「ねーねーあかあし?」
「はい、どうしましたか木兎さん。」
「俺が女の人とデートしてくるって言ったらどうする?」
「………。」
そんな質問を投げかけたのは、大の大人が二人そろってベットでYouTubeを見ていた時だ。動画では、可愛らしい動物のハプニング映像が絶えず流れている。さっきまでの空気とは一変し、重く鉛のような空気になった。
(これ、絶対地雷踏んだわ…)
木兎はいつもは使わない、お世辞でも頭がいいとは言われない脳みそをフル回転させ、この結論に至った。
別に女の人と付き合いたいとかの感情はない。
赤葦とお付き合いする、となった時も、散々赤葦に俺でいいんですか?後悔しませんか?など聞かれた。
俺は赤葦が好きだし、女の人と邪な関係を持とうなんて思わなかった。
この家で一緒に暮らしてから早数年。俺が大会で何週間も会えない時も、なかなかバレーが上手くいかない時も、赤葦が支えていてくれた。
だから、俺が女の人と浮気するなんてことは1ミリ足りとも想像していないのだけれど。
そこそこの信頼関係も築けてきて、あかあしと冗談も言い合える関係になっていた。
だから、今回のことも冗談だって思われると思った。
もしくは、木兎さんにできるんですか?って若干煽られるくらいだなーと考えてた。
嫉妬してくれたらうれしいな〜位の感覚だ。
そんな思惑が行き交う中、問うた先の彼、赤葦京治は俺からおもむろに目を逸らした。そして、「木兎さんってそんな阿呆でしたっけ?」なんて若干、俺の事をバカにした口調で言ってきた。
ここで引いたら負けだ。という俺のプライドのせいで、素直に謝れなかった。
まだ挽回できるだろうと、冗談みたくいってみる。
「もしもだよ?赤葦?赤葦なら1人で生きてけそうだし、俺いらないんじゃない?笑」
赤葦の顔を見ると、悔しそうな、苦しそうな、なんとも言えない顔をしていた。
赤葦が俺の顔をじっと見つめる。
緊張で心臓がドキドキして、おかしくなる。
「木兎さんは、自分が居なくても僕が生きてけると思ってるんですね。」
「木兎さんが他の人に取られるって僕がどんだけ悲しくなるかわかります?」
にこりと赤葦が微笑んで、続けてこう言う。
「木兎さんが出ていくってなったら、すこしだけ、みっともなく泣いてしまいますね。」
赤葦は、はっとしたように目を大きく開け、「すいません、冗談ですよね笑」といい、コンビニに行ってしまった。
そしてベットの上には木兎光太郎のみになってしまった。
男2人が寝れるようにと大きくしたベットの片側は、すこしだけ悲しそうに見えた。
放心状態の木兎は何かを考えるわけでもなく、ただ意味のない時間を過ごした。
しばらくだった頃、玄関のドアが音を立てる。鍵がかかる音がして、赤葦がかえってきたんだなーとぼけっとした気持ちでベットに寝っ転がった。
───赤葦京治はあまり木兎光太郎に好意を伝えない。
凄いですね、等の褒める言葉は毎日嫌という程聞くのだが、直接的な言葉として伝えられたのは片手で足りるかどうか位の回数だ。
だけど木兎は毎日赤葦にすき、とかそういう言葉を言っているのだが、赤葦は「そういう言葉は毎日言うものじゃないんですよ」とか何とか言っているが、満更でも無さそうだ。
好きです。なんて言われた時はすごく嬉しいし、木兎自身もできるだけ赤葦に好意を伝えている。
でも、言われた時には嬉しさの他に、言いようのない不安が襲ってくる。
自分が赤葦に好かれている自信がないと言っても間違いではないだろう。高校の時と同じように、世話を焼いている先輩。という気持ちだけなのかもしれない。
そう思ってしまうと、赤葦の気持ちが怖くなってしまう。だから、俺がいなくなったらどう思うのだろうと、木兎なりの言葉で伝えたつもりだった。
「…木兎さん」
いつの間にか赤葦は俺の隣にいた。
「あかあし、ごめん、」
「謝らなくていいですよ。木兎さん」
