「ガタンガタン…」
列車独特のこの音は何故か心地よく感じる。ボックス席に座り、太宰と向かい合う形になっている。その男は本を広げ下を向く、長い睫毛が魅力的だった。途中それに飽きを感じたのか目線を前に向け、僕と目線があった。
「あれ?乱歩さん、ずっと私の方を見ていたのですか?」
「えっ、なんで…?」
「だって…」
そう言い太宰の目線を追って窓の方に目を向けた。そこには、雪が溶け、青々とした海岸に宝石のようにキラキラと光るジュエリーアイスが一面に広がっていた。言わば、太陽の光によって美しく輝く氷の塊だ。別の地域から来た僕は、その名前を知っていても実際に見るのは初めてだった。
「綺麗…」
あぁ、確かに、綺麗ですね。それに魅了されている貴方様の方が、こんなものよりも、とても。
「本当に、美しい。」
列車の音は何故かいつもより耳に響いた。
「ここから歩いて20分くらいですかね。」
腕を露出し、男は時計を見た。腕時計…僕には思い出があった。何故だかそれを聞いてほしくてたまらなかった。
「ねぇ、太宰」
「はい。」
「僕の昔の恋人について聞いてくれる?」
普段乱歩さんの聞き役としては慣れている私ではあるが、私の承諾が加味される振り方は初めてで少々驚いた。興味はある。
「是非。」
いつも通りの声質でそう言った。男ふたりは古びた無人駅を出て1本道を足並み揃えて歩いた。
「僕、昔から愛が分からなくて」
「ううん、このことは前にも話したと思うんだけど、大事なのはそこじゃなくて、」
「警察学校にまだ在学してたとき告白されて、断る理由も無かったからある女の子と付き合ったんだ。」
「彼女は僕のことを確かに愛してくれた。それが「依存」や「執着」の形であれ。」
「でもね、やっぱり貰った無償の愛を上手に受け止めるのが難しくて。」
「そんなこともできない僕自身が情けなくて、自傷行為をいつしか始めてたんだ。」
「それが、彼女にバレて気負いしちゃって自然消滅。」
「腕時計…貰った日だったかな。」
その横顔はとても悲しそうだった。私の腕時計を見てフラッシュバックしたのだろう。真夏の日でも頑なに半袖を着ない理由はそういうことだろう…
少し間が空いて彼は小さな声で喋り始めた。
「僕は人を愛せないから、いや…生まれつき…」
ブツブツ聞こえるか聞こえないかの音量で独り言を呟いた。
私は乱歩さんを抱きしめた。この手で。
「大丈夫ですよ。私がいます。今までたくさん悩んでたくさん苦労しているのだって私だけ、私だけが知っていますよ。何も、乱歩さんは悪くないですよ。」
それを聞いた彼は安心したのかしばらく何も言わずそのままでいた。
長い沈黙から先に口を開いたのは天使だった。
「だざい」
「ん?」
「今日どこかにふたりで泊まりたい、もっと知りたい。」
そう言うと男は僕を強く抱きしめ顔を近づけてこう言った。
「せっかくの遠出、海沿いまで来たので最初からそのつもりでしたよ。」
最初から、偶然か必然か僕には分からない。人の愛に疎いものはそれはあまりにも甘すぎる…意識を失いそうになるほど、苦しくなる。どこまで溺れたら苦しくなくなるのかな…?
