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魔物の乱入騒ぎにより、結婚式と戴冠式は中断されて延期という形になった。
だが、おかげでレンティがヒメと入れ替わった事実に気付く人間はいなかった。
地下牢に捕らえられていた人たちも、すぐに解放された。
そして何よりも人々が驚いたのが、突然にレンティが『良い人』になった事であった。
そう、まるで人が変わったかのように……いや、実際は魔物に変わったのだが。
ようやくアディール国での生活が平和で落ち着いてきた、ある日の夜。
就寝前、寝間着姿のリィラは、ベッドの上でゼンティに気になる疑問を聞いてみた。
「ねぇ、王子の方のセンティの『願い』って、何だったの?」
「ん? 僕じゃなくて、僕の体の方の?」
「うん。前にセンティの人格が出てきた時に、ゼンティとは目的が同じだって言ってたの」
「僕の知らないうちに、そんな事言ってたんだ、こいつ」
ゼンティは、センティの人格が勝手にリィラと会話した事を知らない。その時はゼンティの人格は眠っていたのだから。
王子センティは『妹を頼む』とリィラに願った。それはレンティを助けたい、守りたいという意味だったのだろうか。
「じゃあ、確認してみるよ」
ゼンティはベッドの上で正座をすると目を閉じる。どうやら王子の方のセンティの人格に話しかけて確認しているらしい。
「うん、なるほどね。やっぱり目的は僕と同じ。レンを殺す事だよ」
「……本当に?」
リィラはそれを信じられない。あの優しいセンティが妹を殺す事を望むなんて。
という事は『妹を頼む』という願いは、レンティの始末を頼む、殺してくれという意味だったのだろうか。
そんなリィラの疑問を察したゼンティは付け加えた。
「今の言い方は僕の解釈で、彼のニュアンスは少し違ったよ。レンを救ってくれ、みたいな感じ」
それで納得した。センティは復讐に狂った妹を止めたかった。そして『救済』したかったのだと。それが結果的に獣魔に捕食されて生まれ変わる形であっても。
獣魔の体となっても生きて幸せになるのなら、それでいい。それはまさに今、目の前にいるゼンティにも言える。
きっとセンティは、魔物になって生きても幸せなのだと……そう信じたい。
だからこそリィラは、センティとゼンティ。二人分の愛を注いで、二人を一生愛すると誓える。
「ゼンティ……幸せになろうね」
「僕はもう幸せだよ。まずは元気な子を産んでね」
「うん。私も幸せ」
以前と違って、ゼンティはリィラの毒を吸わなくなった。妊娠中のリィラの体を気遣って禁煙ならぬ禁毒をしている。代わりに触れるだけの優しいキスをくれる。
そういえば、晴れて婚約者となったヒメとアレンも今頃、一緒のベッドで甘い夜を過ごしているのだろうか。
その頃のヒメとアレンは予想通り、同じベッドの上で抱き合っていた。
元から城に住み込みのアレンは、ヒメが人の体となってからは同じ部屋で暮らすようになった。
今までは子犬のヒメを抱きしめていたが、今は髪にも肌にも触れて唇を重ねる事ができる。そんな幸せに浸っていた。
「ねぇ、アレン。ずっと私のこと、愛してた?」
言葉で言わなくても分かるのに、人の言葉が話せるようになったヒメは嬉しくてアレンにも言葉を求めてしまう。
もう瞳の色を変えて偽る必要もない。二人は魔物の赤い瞳で視線を交わす。
「はい、ヒメ様。ずっと愛してました」
「ふふ、嬉しい。アレン、大好き。愛してる」
「これからも、ずっとオレがヒメ様を守ります。幸せにします」
あんなに憎かったレンティの銀色の長い髪も、白く美しい素肌も、今は全てが愛しくて抱きしめたい。
アレンが獣魔に捕食される前……人間だった頃の近衛兵・アレンは、レンティを愛していた。復讐に狂ったレンティを救いたいと思った。
アレンもゼンティと同じように、二人分の願いを叶えて、二人分の幸せを得た。
獣魔の心と、人間の体の共存。全ては幸せを得るための『復讐』であり『救済』であった。
やり直しの二度目の結婚式を控えたある日、リィラがいつものように休憩時間に中庭に出て花壇を眺めている。
すると、花壇を囲む石に座って休憩している黒衣の男性を見かけた。リィラはそれが誰か分かった途端に叫んだ。
「ドックさん!?」
ドックは以前と変わらない笑顔でリィラに手を振る。
「お久しぶりです、リィラ様」
