テラーノベル
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(sn視点)
大学近くの裏通りにある、古い木造のブックカフェ。
夕方のバイトシフトが終わり、エプロンを外して店の裏口から出たところで、俺は思わず足を止めた。
通り沿いの小さな公園のベンチ。
夕闇が落ち始める街灯の下で、ぽつんと座っている影があった。
コートの襟を立て、寒そうに少し身を小さくして座っているその佇まい。
……見間違えるはずもない。あの恵比寿の夜に出会った男だった。
(……なんでここに?)
一瞬目が合うと、彼はハッとし顔をした。
丸く大きな瞳が瞬き、それからどこかわかりやすく動揺したように立ち上がる。
「あ……!先日は、本当にありがとうございました」
頭を下げてそう言った彼に、俺は驚きつつも声をかける。
「あ、いえいえ! …こんな所でどうしたんですか? 」
偶然の再会だと思って聞いた俺に、彼はどこか気恥ずかしそうに目線を泳がせ、コートのポケットに両手を突っ込んだ。
「あの……用事というか、あなたを探してて」
「……え、俺を? てか、なんで俺がここにいるって知ってんの?」
「あ、すみません。あのとき交番で出された学生証からお名前と大学名が見えてしまって……。探すなんてストーカーみたいなことして、本当にすみません」
「……」
思わず言葉を失う。
まさか自分に用があって、しかも交番の窓口で見えた名前と大学名だけを頼りに探し歩いていたなんて思ってもみなかったからだ。
「どうしても、ちゃんとお礼がしたくて……」
少し硬くなった表情のまま、丸くて大きな瞳でまっすぐに俺を見つめてくる。
「青山のフレンチか、銀座の寿司屋なら個室の予約が取れそうなんですが……どちらかご都合の良い方はありますか?」
「……は!?」
唐突に出てきたハイブランドな店名に、俺は思わず小さく息をのんだ。
「いやいや、なんでそんな高級店……。俺、就活やらバイトやらでカツカツだから、そんな敷居の高い店に行っても緊張して味しねぇよ」
「えっ……でも、ちゃんとお礼をしたくて」
「気持ちだけで十分だって。……ただ、まあ、正直に言うと今月はけっこう金欠だし、飯奢ってもらえるのはめちゃくちゃ助かるけどさ。だから、そんな良いお店じゃなくていいよ。俺の行きつけの店でよかったら、そこでご馳走してよ」
俺が少し困ったように苦笑いしながら言うと、彼は拍子抜けしたように目を丸くした。
「……俺が行くようなお店じゃなくて、佐野さんの希望するお店で本当にお礼になりますか?」
「………おい。今、サラッと俺の行きつけの店のことランク下の店扱いしたろ」
「っ……! す、すみません。そういうつもりじゃなくて、その、もっとこう、ちゃんとしたお礼を……」
指摘されてハッとしたように目を丸くし、慌てて言葉を濁す彼。
悪気が一切ないからこそ、余計に天然で容赦がない。
俺は小さく吹き出しながら、やれやれと首を振った。
「冗談だって。気持ちは嬉しいから、本当に気にしないで。美味いもの食えれば俺は大満足だからさ」
俺が落ち着いたトーンで笑うと、彼は少しほっとしたような、複雑そうな顔をして
「……分かりました」
と頷いた。
その直後、彼のお腹から「くぅ」と小さなかわいらしい音が鳴った。
「……っ」
一瞬で表情を固くして黙り込む彼。
けれど、冷えた空気の中で、綺麗に整った彼の耳たぶだけが真っ赤に染まっているのが目に入った。
クールに澄ましているのに、耳だけ隠しきれていない。
俺は小さく口元を緩め、声のトーンを落として声をかけた。
「……俺を探しまくって、お腹空いちゃったんだな。よし、行こうか。……あ、電車じゃなくて俺の車だけど、いい?」
俺はポケットから、使い込んだ金属のキーホルダーを取り出して指で弾いた。
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(jn視点)
案内された大学近くの月極駐車場に停められていたのは、直線的で四角いフォルムが印象的な、クラシックで無骨なアメ車だった。
深いグリーンのボディは少し年式を感じさせるものの、綺麗に磨かれたライトやホイールから、彼がこの車を本当に大切にしていることが伝わってくる。
