そして遂に、扉が開かれた。
「アイ。誰かを匿っていわね!」
「そうだ、アイ。その者をさっさと寄越しなさい!」
「何のこと。私は誰も匿ってなんかいない!」
「嘘は通用しないわよ」
「そうだ。その押し入れにいるのはわかっている!」
足音は更に俺に近づく。
そして、、、
押し入れは勢いよく開かれた。
「きゃーー!! あなたー。本当に人がいるんだけどー!?」
「お、お、お、お、落ち着くんだー、ハニー!!」
「でもでもでもー! あなたー!!」
「ハニー!!」
押し入れに隠れている事がバレたと思って、動揺していたのは俺の方だったというのに、足音の主らは俺を見て驚き、なぜか抱き合っている。
「アイー! これはどういう事!?」
「そうだぞ! なぜ男がいる!!? 彼氏か!? 彼氏なのか!? 彼氏なんだな!!」
二人は声を荒げて、俺が何なのかをアイに聞いた。
「ちゃんと説明するから、落ち着いてー!!」
「そ、そうね。少し動揺してしまったわ、、、」
「そうか、説明してくれるんだな、、、?」
「うん。説明するから」
二人はアイの言葉を聞いて、ようやく落ち着いてきた。
「えっと、彼はメグル。町の外から来たみたい」
「町の外、、、 それ本当なの!?」
「本当だとしたら、大問題じゃないか!」
「だよね、、、、、」
「アイ、この事は教会に報告するぞ。規則に逆らう訳にはいかないからな」
「そうね。そうするのが得策ね」
「待って! お願い。私には彼が必要なの!」
「そうね、、、」
「、、、、、 まあ、俺もお前の気持ちがわからん訳でも無い。だがそれで苦労するが誰か、わかっているのか?」
「うん。。。迷惑をかける事になる」
「あなた、アイもこう言っているんだし、、、」
「よし、わかった。二週間後の【集会】に参加すると約束してくれたら、俺が匿ってやろう」
「、、、、、わかった。参加するよ、【集会】」
「よし決まりだな!」
「あのー、すみません。ちょっと俺だけ話について行けて無いんですが、、、」
話の区切りがついたタイミングで、俺はそう言った。
「ああ、メグル君。結論を言うと、君は家で匿う事になった 」
「今日からよろしくね、メグル君」
「メグル、お願い!」
アイが両手を合わせながら言った。
「うん、今日からよろしく」
俺がそう答えると、アイは嬉しそうに笑った。
これから大変になるだろう。だが、彼女が笑ってくれるなら、どんな困難も乗り越えられる。俺は心のどこかでそう感じた気がした。
***
「ほらメグル君、まだ何も食べてないんだろ? 育ち盛りなんだから沢山食え」
そう言って机に置かれたのは、大量のナポリタンだ。
「あの、、、本当に食べて良いんですか?」
「当たり前だ。遠慮はいらないぞ」
「そうよ、沢山食べて。むしろ、これくらいの事しか出来なくてごめんね。」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ」
「本当?」
「はい。むしろ十分過ぎるくらいです」
「そうよ。メグルはもっと感謝すべきよ」
「ちょっと、アイ。メグル君に対して、その言い方は無いんじゃないのー?」
「確かにアイはメグル君に厳しいな。まあ、ハニーは逆に甘すぎる気はするが、、、」
「うん。母さんはメグルに甘すぎるよ」
「えー、だってメグル君可愛いんだもーん」
「母さんったら、、、」
「そういえば、二人はアイの親なんですか?」
「そうか。まだ自己紹介もしていなかったね。食べながらするか」
「良いわね! 私もメグル君についてはもっと知りたいわ」
「まあそうね。それぐらいは、しておかないと」
「じゃあ、まずは俺から。俺はグアニル。アイの父親で、この村一の料理人だ。」
「村一の料理人!? 通りでこのナポリタンが美味しい訳ですよ、、、」
そう、このナポリタンは本当に絶品だ。
まず匂いが違う。口にする前からわかるのだ、これは美味いと。というよりも、匂い自体が既に美味しい。
湯気と共に香ばしさと旨みが流れてくる。そして、口にしてみると噛みごたえのある麺とシャキシャキとした野菜の相性が抜群で、食感だけでも十分楽しめる。
噛めば噛むほどに味は旨みを増していき、止まる事は無い。
五感で楽しめる料理というのはこういう物なのだろう。
俺はこのナポリタンで軽く感動した。
