に始まったものだとすれば………。
「まあ、私も阿良々木ちゃんの話を聞いたときはびっくりしたよー。こんな現象、百年生きても、そう見れるものじゃないよー。目から鱗が落ちたよー」
目が風化して、宝石が落ちたよー、と、言う。怖いよ。
「言葉遊びもほどほどにな………」
「えー。それ、阿良々木ちゃんが言うー? 」
そんな雑談をしながら、僕は曲直瀬大学の講義室をあとにした。向かう先は、曲直瀬大学のカフェラウンジだ。
命日子と一緒に食べるという選択も、なくはないのだが(むしろ、よろこんでするのだが)、今日は女性と、待ち合わせをしているのだ。
社会人らしく、僕は待ち合わせ時間より十分早く、カフェラウンジに到着した。(社会人になったからには、十分前行動は積極的に取り入れたいものである)
しかし、なんとその女性は、僕より早く待ち合わせ場所のカウンター席に座っていた。
脇にグラスが置いてある。どうやら、しびれを切らしてドリンクを頼むほど待っていたらしい。
僕は足早に、その”女性”の近くまで歩き、
「ここ、空いてる?」
と、カウンター席に座る、チューリップ帽を被った白いブラウスに、サスベンダー付きのスクールスカートを履いたトランジスタスレンダーに、僕はそう問いかけた。
小さな背中の脇から見えるグラスに注がれていたのは、ホイップクリームがたっぷりとトッピングされた、見るからに甘そうで、とても大人には飲めないような………ミルクセーキだった。
ーーまあ、自分にとことん甘えて見なきゃ、子供じゃないってもんだよな?
(終)