「……すごく、カッコいい車ですね」
「だろ? サークルで世話になった先輩から安く譲ってもらったんだけど、自動車税とガソリン代がやばくてさ。金欠の犯人はこいつ。こんな感じだけど平気?」
「……ええ、もちろん」
高い車高に合わせて助手席のドアを開けてもらうと、どこか懐かしいレザーとオイルの匂い、そして彼と同じほんのり甘くて温かい香りが漂っていた。
「じゃあ、ちょっと狭いけど乗って。荷物どかすから」
「……いえ、すごく素敵です。お邪魔します」
少し腰を持ち上げるようにして助手席に乗り込み、重みのあるドアを「バモッ」と重厚な音を立てて閉める。
普段、俺が乗せられるハイヤーのリアシートは、静寂で、完璧で、逃げ場のない檻のようだった。
けれど、いつもより少し高い視線から見下ろす街並みと、シート越しに伝わってくる武骨なエンジンの鼓動は、不思議なほど心地よかった。
エンジンが低く太い重低音を響かせ、四角い車体がゆっくりと夜の街へ滑り出す。
ハンドルを握る彼の横顔は、落ち着いていて、どこか楽しそうだった。
「どこ行くんですか?」
「俺が給料日とかに行く、アメリカンダイナー。ハンバーガーがめちゃくちゃ美味いんだよ。……あ、さっきも言ったけど、その高級な舌に合わなかったらごめん」
「……まだ根に持ってます?」
「はは、だから冗談だって」
彼が落ち着いたトーンで笑う。
昔から、人に深く踏み込まれるのも、誰かを好きになるのも嫌だった。
大切なものを作れば作るほど、それを失う時の絶望が怖かったからだ。
だからずっと、他人はおろか友達すら作らず、決まりきった孤独の中に閉じこもっていたはずだった。
一族側としても、俺の交友関係を把握し監視することは当たり前のことで、完全に麻痺していた。
この人は俺の作った高い壁を、力ずくで壊すわけでもなく、ただ温かい光みたいにふんわりと溶かしていく。
「ハンバーガー……ホテル以外で食べたことないですが、楽しみです」
「…それ、マジで言ってる? 」
彼の信じられない、という横顔がビルの灯りに照らされている。
窓を少し開けると、夜風が勢いよく吹き込んできて俺の髪を揺らした。
流れていく街の明かり。エンジンの心地よい振動。隣にいる彼の温かい存在感。
「……すごい」
思わず漏れたつぶやきに、彼がチラリとこちらを見た。
「何が?」
「車って……こんなに風を感じるんですね。自分で世界を走ってる感じがする」
一族の決めたルートを、静かな後部座席で運ばれるだけだった俺にとって、この四角くて無骨な車の助手席は、人生で初めて触れた「本当の自由」そのものだった。
ちょうど赤信号で止まると、彼はこちらを見てふわっと優しい眼差しで微笑んだ。
「そっか。……じゃあさ、たまにはこうやって風にあたりに来いよ。いつでも乗せてやるから」
「……え?」
俺は、その思いもよらぬ言葉にすぐ理解が追いつかなかった。
さっきまでの彼と違い、ふざけている様子はない。
「俺を信じて乗ってこいって。行きたいとこあんなら、どこでも連れてってやるからさ」
押しつけるでもなく、ただ寄り添うように言ってくれた彼の言葉に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
この人といると、自分が長男でも、跡取りでもない、ただの自分でいられる。
失う恐怖よりも先に、この柔らかい温もりにずっと触れていたいと思ってしまう自分がいた。
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サンプルはこちらまでですが、 少しでも雰囲気が伝われば嬉しいです。
よろしければ本編の方でもお待ちしております!
コメント
1件
お疲れさまです、第2話とても素敵でした! 再会シーンからもう「待ってました!」って気持ちで一気に読んじゃいました。 佐野さんの「俺を探してたの?」って驚き方も自然で、でもお腹の音でバレちゃうjnさんの可愛さにニヤニヤしちゃいました(笑) アメ車の助手席であの「風を感じる」っていう表現、すごく刺さりました。閉ざされた世界から少しずつ自由を知っていく感じが、静かに胸に響きました。 続きも楽しみにしています🌷