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💛:鈴(すず)
💙:凪(なぎ)
教室のざわめきは、
今日も凪にとって地獄だった。
椅子の脚がわざとらしくぶつかる音。
机の上に置いた弁当が床に落とされる。
教科書のページには
数々の罵詈雑言が赤ペンで落書きされていた。
誰も笑っていないのに笑い声だけが響く。
その中で凪はただ、
空気になるように息を殺していた。
●「なぁ凪」
「課題のプリント見してよ」
後ろの席の男子がわざと肩を小突く。
💙「ご、ごめん」
「僕もまだできてなくて……」
●「やってないの?」
「あーお前ほんとに使えねぇな」
凪は俯いたまま小さく頭を下げる。
謝ることでしか
今日を終わらせる方法を知らなかった。
💛「その言い方はどうなん?」
ふいに声がする。
床に放り投げられたプリントを
せっせと拾い集めている姿が視界に入った。
視線を上げると、
プリントの束が凪の机にそっと置かれた。
それを置いたのは鈴だった。
💛「凪に返すよ」
いつものように笑っていた。
けれどその声は少し冷たくて
教室の空気を切り裂いた。
●「嘘だろ」
「お前こいつの味方するわけ?」
💛「味方とかそういうのじゃない」
「こんなくだらないことして楽しい?」
鈴の目が細められる。
次の瞬間 教室が静まり返った。
誰もが知っていた。
鈴はスクールカースト上位の存在。
常に明るくていつもクラスの中心にいた。
その鈴がいじめを否定した。
初めて誰かが凪を「守った」瞬間だった。
その日、
凪の世界に初めて色が差した。
放課後。
教室を出ようとしたとき
鈴が後ろから声をかけてきた。
💛「ねぇ大丈夫?」
💙「……なんで僕を助けたの?」
凪の声は震えていた。
💛「理由なんてないよ」
「ただムカついたから」
そう言って笑う鈴の顔は眩しかった。
その笑顔があの日 凪を救った。
けれど世界は残酷だ。
守ったはずの手はすぐに傷つけられる。
次の日。
凪の机はきれいだった。
誰も凪をからかわない。
けれど今度は鈴の机が紙ゴミで埋もれていた。
●「なぁ鈴」
「お前ってほんとは凪と同類なんじゃね?笑」
●「まじ何がしたいの?」
「面白くねー」
●「優等生ぶってんのムカつくんだけど。」
笑い声。
冷たい視線。
凪の胸が締めつけられる。
鈴は笑っていた。
でもその笑顔の奥に凪には見えた。
袖口から覗く赤い跡。
あれは痛みを塗りつぶした印。
何もできなかった。
鈴の優しさを返す言葉を凪は持っていなかった。
ただあの人が笑うたびに、
心の奥がひび割れていくのを感じていた。
放課後の屋上。
夕陽が校舎の端を赤く染め上げ、
まるで世界が終わりを迎えるみたいだった。
💛「凪」
鈴はフェンスに背中を預けてにこりと笑った。
いつもと同じく
何も背負っていないような笑顔。
けれど、
袖の隙間から覗いている細く赤い線が
凪の目に刺さる。
💙「……どうしてそんなに無理して笑うの」
かすれた声で問えば鈴は肩をすくめる。
💛「だって笑うしかないじゃん」
「泣いたって叫んだって」
「誰も助けてくれやしないんだ」
それは凪がずっと感じてきた言葉だった。
孤独と無力の味を彼もまた知っていた。
だからこそ鈴の笑顔は眩しすぎた。
過去に自分を救ってくれた人が、
自分と全く同じ痛みの中にいることに
どうして気づけなかったんだろう。
鈴がフェンスに足をかける。
学ランの裾が風に揺れ、
薄く滲んだ空気の中で光る。
💙「待っ……!」
「危ないよ鈴!」
💛「……凪も来る?」
こちらに手を差し伸べながら
いつものように無邪気に笑っている。
その笑顔の奥に、
どれほどの絶望が隠れているのか。
凪にはもう見抜けてしまった。
💙「……やだよ」
震える声でそう言うと、
鈴は目を細めて少しだけ悲しそうに笑った。
💛「……じゃあどうする?」
「俺が死ねば凪はきっとまた一人になるよ?」
言葉が刺さる。
鈴の手が風に揺れた。
気づけば凪はその手を掴んでいた。
💙「……やっぱり行くよ」
「鈴と一緒ならどこへでも」
指と指が絡み合い二人の影が重なった。
夕陽が世界の境界を溶かしていく。
風が頬を撫でる。
落下する瞬間。
鈴は笑っていた。
それはあの日 凪を救ったときと同じ笑顔。
でも今度は凪の頬にも笑みが浮かんでいた。
誰も知らない放課後。
二つの影が赤い空の下で
ひとつになって消えていった。