シェルターの料理は、ほぼ全て機械が作った物だ。そのため、匂い・食感・味、全てにおいて完璧な品だった。
だが、それには何かが不足しているような気がした。料理において最も重要な何かが無い気がしていたのだ。
その答えがこのナポリタンにあった。心だ。このナポリタンにあって、シェルターの料理になかったもの。
それは料理に対する想い。美味しく作りたい、食べる人に笑顔になってもらいたい。そんな感情が一口一口から伝わってくる。
まさに至高の一品。
「じゃあ、次はハニーの番だな。。。 ハニー?」
俺がナポリタンを味わっていた内に、おそらくアイの母親と思われる女性の姿が消えていた。
一体どこに、、、
「あー、ごめんね。遅れて。」
彼女は台所の方からお盆を持って歩いてきた。
「私はハニー。アイの母親で、この村一のパティシエよ。」
「この村一の、パティシエ、、、?」
「そうよ、母さんは凄いの!」
「すみません。そのパティシエ、、、? っていうのは何なんですか?」
「メグル君、パティシエを知らないのかい!?」
「メグル。スイーツって聞いた事ない?」
「スイーツ、、、 それは聞いた事があるな。でも健康に良くないものとされていて、完全に禁止されてたよ」
スイーツ、、、
【悪魔の年】以前に地上で暮らしていた【旧人類】が好んで食べていた物で、過度に摂ると健康的な異常が現れる。
それだというのに【旧人類】は健康を壊しながらも、それを食べる事を止めなかったという。
教科書に書かれていた。
「メグル君。ハニーはそのスイーツをつくる仕事に就いているんだよ」は
「メグル。スイーツって幸せな食べ物なのよ! 食べないなんて人生半分損してるわ!」
「本当か? スイーツを食べて早死する方が人生損したと言えそうだが、、、?」
「そんな事ないわ。むしろスイーツ食べれたら、もう死んでも良いと思えるわよ!」
「メグル君。一度で良いから、このスイーツを食べてみない?」
そう言いながらハニーさんが指を指したのは、先程持って来ていたお盆の上だ。
そこには人数分の皿があり、白い何かが入れられてる。その何かは、熱を持っているようには見えないが、湯気を発していている。
「はい、メグル君ー。ハニーお義母さんがあーんしてあげるから、お口開けてねー」
「お母さん何してるの!? というかお義母さん名乗るな!」
「えー。でも、どうせそうなるでしょー」
「何でそうなるの!? ならないから!」
「でーもー、こんな機会滅多にないじゃない。あのアイが、他人と、、、」
「待って待って。お母さんそこまでにしてー!」
「ふふっ、大丈夫。、冗談だから。お母さん、ちょっと悪戯したくなっただけだから」
「本当、、、?」
「本当よ。で、メグル君は食べないの?」
「俺は絶対食べません!」
「メグル君。本当に食べないの?」
「食べませんよ。だってそんな、、、」
その時だった。アイがスプーンにその白いのを乗せて俺の口に入れた。
熱いのだろうと思い身構えていたが、口に入ったスプーンからそれが冷たいと伝わってきた。
そうか。あれは湯気では無く、空気中の水蒸気がこれに冷やされててきた水滴だったのか。 そんな事を考えているうちに、遂にそれと舌が接触した。
甘い。
口にして感じた事はそれだけだ。だが、その甘いというだけの味覚が信じられないほど深い。
今のたった一口で、口内の水分を多く失った。そうだと言うのに、俺はもう一口欲しいと思ってしまっている。
「美味しい?」
アイの言葉で先程まで俺が何を考えていたかに気付いた。俺はあれを美味しいと感じてしまったのか、、、?
三人がニヤニヤしながら、俺を見ている。
「アイ、これは何と言うスイーツなんだ?」
「気に入った? それはアイスクリームって言うスイーツよ」
「アイスクリーム、、、」
俺はスプーンを掴み、一口、また一口とアイスクリームを口に入れる。美味い。いくらでも食べれそうだ。
スプーンと皿がぶつかり、硬い音がする。もう全て食べ終えてしまったようだ。
「ご馳走様でした」
「メグル、食べるの早いねー」
「あら、美味しかった?」
「はい。美味しかったです、、、、、あれ?」
何故かはわからない。ただ、急に瞼が信じられないほど重たくなった。それに抗おうとするも、為す術なく俺は瞳を閉じた。。。