「うわーこのベット凄いふかふか」
そう言って白いベットに飛び込み足をバタバタさせている。
「こんな良いホテルあるんだねー」
「ええ、海沿いで、海月の水族館がある場所なのでそれなりに観光スポットになり栄えているのですよ。」
乱歩さんの方を見ると、うとうとして目をゆっくり開けたり閉じたりを繰り返していた。
「僕…体力ないなー、眠い」
眠たそうな声でそう言い枕を抱き抱えたまま眠ってしまった。そうとう疲れていたのだろう。
「私は、シャワーでも浴びてきますかね…」
このホテルは温泉や露天風呂など無く、その代わり各部屋の内風呂は装飾がかなり豪華に作られている。食事は朝と夜の2回。ビュッフェ形式だ。シャワーを浴びたらアイスでも買いに行こうかな。咀嚼が苦手な彼でも食べられそうだと思ったから。そう言えばこの前、
「こたつで食べるみかんとアイスが最高だったよ。特にバニラアイスが美味しかった。」
なんてこと話してたっけ…今の時間は大体昼の11時くらいだろう。夕飯までまだ時間はあるし乱歩さんが起きてからでも館内を見て回って目ぼしいものがあったら、そっちの方が喜びそうだ。
キュッ…蛇口を閉めてタオルで体を拭く。この館で用意されている甚兵衛を羽織り布を頭に被りドアを開けた。
案の定まだお休み中だ。最近、彼が日に日に弱っている気がしてならない。憶測だろうが、私の勘は大抵当たる。今すぐ、とはならないが…いや、考えるのを辞めよう。
ふわふわする。知らない人の匂い。あぁ、ホテルに着いたらすぐ寝ちゃったんだ…最近、眠くて仕方がない。太宰…怒ってないかな。
床に足をつき太宰を探した。襖を開けると読書をしていて首にタオルを巻いてる男がいた。それに集中している彼はこちらに気付いてない素振りをしており、昼間の日に照らされる彼は髪も瞳も甘露のような、神秘的な色をしていた。
時間が停止したように静止している僕に男は気付いた。
「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」
「えっ、あ、うん。」
「夕飯までまだ時間が有るので館内をご一緒に歩こうと思いまして。」
それを言われて嬉しかった。だけど…何故だろう…太宰が、この男が他の人の目について欲しくない気持ちがあった。嫌に身震いする。今まで自重出来ていた身体はもうそこには存在しなかった。
私の提案がお気に召さなかったのか、乱歩さんは下を向いていた。もしかして、まだ体調が優れていなかったのか。心配になり彼の方に駆け寄った。
「乱歩さん、顔色が優れていないようですよ。横になった方が…」
次の瞬間私は床に押し倒されており、彼は私に馬乗りのような体制になっていた。
動揺していたがそれを見て何故だが冷静になった。カチカチと音を立てて彼は私の首筋に刃物を当てた。
悲しそうな、今にも泣き出しそうな、それを悟られないための震えた大声で彼は、
「今、ここで殺したら太宰は一生僕のものだ。誰の目にも触れず、最後だって僕だけが、僕だけのものになるんだ!!!」
その目には光など無く、血走っていた。どうしてこんな状況なのに人間の興奮状態は瞳孔がこんなにもはっきり開いているのかなどと考えていた。
私の首筋に少しの痛みが走る。
この痛みでは…死ねないことくらい私は知っている。伊達に自殺未遂をしてきた訳では無い。1つだけ分かることは彼の力ではどんなに鋭利な刃物でも静脈を、出血多量死できるほどの腕力はないことに。
「無理ですよ…」
男は首筋に当てられた刃の部分を持ち形勢逆転した。上に跨っている男の顔など見ることが出来なかった。こうなってしまってはおしまいだ。嫌われてしまっては、男に愛想尽かされてしまったら生きる道など考えていない、
「太宰が…僕にとって全てだった。」
ゆっくりと彼は発した。
「いいよ、僕は多分長くないから…それが早まるだけだ。早く言ってよ。」
「嫌いだって。最低だって。」
「罵倒してよ。お願いだからっっ…」
「乱歩さん、」
覚悟を決めた。これでいい。諦めて目を瞑った。
「愛しています。誰よりも。」
コメント
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はくちです。まず沢山の方が自分の作品を見て下さりとても嬉しい限りです。何故別のアカウントでコメントしてるのかと言うとアプリをアンインストールしてしまう癖があり連携も行っていないのでこのアカウントでコメントさせていただきます。今回の作品、続きを書こうと思っているのですが気分屋なのと勉強の両立が下手なので遅くなってしまうかもしれません。出来上がり次第コメ欄で報告します!
LOVEだす((
すけけけけけけけけけけけけけ