赤葦の声は震えていて、寂しそうだった。謝らなくていいと言っているが、すごくおこった表情をしている。
「あ、」
なにか伝えようと思ったが、赤葦の言葉にさえぎられ、木兎は仕方なく口を噤んた。
「木兎さん、僕、明日女の人とデートしてきますね。」
頭の中が真っ白になった。
「なんで、」
「なんでって言われましても、、」
やっぱり、赤葦は俺の事を面倒臭い先輩としか思っていないようだ。
「木兎さん、」
「なに、あかあし、」
「僕、木兎さんのことが大好きです。」
赤葦の唐突なデレに、木兎は目を丸くする。
赤葦と目を合わせ、次の言葉を待つ。
「でも、木兎さんのそういう本当に大事なところを言わないところとか、へらへらしてる所とかはほんとに、ほんとに、嫌いです。大嫌いです。」
やっぱり、赤葦は怒っている。
「ごめんね、あかあし、ほんとに、」
「本気でそんなこと、思ってない癖に。」
痛いところを付かれた。本当に反省してるかと言われれば正直微妙なところだ。赤葦がこんなに怒るとは思わなかったから。
「うん、だからごめんね、仲直りしよ?」
赤葦はしばらく考え込んで、
「木兎さん、僕が別れたいって言ったらどうします?どう思います?」
いままで、考えたこともなかった。木兎の隣には赤葦がいて、それが一生続くものだと勘違いしていた。
赤葦が別れようと言ったことは1度もなかった。それがたとえ木兎の世話を焼くだけの肩書きのものだったとしても。
息が出来なくなって、呼吸が浅くなる。
「僕が、木兎さんと別れるってなったら、僕はきっと今までにないくらい木兎さんのことを酷く言って、目も合わせないと思います。」
「木兎さん1人をおいて、どこか遠くに行きますね。二度と会わないように。」
いつの間にか目はそらされていて、赤葦の言葉が急に現実味を帯びた。
「ねぇ、赤葦、本気で言ってるの? 」
下唇をぎゅっとかむ。本当にこれでお別れかもしれないということがこわくなる。
「冗談ですよ。でも、少しだけなら木兎さんに仕返ししてもいいでしょ? 」
「僕、まだ木兎さんに、すきとか、直接的な、言葉で言ったことは、すくないけど、木兎さんは、それでもいいって、いってくれたじゃないですか、!」
「うん、」
「そんな、僕が傷つくような、言葉じゃないと、僕が、木兎さんのことが、どれだけすきなのか、わからないんですか、!」
ぽとりと涙がベッドシーツに落ちる。今まで泣いたことが無い赤葦が、泣いてしまった、おれが、泣かせた。
「赤葦、ないてるの?」
「うるさい!誰のせいだと思ってるの、! 」
「僕、何回も、木兎さんに、言いましたよね、!本当に、僕で、いいんですかって!」
「家族とは、もう、縁をきっちゃったから、僕の、居場所は、もうここしか、ないんです、!」
赤葦は涙をながして、俺の肩に手をかける。びくりと肩が震えて、こっちまで泣きそうになってしまった。俺が泣いたら、ダメなのに。
「木兎さんは、すごく、有望だし、かっこいいから、将来、可愛い、お嫁さんも出来て、幸せに暮らして欲しい、っていう僕の、気持ちは、もう、さよならしたんです、!」
赤葦が俺の事を好きって思ってくれてる事は、もう分かりきっていたはずなのに。家族と、縁を切れるくらい、俺の事を大事に思ってくれていたのに、
「赤葦、おれ、どうすればいい、?」
「ほんとに、ごめん、」
「ギュッて、抱きしめてください。僕が、もう、安心できるってくらい、強く、抱きしめてください。」
「あと、好きって、僕が満足するまで、いっぱい、言ってください。」
「うん、」
赤葦に触れると、驚く程に冷たくて、罪悪感がじわじわと俺を侵食していく。
「ごめんね、赤葦、」
「どうしたら許してくれる?」
「もうしないって約束してるなら、許してあげます。特別ですよ。」
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