「おはよう、たっつんくん」
センター分けの前髪に、短めのウルフカット。それに、俺の友達のより格好の良い服。卒業式で見た時より男性的で、卒業式の時のように化粧をしていない彼女が、なぜか、すぐにえとさんだと分かった。 えとさんは、地面に置かれた紙袋を見て、
「それ、なーに?結構でかめの袋だね」
「っあぁ、これか?お母さんにクリーニング行ってこいって言われてしもて… これ、制服や」
「えとさんこそ、何しとるん?」
続けてらしくない格好やな、という言葉が喉まで上がってきていたが、なんとか呑み込んだ。
「散歩!散歩するのが日課なんだよね〜」
「それにここ、このくらいの時間なら人いないし」
そう、楽しそうに言うえとさんは、俺みたいな好きの感情が分からない、の真逆の人だった。
隣にいたらそれに俺も飲み込まれそうな、そんな人だった。
まあでも、周りの目は気にしているのだろう。時々まわりを見回して、人がいないことが分かると、ふっと息を吐き出してほっとした顔をしている。
「そうなんや、まあ確かにここ、今誰も人おらへんな」
「でしょ?散歩にはうってつけの場所、!それに、この綺麗な景色独り占めしてるみたいじゃん?」
確かに、景色綺麗やな。言われるまで気がつかなかった。やっぱり、俺とえとさんじゃ見ているところが違うのだろう。
「じゃあ私、そろそろ行こうかな」
「いつもこのくらいの時間にここ歩いてるから」
「え、あぁ、おう」
そう言ってえとさんは歩いていく。遠くなっていく背中に、不意に声をかけてしまった。
「えとさん!」
えとさんは少し驚いたように振り返った。
「に、似合っとるな!」
なに言ってんねん俺!絶対迷惑になったな…
「..あっ、ご、ごめん」
でもえとさんは、にこっと笑みを浮かべた。
「なんで謝んの?笑褒めてくれたのに」
「だって、いきなり話しかけて迷惑やろ、?」
「迷惑なんかじゃないって!w」
えとさんはくすくすと笑った。
「たっつんくんって、学校でも面白い感じだったけど、こんなに面白いと思わなかった笑」
「もう少し、話してみたかったな。」
過去形か…少し寂しくなる。
それじゃね、と笑ってえとさんはまた歩いていった。
えとさんが見えなくなるまで、俺は動けなかった。喋っただけ、なのに、目を奪われていた。
俺と違いすぎるから、なんか?考えても分からなかった。
家に帰ると、お母さんが掃除をしながら「ありがとう!」と言ってきた。というかなんで俺に頼んだんやろ?
「家事も仕事も立て込んでてん、ほんま助かったわ〜」
仕事…そんな忙しそうじゃ無かったんやけどな…?
「制服、着てみたか?サイズは大丈夫やった?」
「ブレザーだけな。多分大丈夫やと思う」
「そんなら良かったわ」
とりあえず、「部屋でごろごろしとく」と言って部屋にきた。
でも、なんてったってやることがない。音楽を聞こうか。いや、そんな気分じゃない。
漫画が並べられている本棚に目を移す。いや、そんな気分でもない。
結局、スマホでYouTubeを見る。何の動画を見るか考えるのも面倒だ。
だから、 人気のYouTuberの動画を垂れ流すだけ。
1週間コーデだの、ゲーム実況だの、お笑い芸人だの、色々見たけど、やっぱり”好き”は見つけられない。俺は、一生このまま生きていくのだろうか、と考える時がある。でもその度に、考えることから逃げてきた。なら、一生逃避行、でも良いかもしれない。
でも、それが人生、と言う自信はない。それは、俺がその人生を歩んでどうするか分からないからだろうか。いや、ただ、好きが分からない俺は全てにおいて自信がない。それだけだ。
まあ、それもこれも、全部世界が俺に見合わないせいやな。そう考えることにする。
ー全部、俺のせいなんかやない。俺に見合わない、世界が悪いんや。