ドックはレンティに致死量の毒を注入されて瀕死となり、その後は森で獣魔に捕食されたはず。今はベスティア国にいると思っていた。
リィラがドックの瞳を見て確かめると、魔物の赤色の瞳に変わっていた。
それにしても、こうやって気付かないうちに人間が獣魔に入れ替わっていると、アディール国もいずれ獣魔の国になりそうだ。
ドックは相変わらず黒衣を着ていて研究者の格好をしている。
「ドックさんは今、何をしてるの?」
「同じですよ。地下の研究室で毒を開発してます」
「えっ!?」
全ての復讐は終わってレンティも死んだ今、なぜドックは魔物になっても毒を作り続けているのだろうか。
その時、同じく休憩時間に入ったゼンティが花壇の前にいる二人に近付いてきた。呑気に伸びをしながら。
ゼンティの姿を見たドックは起立をして姿勢を正す。
「センティ様、試作品が出来上がりました。どうぞ!」
ドックは黒衣のポケットから白い葉巻のようなものを取り出してゼンティに差し出した。
ゼンティはニコニコと上機嫌でそれを受け取る。
「あ、うん。ドックくん、ご苦労様。どれどれ」
ゼンティはその葉巻を口に咥えて軽く吸う。火を使わないタバコらしい。
「うん。リィラちゃんの毒ほどじゃないけど、美味しいよ。じゃあ大量生産よろしく」
「承知しました!」
もうリィラはゼンティに問い詰めなくても分かる。ゼンティは、ドックに嗜好品としての毒を開発させているのだと。
妊娠中のリィラの毒を吸う事を控えているのは仕方ない。だが禁毒をする気がないゼンティの毒への執着は凄まじい。
……まぁ、禁断症状で魔物本来の人格が出て乱暴になるよりは平和かもしれない。
何にしても、毒の研究者・ドックはアディール王国でも、まだまだ活躍の場がありそうだ。
その後、改めてゼンティとリィラの結婚式が執り行われた。ヒメとアレンの結婚式も兼ねて。
同日に戴冠式も無事に終わり、ゼンティは正式にアディール国の王となった。
さらにその後は、森を隔てたアディール国とベスティア国の間に道が作られて、国交が可能になった。
森に住む野生の魔物や獣魔は、無差別に人間を捕食しないようにゼンティが指示した。
その代わり、アディール国で不治の病や致命傷の怪我などで長くは生きられない人間に限り、獣魔に捕食させる事が可能。
生きる希望を失った人間に、獣魔の体になって生きるという新たな選択肢が与えられた。
これこそが、獣魔と人間の理想的な共存と共生の形であった。
それから3年後。
アディール国の王妃・リィラは、小さな女の子と手を繋いで中庭の花壇の花を眺めている。
その子はリィラにそっくりな紫の髪と瞳、そして体内には人毒を持つ。彼女こそがゼンティとリィラの娘。
「ママ、このお花、きれい! ママとリンと同じ色!」
「そうね、リンティ。これは毒の花よ」
娘の名前はリンティ。さらにリィラは今、二人目の命を胎内に宿している。
そんな二人よりも遅れて、やっと休憩時間の多忙なアディール王・ゼンティが横に並んだ。
「あぁ、毒の花。おいしそうだなぁ」
「パパ、お花を食べちゃダメ」
幼い娘に注意される情けないパパであった。リィラが再び妊娠中なので、ゼンティは毒が吸えなくて人毒に飢えていた。
ドックが開発した人工的な嗜好品の毒も美味しいが、やはりリィラの体内の人毒に勝る味はない。
「ねぇ、リィラちゃん。ちょっとだけ毒吸わせて……」
「ダメ。我慢して」
「パパ、リンを吸っていいよ! リンの毒も美味しいよ!」
「リン……! ありがとう! パパ嬉しいよ、リン大好きだよ!」
そう言って娘にキスをするゼンティだが、毒は吸わない。娘にまで手を出したら隣の妻に叩かれる事は分かっている。
そんな長閑な一家の前に、小さな男の子が駆け寄ってきた。その後ろではヒメとアレンの夫婦が微笑ましく見守っている。
「リンちゃん! 一緒に遊ぼう!!」
「あっ、アレスくん! うん、あそぼー!」
アレスと呼ばれた男児は、ヒメとアレンの息子。リンティと同い年の3歳。母親のヒメと同じ銀髪で、赤い瞳の獣魔。
リィラにそっくりな女の子・紫髪のリンティと、ヒメにそっくりな男の子・銀髪のアレス。
つまり二人は、リィラとゼンティにそっくりであった。
人間の国・アディール王国と、獣魔の国・ベスティア王国。
そこにはもう国境も、種族の壁も、偽りの愛もない。
毒を持つ娘と、毒を食う獣魔。その愛は世代を超えて永遠に繋がっていく。
―完―